第4話 昼の団欒


 翌日を迎え、寝坊による遅刻をしてしまったがために担任から注意を受けるも、ハイハイと受け流した。そして、小一時間経つと、早いもので昼休みになった。

 みねやま高校では昼食は食堂に食べに行くか、持参したご飯を食べるか好きにしてよいとなっている。人混みを毛嫌いしている僕は後者で、コンビニで買って来た菓子パンを頬張っていた。

 九希かずきは、僕の一つ前にある机を移動させ、机同士をくっつけた後に母親が作ってきたであろう弁当箱を広げていた。ちなみに、九希かずきは席を借りる旨を毎回本人から事前に許可を取っている。こういう律儀なところがクラスで人気者の所以なのだろう。

 僕の昼食の品数を見て、彼はどこか心配そうな顔をしていた。


「お前は相変わらず小食だよな。菓子パン数個だけじゃ絶対最後までもたないわ」

「慣れればいけるものだよ。うちの母親、晩ご飯をがっつり作る派だから、昼はこれくらいでも充分なんだよね」

「あー……。何度もお前ん家で晩飯御馳走させてもらったけど、結構な量だもんな」


 九希かずきとは小学校からの付き合いなのもあり、お互いの家には数え切れないほど出入りしている。その過程で母親が半ば強引に夕飯を共にするよう誘うので、九希かずきもそれに抗えず、というのがきっかけである。また、そういうことがこれまで頻繁にあったので、彼は僕の食卓事情には結構詳しいのである。


「逆に夜あれだけ食っているのに、お前は線が細すぎなんだよ。もっと肉食え、肉」

「いやいや。これだけあれば少なくとも頭脳労働に必要な糖分は確保できるからね」

「遅刻したり、寝てたりして、いうほど頭使ってないじゃねぇか。むしろ糖分過剰ですらあるぞ」

「そんなことはないよ。九希かずきが気付いていないだけで、これでも結構消費してるんだからね。それに、肉とかそれ以上食べても余計な脂肪にしかならないと思うよ。知らないけど」

「知らねぇのかよ。まぁ……、中学からずっとそんな感じの食事だったもんな」

「昼飯代を節制して、残りをふところにしまい込みたかったからねー」


 僕の家は、特別貧乏でも裕福でもない。お小遣いや昼飯代も世間一般並みにはもらっているとは思う。しかし、僕も一介の学生であり、物欲もそれなりにある。ゲームや漫画は一杯欲しいし、友達付き合いだって十分にしたい。

 しかし、毎月貰えるお金は限られている。だからこそ、そんな状況に陥っていれば食費をけずるという発想に至るのは、ごく自然なことなのだ。そう思いたい。


「そういや、一回お前んちのおばさんに告げ口して以降、露骨に金額減ったよな」

 九希かずきがその件で可笑しい思い出を話題に出しながら、ニヤリと笑う。

「あの時は流石にちょっと恨んだよね。お陰で高校生になった今でも昼飯代が七百円しか貰えてないんだけど」

「それは自業自得じごうじとくってもんだ。ってか、そんだけあれば充分だろ」

「…………今度おばさんに数学で赤点取ったこと、告げ口してやる」

「マジでやめろ、それは! おかん、怒ったらしばらく止まらないんだから!」

「知ってる。人の嫌がることをするのは戦略の基本でしょ?」

「コイツ、ほんと性格悪ぃ」

「どっちが」


 こうやってお互いに軽口を叩き合うも、本心からそんな風に悪く思っているわけじゃない。そういうコミュニケーションを取っていても、嫌な想いをしないと分かっているから一緒にいて楽しいと思える。それが通じているからだろうか、僕達は互いに見合わせてふっ、と笑った。


「ご馳走様でした。そういや、すいは『福代ふくしろ うろ』っていう奴知ってるか?」

「『ふくしろうろ』? 誰それ、初めて聞いた」

「あー、やっぱり。それなりに有名人なんだけどな。ほら、こいつだよ」


 九希かずきは自身のスマートフォンの画面を見せて来た。それには、SNSの画面が開かれており、名前とふくろうのアイコンが表示されていた。様々なフォロワーと情報交換しているようだった。

 僕は純粋な疑問をぶつける。


「この人って何している人なの?」

「あー、ざっくりいうと怪事件専門の探偵みたいな奴だな。彼のフォロワーがSNS上で依頼を行って、それが受領されたら数日~数週間内でその事件の犯人を逮捕したりして、解決するらしい」

「ふーん。それだけだと特に珍しくもないけど、何かあるの?」

「ああ。色々あるが一つは、依頼料は金銭じゃなくて情報らしいんだ」

「情報?」

「つまり、その人が解決してほしい事件以外にも他の場所でどんな事件があったのか、詳しい情報を提供することが条件らしい」

「それはまた変わってるねぇ」


 話の途中ではあるが、今この時点でもいくつか疑問が湧いた。

 まず、そもそも依頼内容の真偽についてどのように識別しているのだろうか。極端な話、フォロワーが作り話を持込んだ際にそれらをすべて真に受けて依頼をこなすのは非現実的だ。そのため、無駄骨を折らないよう何かしら対策を行っているのだが、やり取りを見る限りそれが見えない。

 次に、動機が見えづらい。金銭を目的にしていないことから、ただのお金持ちが暇を持て余した故の慈善活動ボランティアという可能性が考えられる。しかし、名誉や信者獲得を手段とするなら最適ではなく、もっと優れたやり方があるはず。

 他にも様々な疑問があるが、それは一旦脇に置こう。それより気になることがある。


「それで、九希かずきはなんでその『福代ふくしろ うろ』を話に出したの? 普段はあんまりその手の話詳しくないよね?」

「あー……、やっぱそれ聞く? 色々と込み入った話になりそうだから、夜に連絡してもいいか?」

「いやに引っ張るなー。まぁ、わざわざ教室で話すことでもないか。それじゃあ、また連絡してよ」

「おー」


 次の授業までに時間が十分に無かったのもあって、話を打ち切った。九希かずきの歯切れの悪い返答や不審な態度は気になったものの、それは今ここで追及するのも野暮ったいと思い、引っ込めることにした。


「さてと、次の授業の準備でもしますか」

 机を綺麗にしていたところ、不意に鋭い視線をどこからか感じた。急ぎ辺りを見回したが、すでにその視線は霧散していた。

(何だったんだ、今の?)

 まるで冷たい矢で心臓を射抜かれたような気分であった。それからの時間は、終始その視線を十分警戒していたが、何事もなく、そのまま夜を迎えることになった。

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