第3話 真夜中の戦闘


 あれから時計の針が進み、真夜中まで、後もう少しとなろうとしていた。周りの人に怪しまれないようランニングしている風に見せかけるため、ジャージを着て出掛けた。勿論もちろんランニングというのは、ていの良い口実である。

 家から少し離れた空き地に着くと、目の前には数体ほどの物影が見えた。


「いくら何でもこんな夜遅くに出没するのを止めてほしいな。お陰様でこちらは毎回睡眠不足だ」

 二メートル弱の長身瘦躯そうくに、全身がアメシストで作られたように濃い紫の角張った物体で構成されていて、獣のような丸い耳に、大きなくちばし、そして両手両足に尖った爪のようなものが見える。

 人間というよりは二足歩行をするおおかみのような出で立ちであった。口の隙間から見える歯と手の先の鋭利な爪が真夜中でもきらりと光り、存在感を示していた。

ワーウルフ三体ね。これはまた骨が折れそうだ」

 やれやれと首を横に振りながら、僕は両手を前にかざした。


「武装展開‼ 断ち切れ、トーラス!」


 掌に小さいスパークが生じた後、二刀の刃物が出現した。全長は五十センチほどで、片方は漆黒のような黒い刃物、もう片方は純白のような白い刃物である。

 そして何よりこの武器の最大の特徴は、意思を持っていることだ。その名はトーラス。眼前のような怪物を倒すための、僕の武器である。

 そして、この武器を現実世界に呼び出して物体化することを【顕現けんげん】と呼ぶそうで、トーラスは【顕現】早々に小言をこぼす。

「分かっているとは思うが、油断するなよ」

「はいはい、分かってるって。大丈夫、こんな奴らに後れを取らないさ。おっと危ない」


 会話中なのをいいことに、その内の一体が隙を突くかの如く鋭い爪を振り下ろしてきた。左手の剣でガードする。防がれたのを知った怪物は後ろに一回ジャンプして距離を取った。

「言ったそばから。すぐには直らないものだね、君の悪癖は。そういうことするから、私も口酸っぱく・・・・・・」

「わかった、わかった。悪かったよ、もう少し集中するからさ」 

 これ以上、ガミガミ言われるのも面倒なので、半ばさえぎるように反省の弁を述べる。そして、先ほど襲い掛かってきた一体に右の剣を向けて、責任転嫁せきにんてんかする。

「ねぇ君、こっちは今話し中なんだから、空気を読んでもらわないと困るよ。とはいえ、そもそも日本語が通じるかどうかでさえ怪しいんだけれどね。まぁ、雰囲気で伝わるでしょ」


 今度はこっちの番だというように、僕は移動を開始した。その速さは明らかに普通の人間が出せるスピードではない。そのからくりは、いくつかあるトーラスの力によるものだ。

「『所持者の身体能力を劇的に向上させる』スキルって、便利だねぇ。お陰様で運動神経が人並み以下の僕ですら、こうも軽々しく動けるんだから」

 僕の姿を見失った人外達は辺りを探し始めた。その隙を狙いすましたかのように、僕はとある一体の背後に周り、横一線に薙ぎ払った。弱点である首元に見事命中し、ワーウルフの頭と胴体が分離した。

「まずは一体目」


 頭部が地面に落ちる音から、状況に気付いた残りの二体が左右から同時に爪を立てて襲い掛かって来た。僕はその猛攻もうこうを華麗に受け流す。

「どうした? 君達の攻撃はそんなものかい? そんな通り一遍なやり方だと隙だらけになるよ、ほら」

 一連の攻撃をしのぎながら、宣言通り反転攻勢はんてんこうせいに出た。右側の相手には、胸元を的確に突き刺し、左側の相手には、斜めに斬りかかった。

「やっぱり、弱点以外はガードが固いなぁ」

 手応えを感じたものの、重傷にまでは至らず、攻撃を受けた直後に一瞬ひるんだだけで終わった。再び化物は攻撃を繰り出してきた。自分たちの攻撃が通用しないと理解したのか、今度は腕だけでなく、足技も絡めて来た。


「おっ、考えたねー。やはりそうこなくちゃ」

 二体同時攻撃を時には避けて、時には刀で受け流す。先程とは違い、立て続けに技を繰り出してきた。僕も応戦するが、攻撃しても傷が浅くなってきていることが分かった。

 どうやら僕のカウンター対策を講じているようで、反撃に出る機会が段々少なくなってきた。その証拠に少し時を経た今では、防戦一方を強いられてしまっている。

「怪物の割によく知恵が回るね。仕方ない、トーラス、あれ出すよ」

「承知した」

 今度は僕が後ろに引き下がり、距離を取る。防御の構えを解き、異なる構えを向ける。それに呼応する形で、トーラスの刀身も赤色に光り始めた。その光景が相手の生存本能に刺激したのだろう、敵はかつてない速さで僕に向かってきた。


「『燐火りんか』‼」


 次の瞬間、ワーウルフ達は切られた衝撃により、その場から数メートルに渡り吹っ飛んだ。

 僕はその先に少し移動すると、二体とも全身が崩れ落ちるほど損傷が激しく、その場から離れるように移動し始めたが、見違えるほど動きが緩慢になったのが分かった。

「あの硬い表皮がこれほどになるなんて、流石にこの技は段違いだね」

 僕は、息の根を止めようと徐々に近づきながら刀を振り上げると、ワーウルフの一体がもう一体を守るように全身を大きく広げた。

「殊勝なことだね。でも残念。二人共道連れだ」

 一切の躊躇ためらいなく眼前の化物の首をねた。それを見ていた最後の一体はよろよろと立ち上がり、僕に向かってきた。

「バイバイ」

 無感動に止めを刺した。ワーウルフの遺体はいつの間にか消失し、そこから破片が浮かび上がったと思いきや、僕の手元に吸い込まれるように飛んできた。


「毎回思うけどさ、本当にこの破片って一体何なのさ?」

「前にも言った通りだが、私にも分からぬ」

「一応全部取って置いてあるけどさ、これ、倒すごとに増えて困るよ」

 怪物を殺した後は、いつもこの正体不明の破片が手に収まっていく。僕が知り得る限りの方法で調べてみたが何の手掛かりも得られず、かといってなんだか捨てる気にもなれず、故にそのまま集めた破片を箱に入れて保管するようになった。

「うん? 何だあれ?」

 最後の一体の人外が居た場所にキラリと光る物が見えた。僕はそれを掴んで目を凝らす。

「これはペンダントかな? どこか見覚えがあるような・・・・・・。まぁ、気のせいか」

 そうやって、僕はそれをポイっとその辺に投げ捨てた。それほど力は入れていないが、少し遠目に飛んでいき、どこに消えてしまった。


「これで今日の分はおしまい?」

「ああ、他に反応が見られないな」

 僕が怪物の居る場所に辿り着けたのも彼の能力によるものだ。曰く、彼を中心に数キロメートルの範囲で、おおよその敵の存在を感知できるのだとか。今夜はもう他の怪物は出没していないらしい。

「それにしてもつまらないね」

「つまらない? 仮にも命が懸かっているのだから、もう少し危機感を抱いた方がいい。それこそ、最初の方は真剣に取り組んでいたではないか」

 僕がトーラスと出会ったのは、高校入学の直前である。その時に初めて異形の存在を知った僕は、恐怖心を目一杯に抱きながら、ただひたすらに刀を振るった。無我夢中という言葉が相応しいくらい不器用に、懸命に戦ったのであった。

 しかし、人間の慣れというのは恐ろしいもので、そんな日々を数日、数週間、数ヶ月と費やすと、当初の恐怖心は露の如く消えた。今は最早、ゲーム感覚で敵を打ち破っている。


「それは【アンチ】の存在を知らなかったらさ。未知の存在に相対するのに、流石にのんびりとはしないよ。まぁ、今となっては弱すぎて虚しさすら感じるけどね」


 【アンチ】


 先程のワーウルフ含めた化物の総称をそう呼ぶのだと、トーラスが教えてくれた。ただし、その正体は何であるのか、どうやって【アンチ】が生まれるのか未だに不明である。トーラスも知らないとのことなのだ。 

「まるで弱者を一方的にいじめているようで、作業感が抜けないんだよね」

「勘違いしてほしくないのだが、そんな口を利けるのも私の力があってこそだ。私とて万能ではないのだぞ。その調子だといつ強敵が出現して命を落としてもおかしくない」

「それはそうだけどさ、せめてもう少し張合いのある相手が湧いてもいいと思うんだよね。これ以上は退屈で、アンチ狩りにも支障が出そうだよ」

「ワーウルフ相手に【絶列グランド戦技アーツ】を出してようやく優位に立った人が言うセリフではないのだがね」

 

 【絶列グランド戦技アーツ】とはトーラスの力による、強力な攻撃手段のことである。いわゆる必殺技のようなものだ。

「うっ……。仕方ないだろ、通常技なら倒すのに手こずる相手なんだから」

「自覚があるなら少しは気を引き締めたまえ」

「でもさ、今回は一回だけで済んだじゃないか。普段ならもう二、三回は放っているところだよ」

「もっと集中して臨めば、通常攻撃でも後れを取らない相手だよ」

「手厳しいねぇ」

「前にも言ったが、【絶列グランド戦技アーツ】は強力な分、乱発出来ないのだよ」

「君を使用するための【活力バイタル】が大きく減少するからでしょ」


 僕達の会話で出て来ている、【活力バイタル】とはトーラスのような武器を利用するためのエネルギーのことだそうだ。【顕現】すると【活力バイタル】が減少し始め、【活力バイタル】がゼロになると、武器を【顕現】出来なくなる。

 また、先程のように【絶列グランド戦技アーツ】を発動するとその分だけ【活力バイタル】が大きく減少するため、【顕現】する時間が短くなるのだと、以前説明してくれていた。


「流石に理解しているようだね。ならば、今のうちに精進しておくことだ」

「まぁ、多少強いアンチが出てきても最悪、ブーストの・・・・・・」

「翠」

 それでも懲りてない僕に対し、トーラスは責める口調で名前を呼ぶ。これ以上は本気で怒りかねないと判断して、謝罪することにした。

「トーラス、ごめんって」

「わかっているのなら、今後も気を付けることだ」

 これが僕の三つ目の秘密だ。通り魔事件の犯人の一部であろう【アンチ】を人知れずほふる。ほとんどの人間が知らないであろうことを知っているという優越感、内なる破壊衝動やストレスを解消できるという満足感に、自分だけが怪物を倒すことが出来るという使命感で、心が満たされる時もあった。

 最近はマンネリ化してきてはいるけれど、それがここ半年のマイブームであった。ただ、この時の僕は愚か者以外の何者でもなかった。これから自分の身に降りかかる運命を知らなかったのだから。


   ◆


 安久谷あくや すいのワーウルフとの戦闘終了とほぼ同時刻、その様子を見届けていた一つの影があった。左手には携帯電話を握り、別の者と通話をしていた。

目標ターゲット捕捉いたしました。事前の手筈てはず通り、数日以内に作戦を実行します」

『報告ご苦労様さん。それで、実際のとこどうなんや?』

「おおよその戦闘パターンは把握しました。確かにあの【武叛リベリオン】自体は強力ですが、持ち主はそれほどではないかと。総合的にはこちらに分があると考えます」

『さよか。まぁ、首を長うして待っとるわ』

「はい、では失礼します」

 通話終了のボタンを押し、少女はつぶやく。

「相変わらず何を考えてるかわからないわね。この作戦の結末も・・・・・・。いえ、それよりも作戦について頭を切り替えるべきかしらね」

 眼下に見下ろす人物を今一度見定め、かの少女は決意を強める。

「残念だと思うけれど、悪く思わないで頂戴ね。安久谷あくや君」

 冷たい眼が闇に溶け込んだ。

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