第2話 通り魔事件


 目的地に着いた僕らは、カウンターにて各々メニューを決め、店の二階にある、奥の席でポテトやバーガーを頬張りながら談笑していた。


「それで、例のお嬢とは何もないのか?」

「んぐ、ゲホッゲホッ・・・・・・。またその話ー? 何の進展もあるわけないじゃん」

 思わず、ポテトの破片が喉につまりそうになったのをなんとか飲み込む。突然だが、僕には他人に出来るだけ知られたくない秘密が三つある。

 一つ目は、クラスメイトの沖美おきみさんに片想いしていること。きっかけは些細なものだった。最初の自己紹介で彼女の雰囲気に、容姿に、立ち振る舞いに目を奪われた。俗に言う一目惚れという奴である。それ以降、どうやって仲良くなるか考えたり、ふとした瞬間にチラ見したり、我ながら気味が悪いことをしていた。


「まだ何も進んでねぇのかよ、カタツムリより遅い進捗だな」

 最初の方こそ、九希かずきにさえそのことを隠していたというか、敢えて伝えなかった。しかし、とある日に何気なく「お前、沖美おきみのこと好きだろ?」と告げられ、思わず狼狽ろうばいしたのである。

 自分がこれほど分かりやすく動揺するとは思わなかった。悪友曰く、見る人が見れば分かるとのことだった。そして、洗いざらい自白したゲロった。それ以降、この話題は僕達の中で何度もこすられ、これで何十回目になるか数えるのも億劫おっくうになるくらいだった。ちなみに九希かずきはこれを機に? 沖美おきみさんのことを立振る舞いがお嬢様っぽいという理屈で、お嬢と呼んでいる。実際にお嬢様であるかどうかも分からないのだが、それはどうでもいいらしい。


「そりゃは、僕だっていつまでも現状に甘んじるつもりはないよ。仲良くなって、交際して、放課後デートとかもしてみたいけどさ、中々きっかけがないと、ねぇ?」

「お前の秘蔵コレクション知ってっから言うけど、お前のドストライクゾーンピッタリじゃん」

「公共の場でその話は止めてね」

 二つ目の秘密は、年相応にその類に興味津々であることだ。九希かずきやクラスメイトの中には、堂々とそういう話をオープンにする人もいるが、僕はその類の話をするには、少し・・・・・・いや、かなり羞恥心を感じる。

 こういう性格の人をムッツリというらしい。大きなお世話である。他人の耳目がある中で、オープンにそういう話をすべきでないのだと思う。何を知っているかという知性と、何を話題にすべきであるかという品性を義務教育期間中に身に着けてこなかったことを悔いてほしいと願うばかりである。

 良いじゃないか、黒髪ストレートのメガネ美人。これほど僕を悶え殺すワードはそうそうないだろう。更に僕は姉というジャンルにも大いに興味があるが、詳しい話はまた後にしよう。


「まぁ、それは置いといてだ。棚から牡丹餅ぼたもち野郎は、飢えて死ぬぞ」

「・・・・・・中々、耳が痛いことを言うね」

「俺からすれば、いい加減にお嬢の連絡先の一つでも聞きやがれっていう感じなんだがな」

「善処します」

「それ、お前がやりたくない時に使う言い回しだよな」

「・・・・・・前向きに検討します」

「さっきよりは、やる気が垣間見えているが、あともう少し」

「・・・・・・ガ、ガンバリマス」

「些か不安だが、まぁ、それでよしとするか」

「君は一体何目線で話を進めているのかな?」

「恋愛の先輩目線だが?」

「これだから彼女持ちは・・・・・・。異性と話すハードルの高さが超高校級なのを理解してないんだよな」

「玄関よりも低いじゃん」

「お? タイマン張るか?」

「あ? やんのか?」

「・・・・・・。ふふっ、止め止め。こんな喧嘩、野良犬でも食わないだろうね」

「ハハッ。違いねぇ。それでさ・・・・・・」


 先ほどまでのピりついたモード――――――お互いに冗談だと分かっているからこそ、わざと成立させていた雰囲気ではあったが――――――が解消され、また別の話題を始めた。そうやって僕達はありふれた、けれど、貴重な青春時代の一時を過ごしていくのだった。

「もうそろそろ遅くなってきたし、店出るか」

「思ったよりも人が少なかったから、長居ながいできたね」

「言った通りだったろ? 普段からこんな風にのんびり過ごせたらいいだがな」

 各々、包みをゴミ箱に捨て、また、トレーを片付けて店を出た。辺りはもうすっかり夕日が落ちかけて暗くなり、夜の開始を告げているようだった。そんな時間帯にも関わらず、いつもより人が少ないのだ。夜の雰囲気も相まって、少し殺風景ですらある。


「ほんと、例の事件のせいか、人出が少ねぇよな」

「まぁね、連日あんなことが起きればそうなるよ」

「・・・・・・なぁ、お前は例の事件をどう思う?」

「どうって? もっと具体的に何が知りたいの?」

「なんつうの、頭のいいお前ならこの事件について、俺が思わねぇような考えとかあんのかなって、ほんの些細なことでもいいんだ」

 いつもはどちらかといえば、チャラチャラしたような、どこかおふざけが入っているような話し方をする九希かずきだが、この時ばかりは違った風に見えた。真面目というか、真剣というか、本気というか、一切の嘘や誤魔化しや偽りを許さない、そんな話し方だった。

「そんなこと言われてもなぁ。テレビで知っている範囲でしか僕も知らないし、そういうのは専門家の出番だと思うよ」


 。僕は知っている。それについて。


「・・・・・・そうか、ならいいんだ。もう別れ道か、じゃあな」

「うん、じゃあね」

 僕はズルい人間だ。親友が落胆すると分かっていて、それでも見て見ぬふりをしたのだから。

(話したところで何になる?)

 そうやって今日も自己正当化するのだ。ぼんやりとそのように思いながら帰路に就いた。もしこの時全てを包み隠さず話していれば、また、未来は違っていたのだろうか。話を戻そう。僕の三つ目の秘密だけれど、それは・・・・・・

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