第5話「ライカンメイドとアイドル(1)」

「アイカは今日オフ? ですの?」

 ヴァンパイア(吸血人属きゅうけつひとぞく)のチカは朝食のあとチカの屋敷の地下にある狭いダイニングルームの丸テーブルで黙々となにやら作業をしている内職アイドルアイカに問う。


「まあ、お手紙のお返事とプレゼント用ポスターのサインを書きが終わったらね」

 アイカはいつものようにファンから届いた手紙に返事を書いたり、オペラハウスのポスターにプレゼント用のサインをしていた。


 その日のアイカは完全オフの日だったが、オフの日といってもアイドルはすべき事がたくさん有るのだ、アイドルはファンあってこそアイドル、だからこそファンを大切に、ファンが喜ぶ事をする、そしてアイカは楽しみながらそれらをしていた。


「では少しお時間をいただけますか?」

 明らかに忙しそうなアイカに悪いと思いつつチカはそう言う。


「いいよ♪」

 アイカはサインの手を止めチカを見てそう言った、チカはアイカに気を使ったがアイカにとっては日常なので結構軽い。


 チカは『いそいそ』とお出掛けの準備を始める、顔全体を追おうガスマスクのような日除けマスクに全身を覆うフード付きの黒マント、さながら「どこの黒魔術の儀式にお出掛けですか?」と言ったふうな完全防備のお出かけ着だった。


「どこに行くの?」

 アイカは手慣れた感じで髪をラフに一つ結びにたらし、明らかに残念な男性用のくすんだ白のダボダボシャツとすそを折った茶系のパンツを履いて準備を整えた。


「オフにもほどがありますわ」

 アイカはオンとオフの差が激しいアイドルだった(ファンが見たらがっかりするレベル)。


「いいじゃん、これ楽なんだよ♪」

 魔法の言葉「これ楽なんだよ♪」はアイドルをダメにする言葉である。


「で、どこ行くの?」

 アイカは最近作った手縫いの小さな天使の羽のついたリュックを背負い、いつもの大きなつばの麦わら帽子被り言う。


「それはついてのお楽しみですわ」

 チカは服とリュックがあってないと思った。



***



「おかえりなさいませお嬢様♪♪」



「どゆこと?」

 アイカはメイドカフェにいた、そこには色とりどりのメイド衣装を着たネコさんやイヌさんウサギさんやハムスターさんがせっせと接客していた。


「ライカンスロープですわ」

 チカがアイカの背を押し店内に入る。


 ライカンスロープ(獣人属けものひとぞく)とは半獣半人はんじゅうはんじんの亜人でありここはケモ耳ライカンスロープの可愛いメイドさんが働いていた。


「いやメイドカフェがなぜ異世界に???」

 アイカが気になったのはそっちの方だ!!


「アイカが話してくれた異世界、日本のカルチャーを友だちのワーウルフに話したらそのワーウルフの友達のワードッグに伝わって更に他のライカンスロープ達に伝わりこんな素敵な事になりましたの」

 アイカがもたらした日本の片寄った文化がどんどん異世界に浸透していっていた。


「おっ、チカぢゃねーか!!」

 小さなワーハムスター(ハムスター人属ひとぞく)のハム耳女子が完全防備を見てパタパタと近づいて来る。


「あら、ハムコさんお久しぶりですわ」

 チカは慣れた手つきでワーハムスターのハムコの頭を撫でる。


「ちょっと待ってろチカ、おいオメーらヴァンパイア様のご来店だカーテン閉めろや!」

 ワーハムスターは手を大きく振り、店内のケモ耳ライカンメイドにアピールする。


「あっ、チカさん」


「こんにちはですわイヌコさん」


 ワードッグ(犬人属いぬひとぞく)のイヌコが両手を小さくチカに振りそのあとすぐに店内の窓を閉め始める。


「おいイヌコ!! 灯りつける前に閉めんな暗なるやろ!!」


「ネココさん申し訳ありませんわ」


「チカは気にすんな! イヌコがバカなだけだ」


 ワーキャット(猫人属ねこひとぞく)のネココがあわててランプの灯りを灯す。


「さ、チカ──と、もしかしてオペラハウスのアイカさんですか?」

 オフの日だとアイカと気づくのは困難を極める。


「そうですわウサコさん、メイドカフェの事教えてくださったのはこのアイカですわ」

 チカは自分の事のように誇らしい。


「やっぱり! ボクオペラハウスでアイカさんのオペレッタ見たことがあるんです、とても楽しくて素敵でした♪♪」

 ワーラビット(卯人属うさぎひとぞく)のウサコはアイカに駆け寄りアイカの手を握る。


「今日は変装してご来店ですか?」

 そしてウサコはアイカに耳打ち。


「オフの日の普段着です、カッコ良いでしょ」

 確かに異世界に溶け込む都市迷彩としめいさいにも見えるがカッコ良くは無い。


「素敵……です????」

 ウサコの顔は明らかにひきつっていた。



***



「なにをお持ちいたしますか?」

 ウサコはチカとアイカにメニューを開いて見せる。


「わたくしはアイス血液で」

 チカは最近ヴァンパイアの間で流行っている冷たい血液を注文した。


「じゃ、やっぱり私はメイドカフェ定番のオムライスとハズレのないオレンジジュースを」

 やっぱりここはオムライス一択!!



「かしこまりました、アイス血液とオムライス、オレンジジュースですねお嬢様♪♪」

 ウサコは満面のマニュアル笑顔で注文を繰り返した。



***



「アイス血液とコカトリスの卵のオムライス、オレンジジュースです♪♪」


 コカトリスの卵?


「アイカさん大丈夫なんですの? コカトリスの卵など召し上がって、なんだか砂のような物が卵の中に……」

 チカは明らかをゲテモノ料理でも見るような目でオムライスを見つめた。


「大丈夫……、ゴーコさん用の聖水を何時も持ち歩いてるから、メイドカフェでオムライス食べないなんてあり得ないわ!!」

 コカトリス(蛇尾鶏属へびおにわとりぞく)と同じくアイカのバイト先の酒場のピアニスト、ゴーゴン(蛇髪人属へびかみひとぞく)のゴーコも石化能力があるのでアイカはいつも聖水を持ち歩いてた。


「そうまでして食べる必要がありますの?」

 チカはメイドカフェのオムライスにこだわるアイカの執念を見てメイドカフェの魔力に少し引いた。


「ではおいしくなる呪文唱えるので、ご一緒に繰り返してくださいね~~♪♪」

 ウサコは完全マニュアル路線だ。



 ★呪文詠唄じゅもんえんしょう


 さあ石のダンジョンの魔物よ。


 そなたの卵を奪い潰した我を憎め。


 さあ石化鶏せきかとりよ。


 そなたの卵を焼き広げた我に涙を見せよ。


 そなたの憎しみが卵の味を際立たせ。


 そなたの悲しみが卵の味を整える。


 おいしくな~~れ!


 おいしくな~~れ!


 おいしくな~~れ!


 おいしくな~~れ!



 ……………………。



「呪文がちがーーーーーーーーう!!!!」

 アイカは渾身の力を込めて叫んだ。

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