第4話「二人の部屋(地下アイドル)」
「スマホ、時間は? あっ、しまった、バッテリー切れてる、腕時計は前野さんに預けたバッグだ……」
愛華は地下鉄にのり大手町駅へと降り立ち、すでに上りのエレベーターの中にいた、何時もなら階段を駆け上がり身体を鍛えるのだが今日は息を整えるのを優先した。
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エレベーターの扉が開く。
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「そうだよね、日本に住んでたらこんな事もあるよね…………」
愛華は気づいたらそこにいた、さっきまで昼だった筈なのに空は暗く町は広場に作られた屋台街の灯りでオレンジ色に照らされていた。
行き交う人々は皆頭にツノや
「今日の占い良かったのに……」
『射手座の貴方は超ラッキー、新な世界の広がりと素敵な出会いが待ってるぞ!』
『貴方の持つ矢で運命のその人を射貫いちゃえ!!』
途方にくれた愛華はこの見知らぬ地でまず歌おうと思った、そこは屋台の集まる広場で大道芸をやっている人もたくさんいた。
愛華は路上ライブの経験も豊富だった。
愛華は前野マネージャーに借りたコートと自分の麦わら帽子を街路樹の枝にかけた。
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異世界突然ライブ
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
突然のファンタジー世界でも愛華は歌う。
たとえ回りがみんな亜人ばかりだったとしても愛華がアイドルがする事は変わらない。
人を笑顔にする事、人を幸せな気持ちにさせる事だ。
今日の予定が全てキャンセルになっても明日の予定はたたなくなっても、アイドルは笑顔で歌うのだ。
その身一つでチートスキルも時計も何にもなく。
スマートフォンにいたってはバッテリー切れ。
でも愛華は「めげていちゃダメだ!」と「立ちすんくでても何も解決しない!」と自分の不安を打ち消すように全力で歌った。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
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ヴァンパイア(
聞いた事もないリズムと見たこともないフリフリでかわいい服の女の子、チカは一目でその子を好きになり、いても立ってもいられなくなって声をかけた。
ヴァンパイアチカは人見知りの筈だったのに。
***
「あの、わたくしあなたの歌うの聞かせていただいて……感動いたしました、あの良ければ、少しお話などしていただければ!!」
チカはライブを終え、まるで普通の事のように握手をして回る愛華を見ていた、いつのまにか愛華の持っていた大きなつばの麦わら帽子は銅貨や銀貨で溢れ、そして愛華は握手の時に手渡しされた金貨を親指と人差し指でつまみ、不思議そうに眺めていた。
「ねえ、白髪美人さん!! あなたの家近く? 私とっても困っているの!! 今日だけでいいから泊めてくれない?!!」
愛華は両手でチカの両手をつかみ握りしめると顔をぐっと近づけチカに思い切りそう言った。
「はい」
チカは広い屋敷に住んでいたし、使っていた部屋は地下室の寝室と書庫だけだったので思わず「はい」と言ってしまった。
***
あの日以来、アイカはチカの屋敷に住んでいる、アイカにはチカが可愛いお部屋を用意したが、
「
と叫んだあと
毛布にくるまり寝息を立てるアイカ。
「とりあえず血でもいただきましょうですの」
チカは棺桶の隣で毛布にくるまり寝息を立てるアイカに手をあわせ首筋にチューと噛みついた。
ペシ!
チカのおでこにアイカの必殺の『ペシ!』が炸裂した。
「痛い!?」
チカのおでこをアイカは蚊でも狙うように平手で叩いた。
「もう、いきなり吸うわないでよチカ、びっくりして蚊と間違えて叩いちゃったよ」
ヴァンパイアをもはや蚊あつかいである。
「ひどいですわ……」
おでこを真っ赤にしたチカがアイカに文句を言う(自業自得)。
「今ひらめいた!チカって[
ワケわからん!
「わたくしには何をおっしゃってるのかわかりかねますわ」
その通り!
「チカ室のチカ棺桶に眠るチカ!!」
言葉遊びがひどい!
「……アイカはいつも楽しそうですわね」
全くだ!
「アイドルは楽しいんだよ♪♪」
アイドルは楽しいらしいのだ♪♪
***
ふ~ん♪ ふふ~ん♪♪
ふ~ん♪ ふふ~ん♪♪
アイカは卵を割ってボールに入れてお砂糖を入れていれて『まぜまぜ』する、そして牛乳を追加してまた『まぜまぜ』する。
そしてそれをタッパーに移して、そこに
「アイカはいつも歌ってるですわね」
チカは屋敷の地下にあるその昔は使用人達が主人の為に料理をしていたキッチンで飽きもせず鼻歌を歌い、フレンチトーストなるものを焼くアイカを見つめていた。
チカの食事(血吸い)のあとアイカは自分の食事の準備を始め、よく作るいつものフレンチトースト、料理ベタなアイカにも作れる数少ないレパートリーを作っていた。
「うん、そだね、歌は楽しいよ♪」
アイカはフライパン片手に可愛く振り返る(計算)。
「ふーん、だからアイドル? になったのですの?」
チカは不思議そうにそう聞く。
この異世界にはアイドルと言う概念が無かった、町並みや文化を見る限りにおいて中世から近代に移ろうとするヨーロッパといった感じなので、これから生まれるかも知れなかったが、アイカは一足飛びにアイドル文化をこの異世界に投入したのだ。
「そうよ、アイドルは正義なの、尊い存在なのよ♪♪」
アイカは皿に焼き終えたフレンチトーストを移すとフライパンを『フリフリ』と振りながらに満面の可愛い笑みをみせた(計算)。
***
「コーヒー美味しい♪ チカの淹れたコーヒー美味しいよね、どうして?」
ヴァンパイアは基本血しか飲まない、コーヒーの味などどうでも良いのだ。
「わたくしだって、人間の方をもてなす機会があるのですの、まさか血をお出しするわけにもいかないでしょうですの?」
コーヒーの淹れ方は昔々使用人が淹れていたのを探検ごっこをしていた人間の少女時代に見た事があった。
「確かに!」
血など出されては大変だ。
「アイカは今日はどなさるの?」
チカはこの何気ない会話が好きだった。
「今日はファンレターの返事を書いて、オペラハウスのポスターにファンクラブ用のサインをするつもり、あとグッズのアイデア出しとかデザインとかかな?」
アイカも同じだ。
「マメな話ね」
チカが笑う。
「アイドルはね、ファンやみんなを楽しませたり喜ばせたりする素敵なお仕事なのだよ」
アイカもチカにつられ笑った。
「わたくし、アイカの水面下を見ていますと必死のバタ足をしているようにしか見えませんわ」
チカはアイドルの正体を努力の積み重ねだと思った。
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