第3話「ヴァンパイアとアイドル」

 アイカはいつも持ち歩く大きな厚布のバッグの中からお気に入りの白いワンピースを取り出しラミー酒場の真っ赤なステージ衣装からアイドルらしい私服へと着替える。


 アイカはラミー酒場のお仕事を終えたあとの夜の町が好きだった、木と石の町は夜行性の亜人達も住む為に夜中でも火を灯しオレンジ色に染まり、まるで影絵のようにアイカの影を建物や石畳の町へと落としていた。


 ~♪


「アコギ? チカかな?」

 アイカは町灯まちあかりから少し離れた街灯の下でアコースティックギターを抱えて歌う白髪ロングの少女を見つけた。


 ギターケースを目の前に広げストリートライブをしているらしいがお客さんは一人もいない。



 歌う少女の口元には二本の牙があった。



********************

 街灯のストリートミュージシャン

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 月から光のしずくが落ちたかのような街灯の下で白髪の少女か大きなアコースティックギターを静かにかなでる。


 まるで少女は自分の時間がやって来たのを一人楽しんでいるかのようだった。


 少女は暖かな血の香りを求め歩く事もなく。


 少女は美味しそうな果実が近づいて来るのを待っていた。


 アイカの足音が少女に告げる。


 アイカの息づかいが少女を誘う。


 その首の血管を狙いなさいといわんとばかりに肩の開いたワンピースで。


 その白いワンピースにその人間の、アイカの血の果汁をたらせといわんとばかりに。


 少女は街灯の下で待っていた。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

********************



「チカ♪」

 アイカは『チョン』と手を上げる。


「アイカ♪」

 白髪の少女チカは親友を見つけその牙のある口元で笑みを浮かべる。



 白髪の少女チカはヴァンパイア(吸血人属きゅうけつひとぞく)。



「お仕事は終わりましたの?」

 チカは少し嬉しそうにアイカに近づく。

 

「うん、今日はあがり」

 アイカは首筋の出た白いワンピースの肩を少しすぼめる。


「今日はオペラハウスのお仕事でしたの?」

 チカはアイカと腕を組む。


「オペラハウスとラミーお姉さんの酒場」

 アイカは腕を組んできたチカの赤い瞳を見下ろす。


「では演技と踊りをなされたのですわね」

 チカは『楽しそう』と笑う。


「チカも来なよ、オペラハウスもラミー酒場の人手がたりてないのよ」

 アイカはやんわりと誘ってみる。


「わたくしはいいですわ、人の多いのニガテですの」

 チカは話をそらそうとそう言いアイカの腕から離れる。


「ヴァンパイアなのに人が苦手なのダメなんじゃない?」

 アイカはそれじゃ血が吸えないでしょうと心配。


「そうなのですけど、なんだか人と話すと疲れてしまいますの……」

 チカはヴァンパイアとして何百年と生きて来たけどれないと語る。


「人見知りで疲れちゃうの?」

 アイカはチカのその性格ゆえの事かなと思う。


「いえ、見てるだけで胸焼けするのですわ」

 胸焼け?


「何で?」

 何が原因で胸焼けなどするのか?


「わたくし少食だから」

 チカは人を食べ物として見ているらしい。


「あー」

 アイカは納得した。



 ヴァンパイアも色々だ、ギターをギターケースにしまながらチカは事情を語るのだった。



***



「ゴーゴンちゃん元気ですの?」

 チカは話を変える、ゴーゴン(蛇髪人属へびかみひとぞく)のゴーコは人見知り仲間。


「元気だよ、ずっと下を向いてるけど」

 アイカはこれ以上は誘わない。


「それはそうなんじゃないですの?」

 チカはゴーゴンだから仕方ないと思った。


「どうして?」

 アイカはうつむく必要を感じない。


「だって石化しちゃうですわ」

 チカはゴーゴンだもの当然の見解だと思った。


「大丈夫だよ、ほとんどしないし、教会の聖水で大抵の状態異常は治るじゃない?」

 アイカは先ほど石化したばかりだった。


「でも石化したあと割れたらと思うと大変ですわ」

 チカは心配。


「まあ、カケちゃうと破片探すの大変らしいね」

 アイカはそれでも他人事。



 二人は町灯りの中くだらない会話をしながら歩いた。



***



「チカは今日も弾き語りのお仕事のあと?」

 アイカはチカの今日の話を聞きたい。


「居酒屋さんを何件か回りましたわ」

 チカは小さくて人のあまりいない居酒屋を何件か回り、弾き語りの仕事をしていた、ヴァンパイアは基本血しか必要としないし、何十年かに一度大きなクエスト(冒険者仕事)をこなせば静かに暮らせる蓄えが出来た。


「この町、小さな飲み屋さんも多いもんね」

 この町[ムジカムジカ]は人間に武具やら工芸品やら売る亜人の職人や人間とパーティーを組んでクエストを行う亜人も多くいて、その多種多様な人達にたいして専門の飲み屋などがたくさんあったのだ。


「うん、助かる」

 チカは両手でギターケースを持ち、肩をすぼめ笑う。


「小さくて? 多くて?」

 アイカは答えが想像できた。


「両方ですの」

 チカの答えはやっぱりだった。

 

「この町って、娯楽だけはたくさんあるからな~♪」

 アイカは嬉しそうに両手を上に上げ背を伸ばす。


「私達は人間の娯楽に飢えていたからですの」

 チカは少し寂しそうに、でも嬉しそうにそう言った。


 地方にあり人間より亜人のほうが多く住むこの街は人間に憧れ集まった亜人の街で、人間達が亜人にもたらした新しい娯楽にあふれていた。


 アイカの働くオペラハウスもそのたくさんの娯楽の一つでありアイカのアイドルとしてのスキルはとても重宝されていた。


「チカ、もっと人がいるところで歌いなよ」

 せっかくの魅了の歌声がもったいないとアイカは伝える。


「いいですわ、わたくし居酒屋の弾き語りで日々のかては得られますし、屋敷も遺産もありますし、ストリートミュージシャンは趣味みたいなものですもの」

 チカは夜の町の片隅で一人歌うのが好きだった。



「じゃ、今日だけ! 今日だけ歌お♪♪」


「え?! 何???」



 アイカはチカの手を引き駆ける。



 駆けた先は町の屋台広場、屋台が並びストリートミュージシャン達がその歌声を披露していた。


 そしてヴァンパイアはアイドルに誘われるがままギターを取り出した。



********************

 二人のストリートライブ

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 アイドルアイカは歌う、人々集まる電気の街の街からこの町に来た事を。


 アイドルアイカは歌う、アイドルとしてトップを目指して頑張っていた世界から突然とばされて来た事を。


 アイドルアイカは歌う、人間しかいなかった街並みが幻想世界の町並みに代わっていた事を。


 ヴァンパイアチカも歌った、アイカが突然現れた事を。


 ヴァンパイアチカも歌った、アイカがとても不安そうだった事を。


 ヴァンパイアチカも歌った、でも、それでもアイカはこの町で動いた事を。


 ヴァンパイアチカも歌った、アイカの揺れるツインテールもフワフワのステージ衣装も大好きな事を。


 アイカは笑顔で歌った。


 アイカはアイドルはめげないと歌った。


 チカも笑顔で歌った。


 アイカは自分を魅了したと歌った。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

********************



 パチパチ!


 パチパチパチパチ!!


 おーー!


 オォオーーーー!!


 ヒュー!


 ヒィュゥーー!!



 亜人の観客達が二人を取り囲む。



オーク

「あんたオペラハウスのアイカだろ?」


ゴブリン

「今日はストリートライブかい?」


ドワーフ

「さっきラミーの酒場いたろ、聞いてたぜ」



アイカ

「ありがとうございま~~す♪♪」


チカ

「ありがとうございます、ですの……」


 アイカは亜人達に駆け寄ると一人一人に握手をして回る、いつしかアイカの前に列が出来、握手会になっていた。


「流石はアイカ、物怖ものおじも人見知りもしないですわ」

 チカはお客さん達がギターケースにわんさと王国銀貨や銅貨を入れるのを見て自分には無理だと思った。


「あの、ヴァンパイア、いえ、チカ、チカさん、握手いいですか?」

 チカに握手を求めたのはよく弾き語りに行くミノタウロス居酒屋[ミノス]の常連さん、ミノタウロス(牛人属うしひとぞく)のミノタだった。


「わたくしでいいんですか?」

 チカは暗い自分にと驚く。


「貴女が良いんです!! 貴女の歌が好きです!!」

 ミノタははっきりとチカが良いと言った。


 ミノタは小さな店でその大きなツノと体を丸めていつもチカにはまるで興味が無さそうに静かに飲んでいた、チカはそんなお客さんが自分の歌なんてどうでもいいのだろうとなんとなく思ってしまっていた。


「あっ、ありがとうございますの!!」

 チカは思わず大きな声を上げ、戸惑いながらもミノタの手を取り握手した。


 チカは自分がどんな顔をして握手をしたのか覚えていない。


 でもチカは照れながらも嬉しそうに握手をして、その手を揺らしたミノタの笑顔を忘れないと思った。

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