第2話「酒場のアイドル」

 少女は木と石で作られた町を麦わら帽子をかぶり真っ赤なステージ衣装のまま駆け抜ける、そこは地方にある人間(人間人属にんげんひとぞく)と亜人達の住む土地のあいだほどにあって、その二つの文化がその小さなな地方都市で混ざりあい新たな文化が生まれる町となっていた、そしてその町をコートで隠す事もなく真っ赤なフリフリ衣装のアイドルがおっきな麦わら帽子で駆け抜けるのだ。



 世界の名は[ファンタシアノウベルス]


 町の名は[ムジカムジカ]


 少女名は[アイカ]


 少女はアイドルなのだ。



***



「ラミーお姉さん、時間は?!!」


 アイカは裏路地から木と鉄で出来た裏口の扉を開け、大きな古い酒場へと入る。


 酒場の壁は漆喰しっくい、天井は二階の屋根まで音が吹き抜ける広い造り、その広い酒場のカウンターテーブル越しにその酒場の店主、蛇の下半身を持つラミヤ(蛇足人属へびあしひとぞく)のラミーがおり、アイカは息を切らせ駆け寄ったのだ。


「アイカ、あんたまたステージ衣装で駆けて来たのかい?」


 アイカはラミー酒場のステージ衣装である情熱的で真っ赤に染まり大きく広がる膝下丈スカートの大人系アイドル衣装にその身を包んでいた。


「うん、でも大丈夫!! ほら、大きな麦わら帽子で顔かくしてるからバッチリアイカだってバレないよ♪♪」

 アイカは派手な衣装の前に自信マンマンに大きな麦わら帽子を付き出した。


「ああ……そうだね」

 酒場の店主、蛇足人属のラミヤのラミーは思った、『それ、妖怪麦わら帽子としてこの街[ムジカムジカ]の都市伝説になりかけてるよ』と。


「おお! 来たんかアイカちゃん!!」

 仕事終わりのヒゲヅラ、ドワーフ(地精霊人属ちせいれいひとぞく)の男がアイカにその短い手を振る。


「待っとった!! 待っとったぞ!!」

 他のドワーフもすでにそのヒゲにビールの泡をたくわえて出来上がっている。


「早よう舞ってくれ!! 待ちきれんわい!!」

 

「そうじゃそうじゃ! 早う早う!!」


 ラミー酒場ですでに出来上がっているドワーフ達はアイカをせかせる、ラミー酒場でのアイカはピアノと共にダンスを舞う仕事をしていた、子役の頃からいろいろなレッスンを受けていたアイカはオペラやバレイ、フラやフラメンコ、タップダンスにいたるまで一通りこなせるようになっていた。


「おいおいあんた達、せかせるんじゃないよ、アイカは駆けて来たんだよ少し休ませてやんな、ほら水でも飲んで落ち着きな!!」

 そう言うと酒場の店主ラミーは二つ耳(持ち手が二つ)の陶器のマグカップに水を注ぎカウンターテーブルのアイカ前に置いた、そこには[アイラヴ愛華]のロゴがあり、それはドワーフ達が愛華の依頼で作った愛華グッズであり地道な愛華の異世界アイドルプロモーションの一つだった。


「ありがとうございます、ラミーお姉さん」

 アイカは両手でそのマグカップを持ち、水を一気にゴクゴクと飲み干す。


「おいおいアイカ、慌てて飲むとむせるよ?」

 酒場の店主ラミーは娘にでも言うようにアイカをいさめる。


「あーーーー!! 美味しかった!! じゃ、踊って来るラミーお姉さん!!」

 アイカは二つ耳のマグカップをカウンターテーブルに置くと少しラミーに顔を残しながら体はすでにステージへと向かっていた。


 アイカは舞う、アイカはとにかくステージが大好きだった。



***



「アイカちゃーーーん!!」

 ドワーフ達がアイカに歓声をあげる。


「お願いします、ゴーコさん」

 アイカは店の真ん中にあるピアノを背にしてピアニスト、ゴーゴン(蛇髪人属へびかみひとぞく)のゴーコさんに目をやった。


「ゴーコさーーーーん!!」

 今まで静かにチビチビ飲んでいたイヌズラのコボルト(地精霊犬人属ちせいれいいぬひとぞく)がピアノとゴーゴンのゴーコの居る側を取り囲む。


「は……い」

 ゴーゴンのゴーコさんはその蛇がうねる髪で顔を隠し静かにうなづいた。

 


********************

 酒場のフラメンコ

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 アイカのカスタネットが鳴り響く。


 ゴーコのピアノがあえてワンテンポ遅らせてその旋律せんりつを始める。


 それは愛の踊り。


 それは愛の旋律。


 アイカは愛する人を思うように高らかに、そして誇り高くカスタネットをならし舞い、その愛する人にとどくように情熱を捧ぐ踊りを踊る。


 ゴーコはその愛を賛美さんびするような情熱の讃美歌をピアノの旋律でかなでた。


 それは想い人への愛の告白。


 それは想い人への愛の情熱。


 真っ赤なステージ衣装に身を包みアイカは激しく愛に狂うように舞い踊った、そしてゴーコはその愛、情熱の炎を情熱の業火に変えるようなピアノを弾いた、アイカとゴーコを取り囲む亜人達はアイカの踊りとゴーコのピアノに沸き上がった。



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

********************



「今日も良かったなライブ」

 酒好きドワーフがアイカのライブの話しで盛り上がる。


「おうよ! やっぱアイカちゃんは最高だぜ!」

 もう一人のドワーフがそいつと肩を組み、酒と踊りで熱くほてった身体を冷やすようにラミー酒場から町へと出て行く。


「ゴーコさん可愛かった」

 コボルトが『ポッ』っとしたイヌズラで月を見上げる。


「お前マジ石化したいのか?」

 もう一人のコボルトが同じ月を見上げ嬉しそうにそう言葉をこぼす。


 ゴーゴンのゴーコさんは人を見つめるとつい石化させちゃうので目を見ないのが基本だ、でも愛されている。



***



「ゴーコさん今日もピアノありがとね♪」

 アイカは楽しさのあまりついゴーゴンのゴーコの目の前に立ち、両手で握手を求める。


「は……い」

 ゴーコさんもそれが嬉しいと顔を赤らめアイカの握手を受け入れ思わず目を見てしまう。



 アイカは石化しました。



「アイカ!! 少しは学びな、ゴーコもだよ!! これじゃ聖水がいくらあっても足りやしないよ!」

 ラミー酒場の店主ラミーは手慣れた手つきでアイカに教会で簡単に買える、状態異常回復薬じょうたいいじょうかいふくやく、聖水を振りかけた。



「あっ、ありがとうございます! ラミーお姉さん!!」

 アイカは結構な天然だ。


「すっ……すみません……ラミー……」

 ゴーコもこれを何度もやっているから大概だ。


 

 アイカとゴーコが働くラミー酒場の店主ラミヤのラミーはこの二人の事をまるで自分の娘のように大切にしていた。

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