第1話「オペラハウスのアイドル」

 小さな町の小さなオペラハウス、常連さん、始めてのお客さん、仲むつまじいカップルや近所の人、たくさんの人々が日常を忘れる日常の娯楽を求めてこの小さな劇場にやって来る、舞台と客席をさえぎる幕、緞帳どんちょうを通しても向こう側で歌劇を待ちきれないお客さんの声が聞こえる。



『今日も舞台の幕が上がるんだ』


 アイカは森に住む村娘として緞帳のうしろ、舞台の中央に立っている。


 吟遊詩人が歌い出し小さなオペラ、オペレッタ[森のエルフと少女]の幕が上がる。



********************

 森のエルフと少女

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪



 それは小さな村の物語。


 少女は森でエルフの男に出会う。


 エルフの男は言う。


「ここはエルフの土地、人間は近づいてはならない」


 人間の娘は言葉を返す。


「どうして、どうしてダメなの?」


 エルフの男は歴史を語る。


「その昔、エルフと人間のあいだでいくさがあった、エルフも人間もたくさん死んだ、エルフの王と人間の王は話し合う、お互い近づかないようにしよう、近づけばあらそいが生まれ争いは戦を生む、それ以来エルフと人間のあいだでは五百年の平和が訪れた」


 人間の娘は食い下がる。


「そんな昔の話、私はここに来たい、あなたに会いたい」


 エルフの男は驚き困惑する。


「私もだ、でもしかし、エルフと人間が近づけばまた争いが始まり戦が生まれる」


 人間の娘はあきらめない。


「人間は自分の思い通りにいかないのが許せない、だから相手を否定し争ってしまう、でもそれでも人間は話す、争いになっても先に進む為、たがいを真に理解する為に、世代を重ね子供達が友達に成れたら、きっと争いにはなっても戦にならなくなる、そしていつか他者の気持ちを尊重し思い通りにならない現実とも向き合えるようになる」


 エルフの男


「例え血が流れても?」


 人間の娘


「あなたに会いたい」



♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

********************



「お疲れ様エル」


 ふわふわフリルに可愛いリボンがついた村娘らしからぬ村娘のかわいらしい格好をした黒髪ロングツインテールのアイドルが舞台の袖で耳の長いきらびやかな吟遊詩人の格好をした美青年に話かける。


「お疲れ様アイカ」


 耳の長い吟遊詩人の格好をした美青年はその高い身長を少しかがませその長くしなやかな金色の髪をアイカの目の前にたらし優しく微笑む。


「疲れてなんてないわエル、私歌うの大好きだもの」

 オペレッタ、小さなオペラ言う意味の歌劇は彼女アイカの大切なお仕事の一つだった、アイカは小さな頃から歌うのが大好きでアイドルを目指している、それはこの、



異世界[ファンタシアノウベルス]に来ても変わらなかった。



「アイカはすごいね、突然この世界に飛ばせれて来たっていうのに適応力とかさ」

 長い耳のエルフ(耳長人属みみながひとぞく)の美青年エルはただの何の能力も持たない人間(人間人属にんげんひとぞく)の女の子が異世界で一人生き抜いた事に尊敬の眼差しをむける。


「アイドルはね、どんな逆境でも笑顔を忘れず頑張るんだよ♪♪」

 そう言ってアイカは『ニカッ』と笑う、そこには苦労もあったはずだがアイカは決してそれを人見せなかった。



 アイドルは夢を見せる商売なのだ。



「おうアイカ今日も良かったゴブ」

 大道具のゴブリン(小鬼人属こおにひとぞく)が舞台装置を片付けをする為舞台袖を抜けていく。


「愛と感動の物語ゴブ♪」

 別のゴブリンがアイカに少しのからかいと親愛の言葉をかける。


「がんばるゴブ!!」

 そのゴブリンを押すように次のゴブリンがそのゴブリンを押し前に進む。


「オレらゴブリン大道具隊がサポートするゴブ~♪」


 この小さなオペラハウスを支えるゴブリン大道具隊がアイカに好意交じりの言葉をかけ『ワラワラ』と舞台に上がる、彼らが居るからこそ安全に舞台が回るのだ。


「ありがとねゴブさん達、私これからも張るから~~!!」

 アイカはゴブリン大道具隊に手を振り仕事へと送り出した。



「ゴブリン達はアイカが大好きなんだね」

 エルフのエルもゴブリン大道具隊の気持ちがわかる気がした。



「私もみんな大好きよ、スタッフさんは家族だもの、じゃ私バイトがあるから♪」


 アイカは金髪耳長の美青年、エルフのエルに手を振り大型人種も出入り出来るように大きく作られた舞台裏のカーテンの出入口を開け駆け出ようとする、アイカは少しテレくさかった。


「おお!! アイカ?! いきなり走るとあぶないぞ!」

 オペラハウスでタキシードの用心棒をやっている一つツノの鬼、オーガ(大鬼人属おおおにひとぞく)がオドロキ飛び退く。


「ごめんオガさん、バイト急いでて~♪」

 アイカはふわふわ村娘の衣装のスカートをつまみ、ダンスするようにクルリとオーガのオガをかわした。


 そしてアイカは楽屋に駆けて入ると楽屋の鍵をカチャリとかける、そしてここで着替えないと間に合わないとばかりに大慌てで『フリフリ』の舞台衣装を楽屋の衣装ハンガーにかけ、次の仕事のステージ衣装である情熱的に真っ赤に染まり大きく広がる膝下丈スカートの大人系アイドル衣装を着こみお気に入りのメイク道具や次のステージで使うカスタネット、私服の入った情熱真っ赤な大人系アイドル衣装と、それには似つかわしくない大きな大きな厚布のバックを肩に下げると顔の隠れるほど広いつばの麦わら帽子をかぶりオペラハウスの廊下をドタバタとまた駆けて行く。


「バイトかい? アイカ」

 このオペラハウスのオーナー、困り顔の豚頭ぶたあたま、オーク(豚人属ぶたひとぞく)のオオクラは持っていた大きな木箱を頭の上に持ち上げ、走り来る大荷物のアイカの前からスルリとかわさせた。


「お疲れ様オオクラさん! ラミヤのラミーお姉さんの酒場でライブのバイトなのーーーー!!」

 大きなつばの麦わら帽子を少し上げお疲れ様の挨拶をしたアイカは次バイトさきに急ぐ、蛇の下半身を持つ酒場の店主ラミーはアイカの憧れのラミー(蛇足人属へびあしひとぞく)だった。


 

「頑張れよー! アイカーーーー!!」


「任せてオオクラさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」



 アイカは劇場の大きな木の扉を押し開け町に飛び出した。

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