歴史に歓迎された女
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京都に戻れた少ない武士のなかに、
その生き残りのひとり、
「これからどうしよう?」
残党Aは、嘆く。
「できれば故郷に戻りたい」
残党Bも賛同する。
京都の平家は大混乱。末端兵士の架橋たちを差し置いて
なんたる無責任。
架橋たちが動揺する。それを何日も繰り返してる間に、源
「ひぇ〜、どうしよう。捕まっちゃうょ〜」
架橋はびびった。捕縛されたら必ず処刑される。
もはや、打つ手がない。
「なんで平家なんかに従ったの? 私ら、関東武士だよ」
残党たちも、困った。
「そりゃ、カネがないからいくさに行かなきゃ稼げない」
「とはいえ平家って、大軍を集めるだけで兵糧配らないんだよ。だから行軍するたびに近くの村を襲うしかない。これ、敵地も味方の領内も関係なかったからな」
「だから近江の連中は我らを恨み、義仲を歓迎して素通りさせてる。敵の強さの秘訣は、大軍を養えるだけの食い物を持参してきてるからだよ。いざという時のカネの使い方を知ってるからな。驕る平家と違って」
「薪もな。バカみたいに派手でデカい寺社や御殿……、終いには福原なんて利権と不正まみれの都まで作った。そのせいで全国三十余州平家領内にある山々を全部禿げさせた。だから何処へ奪いに行ってもないし、あっても値段が高過ぎるから味方同士が斬り合って奪いとる。これも悲惨だったなぁ」
「信濃には木々が無尽蔵にあるもんな。だから敵はタダ同然に仕入れられる。これで平家が勝てって無謀にも程がある。もし冬だったら、間違いなく味方の多くは凍え死んでいた」
「富士川合戦で源頼朝に大敗北した原因が、戦う前からの兵站無視だったよな。その教訓が何一つ生かされていない。いや、生かす気すらない。未だ聞く耳を持ってないからな!」
「増税しか頭にない奴らは、下々の納税者には徹底的に厳しいんだよ。財産は山ほど持ってるくせに二言目には借金借金で、メシはあるのに無いと言い張って与えない。維盛様ご自身が乱取りに行ったか? 行かずに太るほど食ってたぞ」
「勝っても負けても、ワシら下っ端のサムライは貯金を使い果たして、野垂れ死するしかないんだよ」
「我らの殿や仲間を殺した敵に、同情さえするよ。敵の苦しみも我らの苦しみも、根本は同じだから……」
と、愚痴ばかり漏らす。
残党ふたりは、架橋に決断を求めた。
架橋は、
ーー人さまに指示出しするほど偉くないのに……。
と悩みながらも、そうしないと先に進めない。
「へ、平家の皆さんを追いかけるしかないでしょう」
と、福原逃走を決めた。
逃げ支度をはじめた。
そんなとき、源義仲の郎党が架橋たちを捕まえに現れた。
捕縛され、聴取され、
「ま、またこの展開ですか……」
夢なら覚めてくれた願いながらも、覚めずに続く。
さらし首にされて終わる結末しか見えない。
「やだよ、こんなの……」
架橋は涙すると、処刑に待ったをかける男が現れた。
源義仲だった。
「
架橋たちは、助かった。
ホッとした。
源義仲の京屋敷。平家から奪い取ったものだから、壮大すぎて義仲は使いきれない。
義仲は相談する。
「皆、ワシの家来にならないか? 大恩ある斉藤実盛殿の恩に報いるのはこれしかないと思ってな。どうだ?」
架橋も残党も疲れていた。
「出来れば田舎に帰りたいのですけど……」
「そうか。長井はもう源
この時期の頼朝と義仲は、盟約している。
しかし、心配はある。
残党Aが義仲に尋ねた。
「頼朝様は、我らような敵の残党を受け入れてくれましょうか?」
架橋はウンウンと首を縦に振りながらも、不安になる。
「あの人は頑固者っぽいから、拒みそう……」
義仲は考える。
「というよりも臆病者だ、頼朝は。盟約に漕ぎ着けるにも一悶着もふた悶着もしたからな。で、奴は、ワシの息子を人質に出さねば信用しないとまでほざいた。息子も不憫してるであろうな。もし殺したら呪ってやりたいくらいだ!」
「え……」架橋は引いた。
義仲はそんな架橋を見て冷静さを取り戻し、続きを言う。
「ああ、すまない。ともかく頼朝殿は、そなた達が素直に田舎に戻りたいなどと言っても、必ず疑うであろう。ならば、法皇にお願いするしかない。身分の差で黙らせるしかない」
と義仲は後日、
二ヶ月ほど経ち、後白河法皇は架橋たちの東国帰郷に協力すると明言してくれた。斉藤実盛の忠義ぶりは、法皇の耳にも入って感動していたようだ。
ただ、源義仲の機嫌が悪い。義仲の上洛に便乗した
義仲は不機嫌な表情のまま、架橋たちに教えた。
「法皇が頼朝に使者を送る。どうやら官位の昇官させるらしい。そなたたちもついて行け。そなたらの話は、その使者にも伝わってる」
「はい。これまでのお世話、ありがとうございました」
架橋たちは、義仲のもてなしに感謝した。
朝廷の使者とともに、架橋たちは
使者が頼朝に申し伝えたことは、義仲の討伐だった。
架橋はたちは仰天した。
頼朝はニヤリとした。
しかし使者はその後、架橋たちの帰郷願いを頼朝に伝えている。
架橋らの帰郷は、長井を治める御家人が難色を示した。頼朝は義仲の予想通り疑念していたが、
「鎌倉殿より携わった
が理由だ。池月は馬のことである。
架橋たちはとりあえず、鎌倉の佐々木屋敷で厄介になる。
架橋たちは一生懸命、池月の世話をした。
池月は架橋を気に入ったようで、架橋は可愛がった。池月は数日で素直な馬になった。
佐々木高綱は、源義経を総大将とする義仲討伐軍の一部隊として参陣した。池月も高綱の乗馬として従う。
架橋たちもこれに従った。
源義経と源義仲は宇治川で戦い、義経が勝利する。義仲は敗走中に討ち取られたという。このいくさで佐々木高綱は、一番乗りの大手柄を取った。
池月のおかげだった。
そのため高綱は、頼朝から恩賞として、武蔵国
鎌倉屋敷に戻った佐々木高綱は、架橋に伝える。
「鳥山村と六角橋村の間に
と薦められた。というより、この荒れた村を開発してくれというニュアンスが強い。
残党AもBも、「それで構いません」と納得してくれた。ならば架橋も同じでいい。
もう長井に戻れないことは、雰囲気で伝わる。
こうして架橋たちは、住む場所を得た。
金子村、谷戸の森の向こうが開けている。そこは鶴見川の氾濫原である。
架橋たちの新しい生活が始まった。
架橋は提案する。
「私、篠原の地で死んだ殿とともに生きたい。だから、この村の名前を"篠原村"としませんか?」
そう提案した。
残党たちは「それは良い考えじゃ」と喜んだ。
残党たちは頭を丸め、氾濫原に近い小さな谷戸に家を建てて住んだ。のちにここは、
架橋はふと思う。
「なんか見たことある風景だねー?」
それもそうだ。現代の架橋が住んでるアパートはここにある。
家ができたら、農地の開拓をはじめた。
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架橋は、目が覚めた。
まだ眠いが、不思議な爽快感があった。でも、
「なんか、変ちくりんな夢ね……」
架橋は笑った。
十七日、今日は津幡の実家へ帰る日で、翌十八日に横浜に戻る予定だ。
帰りの車内では、父、
架橋は父に問う。
「そういえば車って、いつ買い替えるの?」
俊比古は答える。
「買ってはいるんだけど、納車は年末になるって言われた。それまでこのポンコツとお付き合いだ」
「そっか。新車運転させてねー」
「壊すなよ」
「もー、壊したことないねー」架橋は頬を膨らました。
俊比古は話題を変える。
「かけちゃんが歴史に興味を持つなんて、
「空襲って……。知ってるわよ。白山の水源だもん。私ら加賀っ子の体は白山の水でできてるもんね」
「かけちゃんはこの五ヶ月、横浜の水を飲んだから、エセ加賀っ子だな」
「えー、父ちゃんの意地悪っ。そういえば横浜の水道水って横浜かな?」
これは、殆どの横浜市民が
「さあ、それは知らない。でも、手取川の名前の由来は
「え、初耳」
「倶利伽羅峠で勝った木曾義仲が、平家の軍勢を追いかけて手取川を渡る時、濁流だったので、兵たちが手を取り合って渡ったことに由来してるようだ」
「へえ、父ちゃん物知りだったんだ」
「ウィキなんちゃらに書いてあった」
「なーんだ」
「でも、そこで
「え、マジ? すごーい」
「じゃ、帰り際に寄ってみるか」
手取川古戦場の石碑は、白山市の手取川河口に近い場所にある。母、
架橋は石碑の隣りにある解説を読む。
「織田の総大将は
「そっちは知ってるんだ。一応、大河ドラマの常連さんだぞ」
「大学時代の友達にファンがいたからね。おお、
手取川合戦。
架橋は驚いた。
「七尾からここまで来たって、謙信、機動力半端ないねー」
「戦国時代版電撃戦だな」俊比古は関心した。
架橋は古戦場を満喫し、車に乗ると、スマホをだして送った。
「やっぱり行ったか!」と。
行動が読まれていた。
手取川合戦はメジャーだと認識されている。架橋は、マイナーな篠原合戦散策が彼女らに好評だったぶん、少し悔しかった。
架橋は夢を思い出す。市治に電話した。
市治が出てくれた。
架橋は長話した。
市治は初めて会ったときと同じく、真剣に聞いてくれた。
架橋は最後に、
「…………、でもまぁ有り得ないよね。同じ地名なんて全然珍しくないし」
と、はにかみで言った。
市治の返事は、若干、間が空いた。驚いてる。
「なんでそれを知ってるのですか?」
「え?」
「実際にあるのです。そらさんが住む篠原町の由来が、加賀の篠原合戦で落ち延びた平家の落武者が隠れ里にしたという伝承が」
「え、えーっ!」架橋は仰天した。
「本当に知らないのですか?」
「知らない知らない。だって距離、遠いよ。だからあり得ないと思ってた。私、夢で見たことそのまま話しただけねー」
「そうですか。そらさんはやはり、歴史に歓迎されていますのね」
架橋は鳥肌が立ち、喜んだ。
「あらホント? 嬉しいねぇ。これからもいっぱい歴史は触れ合わなきゃねー」
声が弾んだ。妄想でも夢でも、ドラマがあるって面白い。
「ちーちゃん、ありがとねー。じゃ、また」
架橋は電話を切り、景色を眺める。
ニヤニヤが止まらなかった。
俊比古はそんな架橋を見て、言った。
「また何か食べたい顔してる」
架橋は膨れた。
「してないー!」
遥架は「してるしてる」と笑いながら、ペットボトル三本が入ったトートバッグを架橋に渡した。
「はい。白山の名水、持っていきなさい」
「えー、重たい。宅配便で送って」
「分かった。着払いね」
「やだー!」架橋は駄々をこねた。
遥架はもちろん、そんなことしないが、茶化しがいのある架橋は相変わらずだったので、安心した。
ここで俊比古が提案する。
「じゃ、金沢駅の総本山にでも立ち寄るか」
架橋は一転、
「わーい!」と、先ほどと同じニヤニヤで喜んだ。
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