第12話:一致

育美の聖地巡礼旅③

 育美いくみの三日目は宮城みやぎ栗原くりはら市。観光タクシーを手配していたので、一迫真坂いちはさままさかにある姫松ひめまつ森林公園を訪れた。ここは戦国時代の城址公園だが、大河おおかわ兼任かねとうの乱でも使用されたといわれてる。






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 姫松の丘の下を流れる一迫いちはさま川を挟んで、北側の丘陵地に大河兼任、南側の平地に鎌倉の追討軍が陣する。

 敵の総大将は千葉ちば胤正たねまさ。千葉 常胤つにたね率いる東海道軍、比企ひき能員よしかず率いる東山道軍、追討使として足利あしかが義兼よしかねと構成され、合わせて一万騎あるという。

 味方もほぼ同数いる。

 二月十二日、両軍は激突した。


 敵を待ち構えていた大河おおかわ十三とさ連合軍。大河おおかわ兼任かねとう十三とさ秀栄ひでひさの連携が悪い。軍議対立の悪影響である。敵は全員がプロの武士だ。寄せ集めで人数を膨らませた連合軍は初日から戦況は悪かった。追討軍は血眼になって攻め込む。連合軍はジリジリと後退して河越を許したが、丘の占拠までは許さず、守り切った。

 夕刻、いくさは一旦終了する。連合軍は十余名の鎌倉武士を生捕り、尋問して敵の様子を聞き出す。

 兼任は家来から、その報告を受けた。

「源義経様は、じつは死んでいなくて、頼朝様に恨みを晴らすために鎌倉に反旗をあげただと?」

 なんだそりゃ? と感じた。

 大河兼任が決起したときに鎌倉に伝わった第一報が、これだという。更に尾ひれがついて、義経のみならず、源 義高よしたか木曾きそ義仲よしなか子息)や藤原ふじわら秀衡ひでひらの子息が同心して鎌倉へ進軍するといい、源頼朝はかなり恐怖したというのだ。

「秀衡様の子供って誰だよ……?」

 という疑問はあるが。

 情報がまともに伝わらないほど、鎌倉は混乱しているのか?

 とある捕虜は冷静な解釈をし、その報告も聞いた。

「平家討伐や前年の藤原氏討伐のときの鎌倉とは大違い?」

 ま、そうだろうな、と想像した。

 後者は頼朝の主体性を感じるが、前者は頼朝の名前はあれど存在感が見えない。つまり、情報を手玉のように取り扱ってきたあの頼朝が、情報に振り回されているのだ。

 兼任は違和感が拭えなかった。


 敵陣の一角、要害に陣を構える比企能員とくすのき公業きみなり。どこか挙動不審な公業に対し、比企能員は太々しい。

「おちつけ、楠殿」

「し、しかし比企様、鎌倉の変な噂は本当ですか? 某、数多の鎌倉武士に問われ続け、否定するだけで一苦労しましたぞ!」

「ああ、それか。ワシがでっちあげた」

 公業は怒った。

「な、な、鎌倉殿の御前で嘘を通してもよいのですか? 許し難いことですぞ!」

「よい」

「訴えますぞ」

「やればよい。鎌倉殿は、敵に負けて逃げた貴様を成敗してやると、お怒りだからな」

「な……」

「貴様も、己の立場を守りたければ、今からワシの派閥に入れ。そもそもお前は反乱の火種を撒き、我らに余計な出費……、いや、無用ないくさを招いたのだからな」

「…………」

 公業はぐう音も出せず、冷や汗を出しながら頷いた。そうするしかなかった。頼朝には純粋に忠誠を誓いたかったのに、それもこれからはできない。

 能員の説教はつづく。

「貴様が鎌倉殿のために必死なのは分かる。だが、お前は統治が下手だ。まるで、何かの邪教に取り憑かれたかなような増税策ではないか。ああなるのは火を見るより明らかではないか」

「しかし、鎌倉殿に必要なものは土地の力です!」

「十年前、我らを人と認めず、増税ばかり押し付けた平家の連中が今、どうなったか未だ分からないのか?」

「わ、わかります……」

「フッ、そういうことだ。八百三十四年先の鳥頭共ならいざ知らず、今の連中なら牙を剥くのは火を見るより明らか。そんな奴らに必要な政治まつりは増税ではなく、奥州武士の魂を消すことだ。だからもう、これ以上増税を繰り返すな。バカの一つ覚えでしかない」

「は、はい……」公業は縮こまった。

 能員は公業に蛇のように睨みながら、心の中でつぶやいた。

ーー鎌倉殿の将軍職運動は北条ほうじょうめの息が臭くてやるしかないが、もしその付属品として奥州を貰ったら、鎌倉殿の力が全盛期の平清盛に近づくではないか。それは東国武士のトラウマぞ。全力で阻止しないでどうする!

 能員は知っている。大河兼任の奇策は源頼朝にとって最も喜ばしいことであり、逆に、御家人たちにとっては最も警戒すべきことだと。ならば頼朝を怯えさせて、大河兼任を源頼朝から心身共に遠ざける必要がある。そのためにはファンタジーでもよいから、武家政権の基盤作りに厳しい頼朝を恨んで死んだ(と頼朝が思いこんでいる)連中を再登場させることが良いと踏んだのだ。


 このいくさ、大河兼任は大敗し、北へ敗走した。

 十三秀栄は生きてるのか死んだのか? 歴史から姿を消している。

 公業はこの後、鎌倉で頼朝に叱責されたが、比企能員によって、逃亡ではなく討伐軍と合流するために退いただけだと、嘘の弁明をしてくれた。

 頼朝はこれを信じた。よって公業は許され、小鹿島はこれまで通り公業の土地として安堵された。


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 その後、育美は栗原寺を訪れると、歴史の悲劇が身に染みて、大河兼任のために深く手を合わせる。

 その後、近くの白山神社で創和と同じように「またはっけん!」と、架橋に写真を送って喜ばせた。


 育美の四日目は青森あおもり県青森市の浅虫あさむし温泉である。

 平泉からの移動にまた時間を要した。

 栗原一迫の決戦で負けた大河兼任は、ここまで逃れたらしい。妄想のなかでは敗戦で全てを失い、吹雪の中、顔面蒼白になってる大河兼任と一味だが、現実世界では炎陽の下、海水浴客や小型のヨットが楽しそうに海上に浮かんでいる。

 育美は、これを羨ましそうに横目で見ながら国道四号線を南へ歩き、トンネルの入口まで来た。ここから国道を海側にそれると、すぐそこの草むらに小さな石碑を見つける。

 これが一番いちばん合戦とよばれる古戦場の石碑で、大河兼任の乱最後の合戦地だといわれている。

 ここは善知鳥うとう峠の難所。海に面する崖地を削った道を鎌倉勢の追撃部隊が進み、これを大河兼任の残党が迎え撃った。こんなかんじだろうか?

 勝敗は予想通り、大河兼任の負けだ。

 ここで兼任はいったん、消息をくらませている。

 育美は妄想するも、辛い。

 このいくさの日時は不明だが、育美個人の予想では恐らく旧暦の二月の下旬にあっただろうと見ている。今に直せば三月の下旬か四月の上旬になる。とはいえ陸奥の北限ちかくは、まだ極寒の影響が強いと思われる。






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 奥州藤原が守ってきた旧来の平和を取り戻したかった大河兼任は、さぞかし無念だっただろう。

 大河の残党は崖地の側で迎え撃つ。

 はじめは優勢だった。しかし敵は必ず別働隊を編成して、山道から周り込み作戦をする。山の積雪が防御壁になるから、敵別働隊の行軍は自ずから遅くなる。崖の道も一部は凍結してるから、敵正面部隊の攻撃も思うままにはならない。とはいえ敵の別働隊が雪深い山を乗り越えたら、大河残党にこれを対処する余裕がない。そのまえに、別働隊の進路を妨げる兵力もない。

 だから、あっさり背後を取られた。

 これで大河残党軍は総崩れとなった。


 全てを失った。大河兼任はそれでも諦められない。

「こうなれば鎌倉は行き、頼朝様に会うしかない!」

 直談判を決めた。

 危険だが、藤原氏が存在していた頃でも深い関わりを持った関東の御家人や地頭はいる。だから、伝手はある。しかしそれは奥州藤原の伝手であって兼任のそれではないから、心細い。

 そんな微かな希望を胸に、大河兼任は残る十数名の兵とともに南へ進んだ。

 奥州各地に散らばる鎌倉勢に見つからないように、隠れながら山道や脇道を進んだ。そのなかで郎党の何名かは敵に捕まり、何名かは諦め、逃亡していく。

 それでも諦めない兼任は、三月十日、単身で栗原郡の栗原寺の近くまできた。

 兼任は疲労困憊していた。

 だが、ここで不意に遭遇した地元の木こりたちに怪しまれてしまう。そして、後から来た木こり仲間百人に取り囲まれた。

 木こりの長は兼任たちを、盗人だと疑った。

「貴様ら、寺の薪を盗む気か!」

 と、仲間たちと一斉に斧を持ち上げ、脅した。

「違う。我らは……」

 兼任は木こりたちに説得を試みようとした。

 しかし木こりの長が、

「問答無用!」

 と、仲間に攻撃を命じた。

 兼任一向は襲われ、次々と頭や体をかち割られる。

 兼任は仕方なしと抜刀し、数人を斬るも、束になって攻めかかる斧の餌食にされてしまった。

 こうして英雄の物語は、終止符を打った。

 木こりたちは、これが大河兼任一行だと知ったのは、皆殺しにしたあと、着るものをはがしたときだった。

 彼らは焦ったが、攻め込んできた鎌倉勢に兼任の首を売り渡せば大金になると、割り切った。


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 育美は疲れていたが、それでも好きで巡りたい。前日に訪問した栗原寺は、源義経が源頼朝に追われて京都から逃げたとき、平泉に到着する前日に宿泊した寺として有名だ。

 吾妻鏡あづまかがみによれば、ここが大河兼任殺害の地とも記されている。

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