第11話:歴旅
旅の醍醐味"予定外"高知編
続く熱帯夜、日の出から蝉の大合唱。
新横浜駅は帰省客でごった返していた。
朝七時、架橋、
架橋はキョロキョロする。
「ちーちゃん、やっぱり来ないのかな?」
育美が教えた。
「サマウォ状態で手が離せないんだって」
「ちょっと期待してたけど、やっぱ仕方ないねー」
「たしか
昔ながらの家風を、あの若さで当たり前にこなせる市治は、なにげに凄い。
創和は話を戻す。
「ではここから新幹線に乗って、私は
「じつは、
「そっか。みんなバラバラだけど、やることは歴旅だよ。そらちゃん、分かってる?」
架橋「はーい」
創和「お土産交換会は来週の金曜日にやるよ!」
架橋、育美「おー!」
創和「では、出発!」
三人は改札に入った。
十二日から架橋は、高校時代の登山部恒例行事に付き合い、白山登山を二泊三日、要した。
パーティーは現役部員六名、架橋ほかOB三名と顧問の十名である。架橋は顧問とともに自家用車持参で、父、
架橋は、はじめて顔を合わせた現役部員と溶け込むほど仲良くなり、とても楽しかった。
帰宅は十四日の夜になった。
津幡の実家。表玄関は喫茶店の入口。十七日まで休むという貼紙が貼ってある。
「おとーちゃん休みすぎだねー。仕事しろー」
と茶化しながら、鍵を開けて入った。
店内は当然だが、その奥も真っ暗だった。
架橋は、今更ながら思い出した。
「あ、おかーちゃんの実家に帰っていたんだ」
架橋はどじった。あと、後悔した。ひと月も前から聞かされていたはずだ。白山なら津幡の実家よりも篠原(
家の固定電話から母、
「あ、おかーちゃんね。私、ど忘れしちゃって家に帰っちゃったねー。今日は疲れたから明日行くね」
遥架には「相変わらず天然だね」と呆れられた。
父、俊比古の声も漏れ聞こえる。
「いや、架橋らしくて安心したよ」
と笑われたが、まあいいや。
十五日、朝、スマホをチェックする。友人などの未読が二百件を超えていて、朝食をとりながら確認した。
四日も反応しないと、みんなに心配され、寂しがられる。
「山降りるまでスマホ見ないって、予告しておいたんだけどねー」
と苦笑いしながら呟くも、親しまれてる実感をつよく感じる。だから、心の中で感謝した。
創和と育美は、写真が多かった。
一日目(十一日)は移動だけで六時間を要したので、初日の観光は
最寄りの
改札前と駅舎の周りを見回す。
「……ない」
油断した。ショックだ。
「ふつう、あるだろー!」
と嘆く。このあたりが都会者の発想だが、初手から予定が狂った。登城予定は"岡豊城→高知城→
予定変更したくない。挙動不審になるほど悩む。
そのとき、おばさんの声が聞こえる。
「観光かい? トランク使いなよ」
創和が声の方に目を合わせると、タクシーの運転手がトランクを開けて誘っていた。
創和は「あ、ありがとうございます」と、言葉に甘えた。
「どちらまで?」運転手は訊ねる。
「岡豊城なんですが、お城を隈なく廻りたくて。でも、これでは……」
「預かってあげるから、楽しんで行きなよ」
「助かります」
創和は助け舟を貰った。
岡豊城跡内にある高知県立民族資料館に着いたのは午後二時前。
創和は運転手から名刺を貰い、言われた。
「楽しんだら電話かけて。送迎に来るから」
「ありがとうございます♪」
創和は頭を下げ、創和の名刺を運転手に渡し、ひとまずここまでの料金を払ってから、タクシーをでた。タクシーはいったん、この場を離れる。
とはいえ、創和は駆け足するしかない。
まずはリュックからタブレットをだし、カメラを起動させ、資料館前に立つ
時間制限もあるが、ここに来る直前、茅葺き屋根の家をみつけた。旧
「これがあるとは知らなかったな」
と苦笑いしながら、タブレットで写真を撮りまくる。江戸時代の入母屋造で、和紙原料栽培を生業とした山間地の生活を物語るという。
靴を脱ぐ。薄暗くとも開放感がある内部を、くまなく廻ってた。意外と暑くなかった。
畳の部屋に座ると、ホッとする。
「茅葺き屋根に住みたい気持ち、なんか分かる」
と、はじめて思えるようになった。
創和は五十枚くらい撮った写真から、自撮りを含めて数枚選び、市治に送信した。
ここで午後三時四十分。
「あ、ゆっくりしすぎた。早くしなきゃ!」
創和は靴を履き、小走りして古民家を出た。
創和は城址の案内板を確認してから、テンションを上げる。
「やっと城攻めじゃあ! 城主は誰だっけ? まあいいや、
と、気分は、
創和は整備された坂道を登りながら、左右の崖の上や坂の上の正面から籠城衆に弓で狙い撃ちされる恐怖と快感を妄想する。想像上の味方足軽たちはバタバタ倒れるが、国親役の自分には、なぜか矢は当たらない。
二の段(二の丸)に入る。結構な広場だ。
「かかれー!」
妄想上の創和中村軍と敵籠城衆が抜刀戦を繰り広げる。多勢の中村軍が終始、押しまくる。
現実の創和は写真を撮りまくる。土塁、石塁、展望、あずま屋、何枚写したか分からないほどだ。
つぎは頂上の
といいながらも、堀切、礎石跡、三の段と、詰の四方をぐるっと廻ってから詰に登り、入った。
敵城主は城を捨てて逃げた。
「やったー! 岡豊城を取り戻したぜ!」
両手を上げて喜ぶ創和。
しかり周りに、観光客が数名いた。
創和は恥ずかしくなって手を下ろし、何事もなかったかのようにとぼけて、写真を撮る。
標高九十八メートルから高知平野を眺める。太平洋も見えた。南風が汗を拭ってくれた。
しかし、ここで終わりではない。創和は岡豊城跡の標柱と伝
このとき、夕焼けに染まる陸と海。
創和は見惚れた。
気がついたら午後六時五十分。
「あー!」
日没数分前に創和は慌てる。タクシーを呼び、後免駅で運転手に感謝し、釣り銭は全てチップとした。
夜八時ごろ、創和は高知市中心街のホテルでチェックインしてから、行きたかった居酒屋"元親"で、海鮮料理と地酒に幸福いっぱいとなった。
創和はほろ酔いしながら、高知県の歴史情報を色々と検索してると、驚くべき伝承をみつけた。
「た、た、
あまりにも意外である。天正十(一五八二)年に
「い、行きてー!」
葛藤が湧くが、日程が足りない。でも、どちらかでも行っておかなないと必ず後悔する。あと、市治にも自慢したかった。
「これは明日、高知城と浦戸城を高速登城するしかないな」
と、決めた。
二日目は、日暮までになんとか双方の城を訪問できた。しかしまた、予定外とめぐり出会った。
それは両城の、ちょうど中間にあった。
架橋は創和の写真を見て驚く。
「えー、高知にもあるんだ」
と、電話で聞きたかった。
創和が出てくれた。
「あ、創和さん? いま、どこ?」
「
「高知から帰ってきたんだ」
「いや、
「とくしま?」
「そう。夜行バスがあるの。あと、徳島城もね」
「へー。あ、そうそう、あれ、びっくりしたねー」
創和は語らずとも理解した。
「だろ。ささやかな想定外だよ。思わず降りて見廻ったもん。目的もないのに」
「じつはウチの近くにも、同じのあるねー」
「え、マジ? 送ってよ。でさ、市治に見せびらかさね?」
「あは、面白そう。じゃ、私も撮っとくね。あとさ、三日目の白山神社と武田神社もびっくりだわ」
「高知の山奥にも石川と山梨があったよ」
「意外と、横浜してるんだねー」
「ねー」
二人は笑った。
創和は思い出したように言う。
「あ、そうだ。寺ちゃんも撮りに行ったみたいだよ。あれ」
「え、ほんと? 東北にもあるんねー」
「私のとこには昨日、来てたよ。そらちゃんのとこには来てないの?」
「まだ全部確認してないんだ。でも、来てるはず」
「分かった。私、今から家に帰るから、またあとでね」
「うん、バイバイ」
会話を終えると、架橋は育美のメールからその情報を探すと、それらしいタイトルを見つけた。
開くと、ちゃんと写っていた。
「わお!」
架橋は大笑いした。
架橋は残りの未開封メールを開け続け、ニヤニヤする。最後は創和だ。
開くと、夜の徳島市。焼肉屋で自撮りする創和。
その店名が"晴信"だった。
「なるほど徳島ってじつは、これ目当てだってのねー。でも焼肉、超うまそー」
と、朝食を取ったはずのお腹が、また鳴った。
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