選んだ杉山神社で
横浜市 保土ケ
ガイド片手に散策する老人二組とすれ違う。彼らは杉山神社目当てではなく、昨年の大河ドラマの登場人物に所縁がある場所だから、散策してる雰囲気でいっぱいだ。番組は終わってるのに微笑ましい。
この鳥居をくぐって石段を登れば着くが、
何処にでもあるような小さな鎮守、社殿に投げ銭し、訪問の挨拶を終えて振り向けば、夕日に染まる川島町から
「丘と住宅地と高速道路だねぇ」架橋はニンマリする。
横浜市の典型的な谷間のヘッドタウン。ちなみに高速道路はなく、環状2号線という無料道路である。
「横浜らしいね」育美は乱開発とはいわず、冷静に返した。
架橋はふと思い出す。
「そういえば鳥居の近くに、
育美は答えた。
「違うよ。確か、
「ああ、ヒゲかわの御家人さんでしたか。横浜の歴史って戦国か鎌倉だよね。ウチの横浜(津幡町)も
「いや、さっきは南北朝時代だったよ」
「あ、そっか」
架橋と育美は笑った。
このとき、市治は歴史案内板を探したが、
「ありませんね……」
と、掲示板を眺めながら残念だ。素朴な神社だから歴史観光の注目はされない。
「やっぱりその辺にある、ご近所のための神社なんだよ」
「そうですね。うちの鎮守様(神明社)もありませんから」
「それでいいんじゃない?」
「そうですね。私はむしろ、そういう静かな所が好きです。お隣の公園には源流がありますし」
「行く?」
「いや、もう遅いでしょう」
「そうだね。お化けの活動時間が迫ってるからね」
「あそこに出るのは蛍です」
「おお! 見たいけど、諦めるしかないか……」
お腹すいたし、汗いっぱいだし、疲れたし。
創和はバッグからタブレットをだし、川島杉山神社になにか歴史情報があるか検索したら、簡単に見つかったので開いた。
読んだら、驚いた。
「ちょっと待て。ここ、戦国時代創建っぽいぞ!」
と、市治に見せた。そこには、こうある。
創立年代詳かでないが、口碑によると天文年中
市治は凝視した。とくに"天文年中北条氏康が上杉朝定と戦い"の記述である。
鼓動が高まる。
ーー北条氏康が天文(一五三二〜一五五五)年間に上杉朝定と戦ったのは二回。初回は天文六(一五三七)年七月の三ツ
市治は思いをめぐらす。口語と丁寧語が入り乱れるほど興奮し、震えた。
でも、やっぱりダメだ。
ーーお、落ち着きましょう。でも、でも、浄龍寺と善龍寺が同じ口伝を持っていれば、嘘も偶然の一致で軽く片付ける方もいましょう。ですが、三つ目があればそうもいかないはずです!
冷静を求めるはずが、また史実の可能性に期待を膨らませてしまった。
何度でもいうが、口伝は歴史として格上げさせる要素にはなれない。やっぱり、一次史料との一致が絶対に必要だ。いくら状況証拠を揃えて外堀を埋めても、これが無い限り歴史は動かせないし、動かしてはいけない。
刑事裁判の、疑わしきは罰せず、と同じ要領といえる。
市治は自重を念じ、深呼吸をしたら、手に持ってるはずの創和のタブレットがない。
探すと、創和が喜んで育美と架橋に見せていた。市治は夢中になりすぎて、取られたことも気づかなかった。
架橋は相変わらず、気が早い。
「北条氏康が建てたんだねー」
「違う違う」創和と育美は声を揃える。
市治は上星川の遠景を眺める。
向こう側に見える丘の、更に向こう側には市治が住む神奈川区の
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