第10話:杉山

郷土最大の謎

 鶴見つるみ駅前の喫茶店。四人とも冷たい飲み物を飲みながらこれまでのことを思い出しながら話し、満足していた。

 そして架橋かけはしの一言で、話題は動く。

「鶴見神社は杉山すぎやま神社か。そういえば聞かない神社だよねー。白山や浅間みたいに、どこかの聖なる杉山でも信仰していたのかな?」

 創和はじめ育美いくみも頷いた。

 だが、市治ちはるは違った。

「鶴見川流域でしか広まっていませんから」

「え、そうなんだ」創和は初耳だった。育美も同感だ。

 市治は、なるほどと思う。

新治にいはるさんと寺家てらやさんは同じ横浜でも、旧 相模さがみ国側のお住まいですから知らないのも仕方がありません。杉山神社は横浜市最大の謎として、一部界隈では有名らしいです」

「それって、ちーちゃんの周りだけでしょ?」架橋は疑う。

「いや、寺社から歴史に興味を持った方は、私の周りにはいません。でも、羽沢はぞわにも昔は二社あったので、興味本位で一度、そのシンポジウムに行ったことがあります」

 と、市治はバッグからセカンドPCを取り出し、PDFに保存したそのレジュメを見せた。

「このようなこともあろうかと思って、用意しました」

 とはいてイラストのみならず、横浜市の歴史関連情報も大抵はこのパソコンに入れてある。

 創和は苦笑いした。

「このようなことって、一体何処の技師長よ……」

 架橋は感嘆した。

「ほんとだ。タイトルに"郷土最大の謎"って銘打ってあるねー」

 杉山神社は古代、忌部いみべ一族が大和やまとの抗争に敗れて安房あわ国の南端部に移り住み、そこから一部の者が鶴見川流域に流れ、開発しながら作り上げたものらしい。だが大和朝廷の東征でこの勢力は力を弱め、大和と同化し、そのまま現代に至るとされている。

 そのためなのか、例えば全国に広がる諏訪すわ神社には長野ながの県の諏訪大社、神明しんめい社には三重みえ県の伊勢いせ神宮、白山神社には石川いしかわ県の白山比咩神社のように、総鎮守が存在しない。

 だから杉山神社の歴史は全て仮説の域を出ない。

 だがそんな仮説は、昭和戦後の先人が少ない二次史料とフィールドワークで判明した成果だ。

 だから今の私たちらこれを尊重し、基礎情報とすしながら新たな発見と説に繋がるしか、歴史認定への道はない。

 杉山神社の数は新編武蔵風土記槁しんぺんむさしふどきこうによれば、武蔵国 都筑つづき郡、橘樹たちばな郡、久良岐くらき郡という現横浜市域に七十七社あったといされている。

 現在、神奈川県神社庁が保有する神社データベースを見ると、横浜市内に三十四社、神社庁管轄外に一社あるので、合計三十五社が残ってることになる。

 市治の持つレジュメには、三十五社すべての一覧がある。

 そこで創和はタブレットから、ルーレットを開く。

「市内なら、あとひとつくらい行けるよね!」

 架橋が乗った。

「行こう! 面白そう!」

 育美は疲れてるが、

「横浜の謎なら興味あるわ」

 と賛成した。

 市治も、乗り気では無い。

「なんと気まぐれな……」とはつぶやくけど。

 創和は元気に屁理屈で返す。

「なに言ってるの? 旅の醍醐味は時間とお金の無駄遣いだよ。行けば大抵、予期せぬ興味が現れるってこと。ま、今回はお金かかんないけど」

「旅というほどでもありませんが……」市治は付き合うことにした。

「ということで、車、お願い」

「いや、今日は持ってきてません」

「あ、そうだった。じゃあ、お酒、呑めるね」

「晩御飯までには帰ると伝えてあります」

「いけずー」

 市治と創和の無駄話をよそに、育美が創和のタブレットを持って「まわすよ」と、ルーレットを始めた。

 出た数字は二十二。レジュメの順番を追うと、川島かわしま杉山神社が選ばれる。

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