鶴見神社

 鶴見つるみ神社。總持寺と違って規模は大きくも小さくもない町中の神社である。祭神は五十猛命いたけるのみこと素盞嗚尊すさのおのみこと。木陰はなく、四人は初夏の強い日差しを思い切りあびた。

 鳥居の横に神社の社号柱がある。その書名は"海軍中将 子爵ししゃく小笠原おがそわら長生ながなり"とあった。

 架橋早速、注目した。

「軍人さんが書いたって、瀬沢合戦と同じだね。この人も横浜ジモティかな?」

 創和が調べたら無数にヒットした。

「いや、生まれは東京というか、江戸だって。幕府サイドの人間なのに、明治の軍人エリートまっしぐらに進んでるじゃん。父親が唐津藩主の小笠原 長行ながみちだってさ」

 育美は感心した。

「おお、確か老中だよ。幕末史でも結構名を聞く人だし、大学入試でもたまに出てくるわ。で、系図をたどれば小笠原 貞慶さだよしに行き着くんだよ」

 有名ときくと、架橋は、

「へえ。ここってもしかして、見た目以上にもの凄い鎮守さまだったりして」

 と言ってみた。違えばいつものように茶化させるだけだ。

 市治は否定しなかった。

「ここは横浜市でも、創建が結構古いらしいです」

「へえ、いつ?」架橋は問う。

「たしか、西暦三桁辺りだったと聞いたことがあります」

 市治は案内板を目で探しながら言った。

 見つける前に、創和がタブレットで見つけた。

「元は杉山すぎやま社として、推古すいこ天皇の時代か鎌倉かまくら時代に建てられたっぽいね。今の神社名に変えたのが大正たいしょう九(一九二〇)年だって」

 架橋「推古天皇か。ちーちゃんがオススメしたマンガでも詳しくあったね」

 創和「もしホントなら、横浜最古だって」

 架橋「推古だから最古、韻を踏んでるね。あはははは」

 育美「そこ、笑うとこ?」

 架橋「建物は新しいかんじかするのに」

 育美「何回か立て直してるんだよ」

 架橋「この鎮守さまも鶴見原合戦を体験したのかな?」

 育美「記録にないからね。したかもしれないし、してないかもしれないし」

 架橋「謎はロマンだね」

 四人は社殿へ歩き、途中、架橋は狛犬に注目する。

「台座がゴツゴツしてる。面白いねー」

 と、撫でるように触った。

 育美は目を近づけ確かめる。

「溶岩が固まったものかな?」

 創和は疑う。

「コンクリでそれっぽく作っただけじゃない?」

 その辺はネットで調べても分からなかった。

 狛犬を通過すれば、すぐ右側に歴史の案内板がある。

 鶴見神社の情報かと思ったらそれを飛び越え、ここに貝塚があった記述だった。架橋は、ここでは縄文時代か弥生時代から人の営みがあったのかと想うと、ロマンを感じるも、

「そういえば大昔の人ってみんな丘の上に住んでたってあったけど、ここは平地だよね」

 と、関心と疑問の両方をいだく。

 ただ、育美は周囲をみていた。

「いや、微高地だよ」

「ほんと?」

「さっき旧東海道歩いたとき、右側の脇道はみんな、微妙な下り坂になってたわ」

「なるほど」

「側に鶴見川が流れてるし。ここ、大昔から洪水から逃れられる場所だって認識されていたんだよ。寺社あるあるだよ」

「へえ、そうなんだ」

 架橋は市治に確認をとろうとするも、いなかった。

「あれ、ちーちゃんは?」

 見渡すと、おみくじを頂くため、社務所で納めに行っていた。

 架橋も欲しくなり「私も受けるねー!」と走る。

 育美「創和さんはどう?」

 創和「くじ運悪いから、遠慮しとく」

 育美はどちらでもよかったけど、御守りを眺めていたら、旅行安全御守りが目に入ったので、授かろうと決めた。

「富士山と蛙の絵で、ぶじかえる。見知らぬ東北の地をめぐるから、守ってもらおうかな」と満足だ。

 創和も乗った。

「私も見知らぬ高知だから、ひとつ受けよう」

 これでお盆休みの旅行が、安心できる。

 架橋と市治は、ともに小吉だった。

 育美は小躍りして喜ぶ。

 架橋は苦笑いだが、市治は満足してる。

「このくらいが丁度良いです」

 と、くじを折りたたみ、大切に財布の中へ閉まった。架橋は言う。

「ちーちゃんはお持ち帰り派なんねー」

 市治は頷く。

「はい。神様からのアドバイスがありますので、読み返して参考にします。それに、来年はおみくじをお返しするためにまた訪問できますから」

「凶でも?」

「はい」

「私は全部、木に結ぶ派だね」

 創和は絵馬に

「歴史サークルのメンバーが増えますように」

 と記し、三人にも著名を促した。

 育美は「連判状だね」と乗った。架橋も市治も喜んで著名した。

 創和は「お願いします」と絵馬掛け所にかけた。

 架橋はおみくじを、おみくじ掛けに結んだ。

 その間、市治たちは本殿にいた。

 市治が促す。

「暑いから早くご挨拶しましょうよ」

「あーん、みんな早いよー」

 架橋は小走りして、手水の作法をしてから本殿に向かい、四人揃ってお参りした。


 市治は、早く空調の効く何処かで避暑したかった。だが、架橋が本殿右側に八つもの境内社が並んでることに注目し、そちらに進む。

 架橋は手前から順番に、律儀に、かつ、楽しそうに手を合わせに行った。

 三人は苦笑い。

 育美は「私たちもやる?」と消極的で、

 市治は「そらさんが私たちの分もやってくれていますから」と、都合よく解釈した。

 創和は「なら、いいか」と賛同し、ゆっくり歩いて追った。

 架橋は最後の境内社でじっと立ち止まる。

 育美が「どうしたの?」と問うと、架橋は「石原裕次郎のつぎは三島みしま由紀夫ゆきおねー」と答えた。

 社名は清明せいめい宮といい、平成二十二(二〇一〇)年、三島由紀夫と森田もりた必勝まさかつの両名を祀るために建てられたとある。ゆえに、社の新しさが際立っている。

 架橋はニッコリと、上から目線で言った。

「おお、私よりも若い御社おやしろ様、はじめてねー! てことは、キミは今年から中坊か。ならば私のことはお姉さんとお呼びなさいな」

 育美が突っ込む。

「ご祭神はお爺さん世代だよ」

 架橋は苦笑いして、御社に謝る。

 創和は笑った。

 市治は、ここで散策が終わると思った。

ーー喫茶店で冷たいお紅茶が飲みたい。

 暑くて、頭の中はこれで一杯だ。

 架橋は、今度は小山こやまを見つける。

「浅間社だって!」とはしゃぎながら、階段を登った。

 創和と育美も登り、三人で自撮りした。

 これは明治五(一八七二)年、新橋から横浜(現桜木町)までの鉄道工事の際、線路予定地にあった古墳をこの場所に移したという。いまは富士見塚になっている。

 架橋は、当然の疑問がわく。

「お墓がなんで塚に変わったのかな?」

 創和は首をかしげた。古墳と浅間社の関連は、ネットで調べても解説がなかったのだ。

 育美は想像でいう。

「富士山が見えたからじゃないの?」

 富士見塚というからにはそういうことだろう。しかし今は高層建築物が沢山あって、見えなくなっている。

 とはいえ架橋は、謎でも構わなかった。

「ひとつの神社のなかに小さな神社がたくさんあって、面白かったねー」

 と満喫し、同情を求めた。

「そうだね」創和も育美も、架橋の満足感のほうに満足していた。

 ひとり登らず、下から見上げる市治は、

ーーそういえば、神社はテーマパークだと言っていた人がいました。

 と、どこかで得た耳情報を思い出し、架橋が楽しんでる姿を見て、納得した。

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