總持寺と鶴見原合戦
蝉の音が盛んな、晴れた土曜日。横浜市
ここは永平寺に並ぶ、曹洞宗の頂点にある寺院である。
「はい、ご目当ての總持寺です!」
架橋は関心しながら、ボケた。
「總ジジか……。じゃあ、總ババは?」
創和がすかさず突っ込んだ。
「あるかい!」
皆、笑った。
参道に入ってからの寺内は木陰が続き、暑さをしのげる。
「でっけぇかなー! でっけぇかなー!」架橋は巨大な三門を見上げた。
創和も育美も驚く。二人も初めて来た。
「じつは私もです」市治も、少々恥ずかしげに答えた。
架橋は例えた。
「まるで京都の有名なお寺ねー」
育美は同感だ。
「たしかに。
架橋は本題にはいる。
「で、関係はなんねー?」
と問うと、創和がタブレットで調べて答えてくれた。
「總持寺、奈良時代に
架橋は納得した。
「それ、輪島市に吸収合併された町ね。たしか能登半島の左上にあった町だよ。で、なんでこっちに移ったの?」
「
創和がさらに調べてみると、更に面白いことが見つかる。
「このお寺、戦国時代に前田利家が能登を支配したとき、再建して保護したって歴史があるよ。利家が来る前にも燃やされたんだね」
架橋が食いつく。
「おお! 前田公が絡んでる」
「で、寺宝に前田利家夫人の画像を持ってるって」
「お松さんですか!」
「そうだよ。国の重文だってさ」
「すごーい!」
架橋は、石川県と横浜市が歴史で繋がる感覚を満喫した。
四人は広い境内を歩くも、仏殿は耐震工事中で、全体が隠れて見えない。そのため立入禁止で伽藍の中にも入れない。
そこは残念だが、仕方がない。
架橋「なんか、超巨大な箱に入れられてるみたいねー」
創和「昔、姫路城もこんな感じで改修工事してたな」
市治は言う。
「できたら、また来ましょう」
三人は賛成した。
なので育美は代案をだす。
「せっかくだからさ、あそこ行こうよ」
あそこというだけで、分かる人には分かる。
そこは、
巨大な墓かと思ったら、意外と周りの墓たちと溶け込めるほどの規模でしかない。案内板がなければ迷っただろう。
墓地は寺の裏、丘の上に広がり、木陰はない。
四人は両手を合わせてから、写真をとる。
歴史の素人架橋でも、名前くらい知っている。
「この人、昭和ですっごく有名な役者さんでしょ。ここにお墓があったんだ。すごーい!」
と、とても喜んでいた。
創和は、そういえばと問う。
「歴史ものって、聞かないな。なにか演じたのかな?」
これは育美が教えた。
「
創和は育美の、昭和の映画の詳しさを疑う。
「詳しいね。もしかして、年、誤魔化してる?」
育美は苦笑い。
「レンタルで見たことがあるだけよ」
「なるほど、私も一度見てみようかな」
架橋も映画は大好きだから、質問してみた。
「歴史映画で、オススメってあります?」
創和はあまり鑑賞しないほうだけど、
「のぼうの城はいいぞ! やっぱりお城の攻防戦はテンション上がるよ!」
と力を込める。
育美は少し考えてから、
「クレしんの戦国大合戦」を推した。
創和は「あ、寺ちゃんずるい。それ実在の人物いないじゃん」と、文句をいうも「でもあれ、意外と考証がしっかりしてるし、最後は号泣するもんな」と、作品は認めてる。
架橋は「ちーちゃんは?」と、市治にも聞いた。
市治は考えた。
そういえば先週、小学生の甥っ子が友達つれて、家でドリーマ・モーテンバーンの洋画鑑賞をしたことを思い出し、
ーーそういえばあの人、キャットウーマンやりたいって言ってましたね……。
と、それに気づくと、答えはあれかな、と言った。
「ニンジャバットマン」
知らない架橋は「分かったわ」と、感謝した。
この作品を知ってる創和と育美は心の中で、"一番ぶっ飛んでるやつだ"と呆れた。と同時に"また茶化したな"とも推測した。
しかし市治は、映画知識は疎いだけだった。
とはいえ育美が、市治のオススメを打ち消すように、沢山の作品を勧めてきた。
「そ、そうだ。歴史映画といえばやっぱり黒澤明だよ。『
創和も知る限りを言う。
「あと『レジェンド・アンド・バタフライ』とか『
架橋は、たくさん名前が上がって喜んだ。
「へえ、ありがとねー。見てみるよ」
と、お礼をいう。創和と育美はとりあえず安堵した。
ここで架橋は母親に写真を送り、自慢した。
「裕次郎さんのお墓だよ。凄いでしょ!」と。
市治はこの丘陵地を見渡し、想うことがあった。
「そういえば鶴見原の戦いは、何処で行われたのでしょうか?」
「いくさ、あったの?」架橋は問う。
「はい」市治は頷いた。
鶴見原合戦とは二種類ある。ひとつは
ふたつとも大きな戦いなのに、どちらも具体的な戦場所在地が伝わってない不思議があるのだ。
「どうしてでしょうね」市治は少し不満だ。
それを他所に架橋は、聞き覚えのある人物に反応した。
「あれ、北条時行って、逃げ若だよねー?」
「はい」市治は答えた。
「へえ、ここで戦ったんだ!」
「いや、ここと決まったわけでは……」
ーーーーーーーー
大鎧を纏い、北条時行になりきる架橋。妄想なので鎧の重さは気にしない。
「ようし、二年前にわが故郷を奪い、家族を殺した新田足利を蹴散らし、鎌倉を取り戻す。攻めるぞー!」
集う武士たちは「おう!」と拳をあげてから、駆けて行った。
ーーーーーーーー
架橋は創和に、タブレットで軽く後頭部を叩かれた。
「痛ーい。後ろから討つとは卑怯なりー」
とふくれる。
市治も呆れ、間違いを訂正させる。
「そもそもこの丘が、合戦の舞台になったかどうかも分からないうえ、北条時行ご自身はこの合戦に参加していません。仮に参陣したとしても、攻め手は川の向こう側です。ここは敵陣です」
「がーん」架橋は損した気持ちに襲われた。
育美は架橋をフォローする。
「でも、ま、暑くなったし、炎天下で頭を使うのは少し辛いと思うわ」
架橋は、言い訳の理由ができたと乗る。
「そ、そうよ。頭を冷やせばちゃんと妄想できるもんねー」
と、汗を流す架橋に、三人の眼差しは冷ややかだ。
創和は、それでもいいやと思い、
「じゃあ、頭を冷やしに行きますか。お腹もすいたし」
と、昼食を提案した。
架橋は秒速で「はい!」と賛成した。
ここで架橋の母親から返信がきた。
「裕次郎を喜ぶのは年寄りだよ」
昭和バブルに青春を送った両親世代に、彼の影響は薄い。
昼食は鶴見駅を超え、旧東海道沿いにあるラーメン屋で汁なし坦々麺で舌鼓をうつ。
店をでると、目の前に神社がある。
鶴見神社という。
鳥居前の石柱にある社名が、架橋の目に止まる。
「鶴見だから鶴見神社ね。駅の名前の由来かな? 行ってみようよ」
と、微笑みながら神社へ小走りした。
三人は架橋の後を追う。
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