總持寺と鶴見原合戦

 蝉の音が盛んな、晴れた土曜日。横浜市 鶴見つるみ区、鶴見駅からわずか十分も歩かない場所に、それはある。


 曹洞そうどう宗大本山 總持寺そうじじ

 ここは永平寺に並ぶ、曹洞宗の頂点にある寺院である。

 育美いくみ架橋かけはしに教える。

「はい、ご目当ての總持寺です!」

 架橋は関心しながら、ボケた。

「總ジジか……。じゃあ、總は?」

 創和がすかさず突っ込んだ。

「あるかい!」

 皆、笑った。

 参道に入ってからの寺内は木陰が続き、暑さをしのげる。


「でっけぇかなー! でっけぇかなー!」架橋は巨大な三門を見上げた。

 創和も育美も驚く。二人も初めて来た。

「じつは私もです」市治も、少々恥ずかしげに答えた。

 架橋は例えた。

「まるで京都の有名なお寺ねー」

 育美は同感だ。

「たしかに。南禅寺なんぜんじっぽいかも」

 架橋は本題にはいる。

「で、関係はなんねー?」

 と問うと、創和がタブレットで調べて答えてくれた。

「總持寺、奈良時代に能登のと国で創建されたらしいってさ。場所は鳳至ふげし門前もんぜん町だそうよ」

 架橋は納得した。

「それ、輪島市に吸収合併された町ね。たしか能登半島の左上にあった町だよ。で、なんでこっちに移ったの?」

明治めいじ三十一(一八九八)年の大火災でほとんど焼けて、再建する際に移転の話がでてきて、ここに選ばれて、明治四十四(一九一一)年に落成したんだって」

 創和がさらに調べてみると、更に面白いことが見つかる。

「このお寺、戦国時代に前田利家が能登を支配したとき、再建して保護したって歴史があるよ。利家が来る前にも燃やされたんだね」

 架橋が食いつく。

「おお! 前田公が絡んでる」

「で、寺宝に前田利家夫人の画像を持ってるって」

「お松さんですか!」

「そうだよ。国の重文だってさ」

「すごーい!」

 架橋は、石川県と横浜市が歴史で繋がる感覚を満喫した。


 四人は広い境内を歩くも、仏殿は耐震工事中で、全体が隠れて見えない。そのため立入禁止で伽藍の中にも入れない。

 そこは残念だが、仕方がない。

 架橋「なんか、超巨大な箱に入れられてるみたいねー」

 創和「昔、姫路城もこんな感じで改修工事してたな」

 市治は言う。

「できたら、また来ましょう」

 三人は賛成した。

 なので育美は代案をだす。

「せっかくだからさ、あそこ行こうよ」

 あそこというだけで、分かる人には分かる。

 そこは、石原いしはら裕次郎ゆうじろうの墓所だ。


 巨大な墓かと思ったら、意外と周りの墓たちと溶け込めるほどの規模でしかない。案内板がなければ迷っただろう。

 墓地は寺の裏、丘の上に広がり、木陰はない。

 四人は両手を合わせてから、写真をとる。

 歴史の素人架橋でも、名前くらい知っている。

「この人、昭和ですっごく有名な役者さんでしょ。ここにお墓があったんだ。すごーい!」

 と、とても喜んでいた。

 創和は、そういえばと問う。

「歴史ものって、聞かないな。なにか演じたのかな?」

 これは育美が教えた。

上杉うえすぎ謙信けんしんやってるよ。たしか三船みふね敏郎としろうの『風林火山ふうりんかざん』で。あと、勝新太郎の『人斬り』では坂本さかもと龍馬りょうまね」

 創和は育美の、昭和の映画の詳しさを疑う。

「詳しいね。もしかして、年、誤魔化してる?」

 育美は苦笑い。

「レンタルで見たことがあるだけよ」

「なるほど、私も一度見てみようかな」

 架橋も映画は大好きだから、質問してみた。

「歴史映画で、オススメってあります?」

 創和はあまり鑑賞しないほうだけど、

「のぼうの城はいいぞ! やっぱりお城の攻防戦はテンション上がるよ!」

 と力を込める。

 育美は少し考えてから、

「クレしんの戦国大合戦」を推した。

 創和は「あ、寺ちゃんずるい。それ実在の人物いないじゃん」と、文句をいうも「でもあれ、意外と考証がしっかりしてるし、最後は号泣するもんな」と、作品は認めてる。

 架橋は「ちーちゃんは?」と、市治にも聞いた。

 市治は考えた。

 そういえば先週、小学生の甥っ子が友達つれて、家でドリーマ・モーテンバーンの洋画鑑賞をしたことを思い出し、

ーーそういえばあの人、キャットウーマンやりたいって言ってましたね……。

 と、それに気づくと、答えはあれかな、と言った。

「ニンジャバットマン」

 知らない架橋は「分かったわ」と、感謝した。

 この作品を知ってる創和と育美は心の中で、"一番ぶっ飛んでるやつだ"と呆れた。と同時に"また茶化したな"とも推測した。

 しかし市治は、映画知識は疎いだけだった。

 とはいえ育美が、市治のオススメを打ち消すように、沢山の作品を勧めてきた。

「そ、そうだ。歴史映画といえばやっぱり黒澤明だよ。『影武者かげむしゃ』とか『らん』とか『かくとりで三悪人さんあくにん』とか……」

 創和も知る限りを言う。

「あと『レジェンド・アンド・バタフライ』とか『てんと』とか『関ヶ原せきがはら』とか『信虎のぶとら』とか『戦国自衛隊せんごくじえいたい』とか、ああそうだ、江戸時代の『大河たいがへのみち』もよかったぞ!」

 架橋は、たくさん名前が上がって喜んだ。

「へえ、ありがとねー。見てみるよ」

 と、お礼をいう。創和と育美はとりあえず安堵した。

 ここで架橋は母親に写真を送り、自慢した。

「裕次郎さんのお墓だよ。凄いでしょ!」と。


 市治はこの丘陵地を見渡し、想うことがあった。

「そういえば鶴見原の戦いは、何処で行われたのでしょうか?」

「いくさ、あったの?」架橋は問う。

「はい」市治は頷いた。

 鶴見原合戦とは二種類ある。ひとつは元弘げんこう三(一三三三)年、鎌倉幕府滅亡の前哨戦のひとつで、新田にった義貞よしさだ派の小山おやま千葉ちば勢が幕府側の金沢かなざわ貞将さだゆきに勝利した戦い。もうひとつは中先代なかせんだいの乱の建武けんむ二(一三三五)年、北条ほうじょう時行ときゆきの一派と、鎌倉を支配する足利あしかが直義ただよし配下の佐竹さたけ貞義さだよしが戦い、時行一派が勝利している。

 ふたつとも大きな戦いなのに、どちらも具体的な戦場所在地が伝わってない不思議があるのだ。

「どうしてでしょうね」市治は少し不満だ。

 それを他所に架橋は、聞き覚えのある人物に反応した。

「あれ、北条時行って、逃げ若だよねー?」

「はい」市治は答えた。

「へえ、ここで戦ったんだ!」

「いや、ここと決まったわけでは……」






ーーーーーーーー


 大鎧を纏い、北条時行になりきる架橋。妄想なので鎧の重さは気にしない。

「ようし、二年前にわが故郷を奪い、家族を殺した新田足利を蹴散らし、鎌倉を取り戻す。攻めるぞー!」

 集う武士たちは「おう!」と拳をあげてから、駆けて行った。

 

ーーーーーーーー





 架橋は創和に、タブレットで軽く後頭部を叩かれた。

「痛ーい。後ろから討つとは卑怯なりー」

 とふくれる。

 市治も呆れ、間違いを訂正させる。

「そもそもこの丘が、合戦の舞台になったかどうかも分からないうえ、北条時行ご自身はこの合戦に参加していません。仮に参陣したとしても、攻め手は川の向こう側です。ここは敵陣です」

「がーん」架橋は損した気持ちに襲われた。

 育美は架橋をフォローする。

「でも、ま、暑くなったし、炎天下で頭を使うのは少し辛いと思うわ」

 架橋は、言い訳の理由ができたと乗る。

「そ、そうよ。頭を冷やせばちゃんと妄想できるもんねー」

 と、汗を流す架橋に、三人の眼差しは冷ややかだ。

 創和は、それでもいいやと思い、

「じゃあ、頭を冷やしに行きますか。お腹もすいたし」

 と、昼食を提案した。

 架橋は秒速で「はい!」と賛成した。


 ここで架橋の母親から返信がきた。

「裕次郎を喜ぶのは年寄りだよ」

 昭和バブルに青春を送った両親世代に、彼の影響は薄い。


 昼食は鶴見駅を超え、旧東海道沿いにあるラーメン屋で汁なし坦々麺で舌鼓をうつ。

 店をでると、目の前に神社がある。


 鶴見神社という。


 鳥居前の石柱にある社名が、架橋の目に止まる。

「鶴見だから鶴見神社ね。駅の名前の由来かな? 行ってみようよ」

 と、微笑みながら神社へ小走りした。

 三人は架橋の後を追う。

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