第9話:駅前
夏は個々で
七月五日のアフターファイブ、いつもの喫茶店ポエム。
四人ともホットではなく、アイスで飲んでいる。
「第八回、ダーツの旅ならぬ、名城ルーレットの旅っ!」
「ルーレットって、吸血鬼アニメ一期のオマージュ?」
創和は否定した。
「いや、たんにダーツよりも数字が多いから。それだけよ」
市治は確かめた。
「旅先くらいしっかり考えようよ」
創和は答えた。
「いやいや、二百もあるんだぜ。何処のお城も売り文句に魅力があるんだぜ。考えてたらお盆休みがおわっちゃうよ」
育美は感心した。
「なるほど、行き当たりばったりって逆に楽しいかも」
「だろ。そこが旅の魅力よ!」
創和と育美はワクワクする。
架橋は急に、どんよりしていた。
育美が心配する。
「どうしたの? そらちゃんらしくない」
架橋は答えた。
「ボーナス、すくない……」
創和は笑った。
「新卒初だろ、仕方がない。冬まで待とう」
「それは分かってるんだけどねぇ……」
市治が慰めにならない慰めをした。
「貰えるだけ良いではありませんか。私は野良をやってる限り、一円も貰えませんよ」
架橋はすねる。
「ちーちゃん豪農じゃないですかー」
「表の野良よりも裏の不動産で稼いでいますから」
「え、じゃ、なんで畑やってるの?」
「歴代のご先祖様がやってきましたから。体に染みついているので、それが当たり前でしょう」
「おお、すご……」
架橋は、小さな市治に重厚感を感じた。それでもヘラヘラしているが。
創和は本題に戻る。
「さあ、私は来月、何処行くか、注目して。昨年の冬は"百"だったから、今回は"続"だよ!」
と、ルーレットを回した。
玉は25番に入った。
育美は「続だから、125番ね」と言い、創和はガイドを開いてそのページを開いた。
わくわくする。
しかし、四人みな、白けた。
小机城だからだ。
「歩いていけるじゃーん!」創和は嘆いた。
三人は笑った。
市治は慰めにならない慰めを言った。
「ボーナスを使わずに済むではありませんか」
「行き飽きとるわい!」
「あらそうですか? "続"になってからは、お城ファン人気の的ですよ」
創和はすねた。
「だったら一緒に行こうよー」
「お断りします」
「えー、なんでー? お城の近くにホテルトロピアンだってあるじゃんか」
「な、な、な、なんでお化けスポットばかり薦めようとするのですか……」
市治は震え、創和は笑った。
創和は再度本題に戻りる。
「拒否権は一度きり」
育美「次、拒否したらみんなに晩御飯おごってね」
創和「……、わかった。次こそは首都圏外!」と念を込め、回す。
玉は00に入った。
「これは?」架橋は問う。
創和は教える。
「0は137番から、00は173番から再開ってね」
育美「また出たら?」
創和「そこまで考えてない」
ということで、創和は期待を込めて再度回す。
「よっしゃ、西日本確定だぞ! 関東はないぞ!」
止まった場所は、7だった。
育美は「180番ね」といい、創和がページを開くと、
「やったー!
と、創和は浮かれた。
三人、羨ましがった。
とくに市治は、日本でたった四か所しか存在しない近世建築物のひとつが高知県にあることを知っている。
「ならば、高知城も寄れますね」
「もちろん! 宿は高知市にするかもね」
「あそこは御殿があるから、羨ましいです」
「舞岡さん、そういえば御殿萌えだったね」
「住みたいくらいです」
「着いて来てもいいんだよ」創和は促す。
市治は行きたくてウズウズするも、
「…………、やはり無理です。できれば向学とイラストの参考資料のため、お写真に納めてほしいのですが、お願いできますか?」
と、お願いする。
創和は快い。
「いいよ。何枚くらい必要?」
「そうですね。外観の瓦、屋根の曲がり方、塀の色、塀や柱の傷跡、床下の具合は勿論ですが、内装の全部屋、廊下、台所から浴室、お手洗い。床面、畳の汚れやすり減り具合、襖の形などなどです。兎も角、人の生活が見えるものを全てを動画込みです。見積もって写真は三百枚以上、動画は最低でも三十ほど撮って欲しいです」
市治の要求に創和は驚く。
「むりむり。多過ぎ。せめて、出来る限りで……」
「はい、ありがとうございます。メディアは後日、お渡しします」
市治はそれでも良かった。
創和はホッとすると、市治に脅しで仕返ししたくなった。
「心霊写真が撮れたら、どうする市治さん?」
「いや、聞いたことありませんから」
高知城でそのような噂は知らない。嘘では市治を茶化せなかった。
「で、寺ちゃんは予定ある?」
創和は育美に訊ねる。
育美は既に決めていた。
「私は源
創和がすぐに反応した。
「もしかして
「いや、
これに架橋は聞き違いをし、天然ボケをかましてくる。
「よ、ヨーロッパですか!」
育美は、わざとぼけながらツッコミをいれた。
「そうそう、義経は
架橋は笑う。
市治は違う視点で憧れる。
「義経と東北といえば
「いや、江戸時代の民家は興味ないなぁ」
「え、茅葺き屋根の下で住みたいと思いませんか?」市治がときめいた。
「いやぁ、面倒くさいと思うよ」育美は苦笑いで答えた。
「ならば、
「
育美はいうと、創和は違和感を覚えた。
「え、青森は義経というより、チンギス・ハーン伝説じゃん」
「いや、実は源義経じゃなくて、
「大河次郎?」創和は知らない。
架橋は市治に「知ってる?」と聞くと、市治も「いいえ」と返した。
育美はちょっとだけヤッターと思い、気分よく教えた。
「簡単にいえば、源頼朝の時代に起きた最後の反乱を巡りたいの。これが少し面白くてね。鎌倉では、源義経が実は生きていて、
三人とも感心した。
創和「なるほど、義経の正体が大河次郎ってことか」
育美「うん」
架橋「大河ドラマにでなかったね」
育美「御家人じゃないから仕方ないわ」
市治「影武者とは違いますし、他に同じ例があるか、探せば出るのでしょうが、ちょっと思い浮かびません」
育美「教科書が教えない歴史も教えない歴史、
育美も創和同様、この一人旅が楽しみで仕方がない。
創和は「
市治は「行きません」と答える。
架橋は心配した。
「お百姓さんって休みはないの?」
「いいえ。親戚が集まるのです。あと、父母と祖母も戻ってきます」
育美は感心する。
「おお、賑やかだね」
「はい」市治は穏やかに答えた。
次は架橋だ。
「私、お盆はおかーちゃんの実家に帰ります。それと、登山部の集まりで霊峰白山に登りまーす。私、通算五回目のベテランさんだよ」
架橋はピースサインをだして、自慢した。
しかし、創和はすねる。
「山って、歴史じゃないじゃん」
育美は創和をなだめた。
「まあまあ、人それぞれだよ」
市治はふと思い出す。
「白山なら、私は三度、登ったことがあります」
架橋は食いついた。
「本当?」
「高校の頃、すべて秋に」
「すごーい。三年連続ねー」
「初めての頃は、登るのが大変でした」
「だよねー」
「緑車庫から白山神社にお参りしてからは、ずーっと上り坂で、途中、休めるコンビニもなくて、同じ形の家ばかり建っているので道に迷い、一時間ほどもかけてしまいました」
「えっ?」
架橋が抱く白山と噛み合わない。
市治は構わず続けた。
「ですから翌年からはバスで登りました。山頂まで楽々走ってくれますので」
「え、え? 標高二千七百メートルだよ。バスは麓の
架橋の頭はハテナマークだらけで、おどおどした。
創和と育美は、ようやく理解できて笑った。
創和が「なんだ、白山高校か」と理解し、育美が「たしかにあれは登山かもしれないね」と、苦笑いした。
市治はここで種あかしをする。
「中学時代の友人の、文化祭のお呼ばれです」
架橋は苦笑いしながら「そんなの知らないよぅ」と、頬を膨らました。
架橋の困ったリアクションが可愛くて、三人は笑う。
とはいえ市治は、ここでちょっとしたトリビアを語る。
「あそこの白山神社、白山信仰と関わりがあるはずなのですが、祭神が異なるのですよね」
架橋は登山知識から、白山神社の祭神を知ってる。
「
「はい。
浅間信仰は富士山を崇める。
架橋は市治に問う。
「なんでそうなったの?」
「分かりません」としか市治は答えられなかった。
これはいくら調べても、伝える文献も伝説も残ってない。
育美は市治を疑った。
「市治さん、もしかして、ワザと言った?」
市治は微かにニヤリとし、
「はい」
と答えた。架橋をイジるためだった。架橋とのコミュニケーションはそのくらいが丁度いい。とはいえ友人のために訪れたことは本当である。
架橋は「もう、脳内バグったよ」と笑う。
市治は「申し訳ございません」と、微笑んで謝った。
架橋はふと、思いつく。
「横浜市と石川県が繋がる歴史って、あるかな?」
あったら奇遇感があって嬉しいし、なければなくても当然なのだろう。また茶化される覚悟はあった。
これは三人揃えて、答える。
創和と育美は「あるよ」。市治は「あります」。
架橋は嬉しくなる。
「本当? あ、まさかこれもアレですか? 教科書が教えない歴史すら教えない歴史ってやつ?」
これは育美が答えた。
「いいえ、かなり有名だと思うわ」
架橋の脳内はハテナでいっぱいだ。
「え、知らないけど、なんなの!」
創和は知ってる。だから、誘う。
「じゃあ、土曜日に行こうか」
「おう!」架橋と育美は元気がいい。
市治は「おー」と、マイペースに応じた。
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