グルメと温泉
羽沢町。春キャベツの収穫に多忙な
畑もほとんどが、土色になっている。
畑の外で休息中、市治は一服しながら着信を確認。
架橋のメールを見て、クールな表情がほころびる。
三穂が「どうかしました?」と訊ねると、市治は見せた。
三穂も嬉しくなる。
「あら、購読者の聖地巡礼ですね。買った人全員がやってる。作者冥利に尽きるんじゃないですか?」
市治は苦笑い。
「六名ですよ」
「いいじゃないですか。六人でも六万人でも同じですよ」
「これでそらさん、ゆるい妄想はしなくなったと思います」
市治の絵とて、厳密には間違ってるところはいくつかあるだろう。だが、当時の生活から建築、器材まで色々と調べぬいた上で描いている。新発見や新説がでない限り間違いはないと信じてる。だから架橋の、素人のいい加減な妄想部分は、あの絵を見れば、ほぼ正しい方向に導いてくれるはずだ。
そう思ったら、タバコが美味い。
三穂は疑う。
「あらそうでしょうか? あの本、練り上げられた史料と取材の合間に、旦那様の願望がありますよね。茅ヶ崎城の主とか」
図星ではあるが、真正直なだけではつまらないから、遊び心も加えたかっただけだ。
市治は、とぼけた。
「描いても、書いてません」
それらしい絵はあるが、それが誰なのか文字にしていないということだ。
ここで
市治は携帯灰皿に、タバコを処分する。
市治と三穂は感謝して、食べた。
五和も一緒に食す。
市治は五和に聞く。
「進路、決めましたか?」
「一応、大学かな」
「一応ですか? ここでしっかり決めておかないと、お金持ちのお婿さんと出会えませんよ」
「それはそうだけどさぁ……」
「それで、どこですか?」
「まだわからない」
「ならば、私の後輩になりなさい」
「えー、赤門なんて無理無理っ」
「
「それ、自虐のうえに日本中の現役とOBと、そこに行きたい受験生に叱られますよ」
五和と三穂は笑った。
架橋は昼食探しに、先ほどの大通りに出た。出る前にいくつか外食店舗を見つけたが、どれも金沢で見慣れたチェーン店だったので、入る気を抑えた。
大通りから少し西に歩いた場所に、いかにも個人経営らしいラーメン屋をみつけた。架橋は中を覗いたら、結構客が入っていた。
ーー美味しいんだろうねー。
と思い、中に入った。
架橋は普通のラーメンを頼み、十分後に提供された。
ちぢれた太麺に黄金色のスープ。チャーシュー二枚に海苔五枚とほうれん草がトッピング。これを写真に収めたあとに食べたら、驚くほど美味しい!
とくに豚骨醤油のスープは、初めて味わう濃厚さなのに喉越しが良い。架橋は夢中で食べた。
「おいしすぎるよ、これ!」と思わず口に出た。
店員さんに聞こえたのか、「ありがとうございます」と感謝された。
架橋は写真を拡散した。
真っ先に返信したのは、
「家系ラーメンだね」と教えてくれた。
「ほう、かけいラーメンっていうのか!」
架橋は新たな知識を得て、満足感が膨らんだ。
その後は金沢と津幡の旧友が、あいも変わらず「食いしん坊」などと茶化してくる。
「そらちゃん、いえけいデビューだね」と書かれてる。
「いえけい?」
育美の気遣いだ。初心者は必ず読み間違えるだろうと予想し、親切に、あえて平仮名にしてくれた。
育美からの受信、付け加えがきた。
「家系ラーメンとは横浜で生まれた豚骨醤油味の激ウマラーメン。熱烈なファンも多いし、行きつけの店を持つ横浜市民も多いよ」
創和が「ウチの家族は
育美は「うちは家族ぐるみで
「平子って、ランキングベストテンの常連じゃん」
「ONODERAって
「で、これからどうするの?」
「近くに環状家があるから」
「ああ、なら問題ないか」
育美と創和はリスペクトしあう。
架橋にとって知らない店名が羅列されても、架橋は家族行きつけの名店、津幡町のチャレンジャーカレーを思い出し、ほっこりする。
「そっかそっか。横浜の家系ラーメンって石川の金沢カレーみたいなものねー」
そう判断した。
創和が「そういえば去年、ドリーマさんが映画の宣伝で来日中に、突如、家系の総本山に現れたって話題になったなぁ」と言う。
育美は「あの人、家系大好きって公言してるもんね」と思い出す。
架橋は「総本山? 洋食ハタナカみたいなのかね?」と聞いてみる。
創和は検索で調べたのだろう。答えた。
「うん、そんなものかな。でも家系ラーメンは金沢カレーと違って、総本山の師匠と暖簾分けした弟子が大喧嘩しながら発展したからねぇ(笑)」
ここが、他の外食の歴史との大きな違いだろう。
架橋は「おお、戦国乱世……」と苦笑いした。
細かい話は自分でグクれ、である。
そんなやりとりもひと段落し、架橋は日差しの心地よさに任せてフラフラ歩いてると、新開橋交差点でスーパー銭湯を発見した。
ーー入りたい!
けど、悩む。先月末の半額給金だけなら酷な選択だが、大学時代のバイトで貯めた金ならそれなりにある。この貯金はいずれ手を出すだろうが、可能な限り減らしたくない。でも、架橋の全身が、スパ銭に入りたがってムズムズしてきた。
スマホで検索したら、なんと、港北湯本温泉と銘打ってる。
重ねて書く。
湯本である!
湯本。
温泉好きにとっての殺し文句。
ミナト横浜に温泉地。そんなイメージはない。
財布の中には漱石さんが三枚と、小銭が十枚弱。
架橋は悩むのをやめ、千九十円払って入浴した。
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