瀬沢古戦場②

 国道二〇号線、釜無かなまし川方面に降るヘアピンカーブの途中に関連の石碑がある。市治ちはるは、支流の立場たちば川と並行する脇道に車を止めてから、みんなで石碑へ向かった。

 架橋かけはしは「第一石碑発見!」と感動する。

 ここで四人は密着して記念写真。

「ちゃんと瀬沢せざわ合戦って彫られてるよ」創和はじめも、やっとそれらしいものと出会えた喜びを示す。

 市治は「字体に迫力ありますね」と触りながら確かめた。

 育美いくみは質問する。

「横に陸軍中将カワニシホニャララってあるけど、誰?」

 創和は憶測で言う?

「石碑の字を書いた人でしょ」

 育美は納得してない。

「それはそうだけど、そもそも何者?」

 市治は知らない。

 創和がダメ元で検索をかけたら、意外とヒットした。

河西かさい惟一これいち、これじゃね?」

 長野県の生まれで、一九二四年に中将を務めたとあるから、この人だろう。間違ってたらゴメンネ、だが……。

 架橋の注目は、初心者のセオリーに沿っていた。

「それより説明板よ。ちゃんとした説明があるねー」

 四人は案内板を眺める。

 創和は架橋に指示する。

「ならばキノシタ二等兵、読みたまえ」

 架橋はゆる〜く敬礼した。

「はっ、中将どのっ! ……とは、……によればおよそ……のような……のことである」

「漢字を読まんかーい!」

「ひぇ〜」

 創和と架橋は即興漫才ができて喜ぶ。市治は呆れ、育美はクスクス笑った。

 石碑は満足できた。次だ。

 架橋はふと、発見する。

「地下道あるよ。面白そう!」

 田舎の国道とはいえ交通量は多く、トラックが目立つ。信号もないので、安全のためのだろう。

 架橋は真っ先に階段を降り、笑いながら、

「くらーい、せまーい、こわーい」

 と、声を弾ませた。

 創和と育美も、喜んで架橋を追いかけた。

 市治は困る。入口まで来て覗く。清掃した気配がなく、蜘蛛の巣もあったので、身の毛がよだつ。

 架橋は誘う。

「市治ちゃんも来なよー」

 市治は断る。

「い、いや、車を置いて行けませんから……」

「じゃあ、つぎは何処なの?」

西照さいしょう寺ですが……」

「先に行ってるねー!」

 三人の笑い声が響く。

 市治は呆れ、国道の向こう側を眺めると、地下道を出た三人が手を振っていた。

 市治は、"お寺さんの場所知ってるのですか?"と訊ねたかったが、創和がタブレット持ってるから大丈夫だと信じ、車を取りに来た道を戻る。


 




 西照寺は、石碑から歩いても十分かからない。

 先に着いたのは車で遠回りした市治だった。無人の諏訪社に隣接した小さな寺だが、倉庫と勘違いしそうだ。

 三人は更に十分も後に現れた。

「道に迷った……」創和は表情を渋らせる。

「市治さんの車が目印になったよ」育美は苦笑い。

「なにをどうやったら迷うのです?」市治は呆れる。

 田舎の細道とはいえ複雑ではない。瀬沢の集落を西に外れたら簡単に着くのに。

 架橋はそれでもニコニコしてたが、市治に問う。

「ねーねー、ここには何があるの?」

 これは育美が突っ込んだ。

「さっきの案内板にあったよ。三回忌の石塔があるって」

「そっか。で、どれ?」

 見渡すと、正面にある細長い尾根の斜面に沢山の石塔が無造作にあった。

 これは探すしかない。

 ここで創和が、意外なものを発見した。

「わ、切り通しがあるじゃん。すげー!」

 架橋が創和の元に走った。

「わ、本当だ。すごいねー。手で掘ったのかな?」

 と感心し、切り通しに入ろうとすると、育美が「あったあった!」と、石碑を見つけた。

 市治の身長ほどある大きな石碑で、案内板のとおり"于時天文十三甲辰年三月一日 旦那九人 敬白"とあった。

 ということで密着記念写真。

 そして、切り通し。

 いつ作られたかは分からないが、通り抜けると目の前に登矢ヶ峰の山がそびえていた。

 創和は興奮する。

「これが城跡か!」

 育美が訂正を促す。

「いや、砦でしょ」

「私の中では砦も城のうち。縄張りどうなってるんだろ? 楽しみだわ。そんなに高い山でもなさそうだし、登ろうか?」

 市治はこの山に疑念を抱く。

「この山、もしかして、私有地っぽくありませんか? あくまでも見た目の雰囲気のみで疑ってますけど」

「え?」創和はビクッとし、検索してみた。

 登矢ヶ峰城跡、ほとんどヒットしない。画像を見つけて開いても遠景ばかりだ。

 創和はつぶやく。

「ベテラン山城マニアの手作り縄張り図もない以前に登山情報すらない、か。私有地であれ公有地であれ、城経験ある山として注目されなさすぎだな」

「陣を構えるには良い山だと思います。丸山公園方面がよく見えますし、釜無川から甲斐国方面の眺めも良さそうな気がします」

「そうだな。景色が良くないと城にはなれないし」

「とはいえ、素性がわからない山には触らない方が無難でしょう。なにより私たち、山登りの準備がありませんから」

 ここで架橋がでてくる。

「この架橋さんが白山登山のキャリアを活かして、皆様を案内いたしましょう!」

 と自信満々に言って拳を作る。

 三人は「え?」と耳を疑った。

 架橋は登山口を探しに歩く。

「これは(手前を流れる小川の)川下にありそうねー」

 と、ウキウキしたら、やたら静かだった。

 架橋が後ろを振り向くと、三人はあの場から全く動いてない。

 創和の大声が聞こえる。

旅順りょじゅんの戦地へ赴く空架橋君の武運を願って」

 ここで創和と育美が声を揃えて、

「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」

 と三唱し、両手をあげて見送っていた。

 まるで戦争映画のワンシーンだけど、創和と育美はふざけてる。市治は無表情で、お別れの手を振っていた。

 架橋は見放された。

 すごく淋しい。

「あー、やだよー!」

 とわめき、走って戻った。

 架橋は三人の前に着くと、育美に優しく注意される。

「というか、無装備で登らないほうがいいよ」

「ごめんなさ〜い……」

 架橋は、楽しいと感じたものには夢中になる傾向が強い。

 創和は城跡を目の前にして、少し未練だった。

「登って遺構発見して自慢したかったな……」

 と、この峰を写真に収めた。

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