いくさの後
アリーナ通りのシンヨコキッチン。混んではいたが、座席は取れた。ここはブランド鷄で名高い
ちょい呑み感覚である。
「う〜ん、昼間からお酒とは大人だねー」
「今はおやつの時間だよ」
「じゃあ、おやつ呑み!」
市治は目を座らせて黙る。
ーーただの間食でいいと思いますけど……。
酒と料理がきた。先ずはみんなで祝杯する。
「おつかれさまでしたー! うぇ〜い」
創作焼き鳥はじつに美味い。信玄鷄は臭みが全くなく、噛みごたえが柔らかくもなく硬くもなく、絶妙である。野菜との相性もよく、塩加減も絶妙だ。
架橋は相変わらず、美味には正直である。
「
言うたびにみんな笑う。
創和は架橋に質問してみた。
「武田信玄知ってるのか?」
架橋は自信たっぷりに答えた。
「知ってるわよ。きなこもちとか、温泉とか、味噌ラーメンでしょ」
創和と育美は「その通り!」と爆笑した。
市治は微笑むも、
ーーさっき、戦国武将と言いましたのに……。
と、ため息を吐いた。
そこで創和は、市治を近づけて耳打ちした。
「あの子はゼッタイ、沼に落とすよ」
市治は、頷いて同意した。
市治は創和に、
「どうするのですか?」
と訊ねると、創和は、
「部活……、いや、同好会を作ろう。今、すぐに」
と言い出した。
市治は「えっ!」と驚いた。
育美は事前に相談されたことなので、創和は市治に言ったな、と察知した。
架橋は注目する。
「どうしたの?」
育美と市治は創和に目線をやる。
創和は、一度咳払いして気持ちを整えてから、話した。
「実はそらちゃん、私ら、歴史の同好会作ったの。違う仕事で同じ趣味、会う場所作らなきゃ絶対に損だよ。だかろ、そらちゃんも入ろう!」
育美と市治は、ど素人の架橋に注目した。
考え、悩み、後日断り、連絡は途絶える。
だいだいこのパターンだ。
歴史趣味なんてジジ臭い、と、未だに冷やかされるのが現実だ。三人とも人生、何度言われたことか? 若い女性なら、港エリアのキラキラしたところでオシャレしたほうが楽しいに決まってる。
オシャレはともかく、港エリアに疎いこの三人は、息を呑んだ。
架橋は「はい、いいですよ」と、簡単に頷いた。
三人は驚き、そして、両手を上げて喜んだ。
架橋もつられて手を上げた。
育美は確認する。
「歴史だよ。いいの?」
架橋は問題ない。
「私、人さまに趣味合わせられますから」
創和は「便利な子だねぇ」と感嘆した。
架橋は言う。
「私、お友達に誘われて、小学校はミニバス、中学校はダンス、高校は登山、大学はバンドでドラム叩いてました」
「美大で音楽かい!」創和は笑った。
「みんなとワチャワチャするのが大好きだからねー!」架橋の信条である。
ともあれ、こうして同好会は結成された。
これはむしろ、クールな市治のほうが、
ーーあれ、私、乗せられてる?
と思った。わちゃわちゃは嫌いじゃないけど、不慣れだ。歴史は、一人で静かに浸る主義だった。
創和は調子に乗って冗談をかます。
「よし、部長はそらちゃんに決まり!」
しかし育美と架橋は、
「
「は、はい……」創和は苦笑いして、受け入れた。
ま、言い出しっぺだからリーダーやっても構わないと、初めから決めていた。
創和は音頭を取る。
「じゃあ、同好会結成かんぱーい!」
四人は再度祝杯をあげた。市治だけ烏龍茶だ。
創和は市治の、酒類の選択も褒めた。
「道灌の諱が資長だもんね。信玄と道灌、なんか似たかんじの武将じゃん」
「優れた戦略家のイメージが強いですね」
「スッキリして甘味があるのに、どこかクラシックな味。この酒、好きだなー」
「武将名のお酒、色々ありますね」
「そうそう。全部呑み干したいなー」
「好きなんですね」
創和は頷きながら市治にピースサインをむけた。
市治は微笑んだ。
市治はこれまでを確かめる。
ーー私のほうこそ充実させてもらいました。みんな歴史を素直に楽しんで、心地よかったです。
と、ほっこりした。
ここで創和が、ほろ酔いしながら発案する。
「うにょ〜し。こうなったら結成記念で、みんなで何処かに行こうぜ!」
育美が最初に乗った。
「いついく? どこいく?」
架橋が続く。
「やっぱゴールデンウィークですねー」
市治は少し冷静。
「できれば四月中が良いです。来月は頭から収穫の準備をしたいので」
創和は頷く。
「なるほど分かった。ならば二十九日だ! 土曜日たがら、日帰りでも一泊でもいいぞ」
架橋は「一泊」を選ぶが、育美が「その時期って、宿とれないんじゃないの?」と懸念した。
市治は遠回しに日帰りを薦める。
「たしかに今からの予約は難しいでしょう。取れても繁盛期ですから、ホテルによっては割高になってると思います」
「あ、そっか……」架橋は納得した。
架橋は、二十五日が社会人初給料日だ。貯金もしなければならない。だからこそ出費がかさむことには抵抗がある。
創和は即決する。
「よし、ならば日帰りね。で、どこ行く?」
この質問で、育美も架橋も創和も考え、悩む。
そこで市治は提案してみる。
「横浜市内にもお勧めしたい所はいくつかありますよ。どれも教科書が教えない日本史……」
創和は喜ぶ。
「教科書が教えないって、いいキャッチフレーズじゃん!」
と合いの手をうつも、市治の発想はその上をいった。
「……と銘打つものでさえ教えてくれない歴史めぐりです」
架橋は「凄い凄い面白そう!」と、興奮して手を叩く。
むしろ創和と育美の方が、こわばった。
育美「底なし沼だ……」
創和「本にないこと知ってるからな、この子……」
育美は市治に質問する。
「で、横浜のどこなの? ウチの近所は勘弁ね。あ、ウチは
創和も「私は
架橋は「篠原町ねー」
と教えた。
市治は聞いたが、参考にしない。
焼き鳥を眺めながら、候補を一つに絞った。
「分かりました。どこにするかは当日のお楽しみということにして下さい」
「え?」三人は声を揃えた。
市治は理由を語る。
「すこし下調べをしたいので、集合時間と待ち合わせ場所は追って連絡します」
創和は認めた。
「よし分かった。ここは郷土史家の舞岡市治大先生様にお任せしよう」
「おう!」育美と架橋は声を上げた。
市治は一瞬だけ、目が座る。
「いや、偽物ですから……」
先生と言うなと突っ込みたかったが、やめた。その場の酔いとノリで言ってるだけだと分かってるから、流せばいい。
架橋も酔っ払いながら市治に腕組み、密着し、上目遣いで言う。
「私をエスコートしてねー」
市治は再度、ジト目になり、
「嫁は要りません」とフッた。
架橋は口を尖らせ、残念がる。
「市治ちゃん、ずるーい。てか、まだ呑んでも食べてもいないよねー」
「いや、酒も肴も貴女に全部あげましたよ」
「じゃあ、これ呑めー」
と、架橋は自分のコップを市治に渡した。
架橋をよく見たら、酔いで顔が赤い。
「だ、ダメダメダメ……」市治は断る。
「なによー、ヨメのお酒が呑めないの?」架橋は睨む。
「そ、そういう意味ではありません」
創和も酔いに任せて、頭に乗った。
「そうだ、呑みなさい。結成記念日に呑まずしてどうするのよ!」
育美は「のめー、のめー」と笑ってる。
「で、てすからそういうことではなくて……」
と、結局、市治は一杯呑まされた。
夕刻、舞岡邸。
出迎える綿打三穂と五和の親子。
レパードと、もう一台が到着した。
代行サービスだった。
代行料金は既に、酔っ払いの三人が「ごめんね」と笑いながら払ってくれていた。
三穂はそんな市治に、クスクスと笑う。
「やっぱり、お友達が出来ていいですねぇ!」
市治はため息ののち、「はい」と苦笑いした。
市治は、代行に深く礼をする。
代行運転者のおじさんはかなり上機嫌で、普段はかけないサングラスをつけて、ダンディっぽく一礼で返す。なにせあの希少価値が高い金色のレパードを運転できて満足したからだ。
そのため、新車の受け取りは明日に回される。
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