小机城の戦い③

 市治ちはるは車を新横浜駅ビルの地下駐車場に停め、北口の、お土産屋の前に立つ。アリーナもスタジアムも昼の部が終わり、帰る客でごったがえしていた。足の踏み場もないほどだ。予測では両者あわせて約六万人。その多くが横浜線の広い北口改札口から入りたがってる。自動改札機が十二台もあっても捌けないので、駅員が入場制限をかけていた。

 架橋かけはしは仰天した。

「凄すぎる。こんなん初めて見たよー!」

 創和はじめは側から見て面白がる。

「まるで城攻めだ。全軍で大手門を攻めてる的な」

 育美いくみは、「女の子が目立つけどね」と笑った。

 架橋は"?"を感じ、市治に問う。

「集合場所に戻っちゃったけど、ゆかりの地ってどこなの?」

 市治はひとさし指を下に差し、答えた。

「ここです」

 創和と育美は、「えっ?」と信じられない。

 市治は、大事なことなので、重ねて言う。

「ここです。ここが小机城合戦最大の激戦地といわれる、勝負田しょうぶたです」

「えーっ!」三人は仰天した。

 新横浜駅が古戦場だったなんて、小机城の戦いの情報を探しても、どこにもないからだ。

 ここの現住所は港北区新横浜二丁目だが、昔は篠原町 あざ勝負田といっていた。





 

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 四人の視界から合戦当時の新横浜が現れた。

 時は文明ぶんめい十(一四八八)年四月十日、早朝。

 桜満開の季節……。


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 と、ここで市治は訂正を促す。

「桜は消して下さい。新暦に直したら五月下旬になりますから」

 と、舞台背景を想像し直させる。

 




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 篠原の丘には、ツツジの花が見納めをはじめている。

 鶴見つるみ川と鳥山とりやま川が新横浜で合流したのは戦後の河川開発によるものだが、それ以前は新横浜から更に北の、綱島に近い太尾ふとお北端である。ゆえにこの時代、両河川はここで仲良く東から北へ曲がっている。

 正面は河原と葦原と水田地帯で、人家は背後にある篠原城周辺の谷にあった。

 ここには矢野軍が陣を張っている。

 大将、矢野兵庫は川を渡る太田道灌の大軍勢を食い止めるため、小机城を出て指揮している。

「防ぐのじゃー。防ぐのじゃー」

 足軽姿の架橋、大将の声に驚く。

「って、うちの大将、創和はじめさんじゃないですかー」

 矢野兵庫扮する創和は、架橋を叱る。

「ワシは矢野兵庫じゃ。間違えるでない。ていうか小娘っ、ボヤボヤしとらんと、早くアレに登って戦況を確かめんかい!」

 陣幕の後ろに物見櫓がある。

「えーっ、また登るの……」

 架橋は仕方なく引き受けた。

 櫓の上から架橋は戦況を確かめる。敵の太田道灌軍はこの二つの河川を渡るだけでも苦労してる。攻め込む足並みが遅い。だから矢野軍は弓矢や投石で狙い撃ちしていた。

 架橋は大声で下に教える。

「味方、ちゃんと防いでますよー。はじめさーん!」

 下にいる矢野兵庫は注意した。

「だから私は矢野兵庫だ!」

 架橋はテヘペロした。

 兵庫は、道灌の作戦が読めない。

ーーというか道灌め、血迷ったのか? 小机城の守りが薄い背後から攻めたい気持ちは分かる。しかしここの渡河こそが一番の難所だぞ。二本の川が見えないのか? 勝負を賭けたつもりだろうが、わざわざ負けに来るとは愚かなり!

 と、勝利を確信する。

 見張り台の架橋は、戦況を眺めながら思う。

ーーあれ、そういえば寺さんと市治ちゃんは何処にいるのだろう?

 と、全方向を見回して探した。

 それにしても味方はよく防いでいる。

 ところが背後の丘、篠原城を守る金子かねこ出雲いずも守が城を出ててきた。

 金子は味方だ。矢野は動けと命令してない。

 金子衆はいきなり、矢野勢の背後を襲い出した。

 これは、寝返りだ!

 矢野兵庫は焦った。

「金子め、道灌めの口車に目が眩んだな。畜生、道灌め、だから篠原城に近いここを渡河したのか!」

 架橋はビビった。

「な、な、なんで? 味方なのに……」

 金子勢を確かめると、馬上で指揮する城主金子出雲守の親子は、綿打わたうち三穂みほ五和さわだった。

 リア充とは裏腹に、恨み晴らすかの表情だ。

 三穂は叫ぶ。

「リストラの仇ーっ!」

 五和も叫ぶ。

「貧乏はもうイヤ!」

 矢野勢は前方の太田勢と後方の金子衆に挟まれた。このせいで太田勢の先発隊に上陸を許し、敵の後続に次々と上陸される。

 味方は混乱した。矢野兵庫はさっさと小机城へ逃げ、味方は四散する。

 架橋の物見台はまた敵に火矢を放たれ、倒され、架橋は転げ落ちた。

 だが、ここで目が覚めない。

「えーん、またこの展開やだよー!」

 泣き喚く架橋の眼前に、三つの槍先が向けられる。

 架橋は恐怖し、両手を上げた。

 にやける足軽は出戸姉妹と金髪美女ドリーマ。

「これで出世まちがいなし!」と喜んでる。

 その後ろから立派な甲冑をまとった太田軍副将の市治が、サツキツツジを髪飾りにし、彼女らの上役として現れた。

 架橋は「市治ちゃん助けてよー」とわめいた。

「口を慎みなさい」市治は冷たい。

「なんで? 私、どうなるの?」

「人買いに売り飛ばしてサヨウナラです」

「やだよー。市治ちゃんの側にいたい!」

「なぜです?」

「お友達じゃないですか!」

「……ならば御大将にお願いしましょうか」

「ありがと、ちーちゃん。さすが令和一の淑女ねー!」

 架橋は市治に感謝し、希望を抱いた。

 ここで総大将太田道灌が現れた。こちらはレンゲツツジを髪飾りにしている。道灌は育美だった。

 市治は道灌に、架橋の釈放を求めた。

 道灌は渡河作戦成功に、興奮するほどご満悦である。捕虜に面会するなど言語道断だが、話だけは聞いてやろうと架橋の前に立つ。

 架橋は懇願した。

「寺さんたすけてよー」

 と涙目でお願いするも、道灌は条件をつける。

「助かりたければ、私が作ったこの問題集を全問正解しなさい」

 架橋は泣きわめく。

「わー、受験問題だいきらい!」

 道灌はため息を吐いた。

「向上心なき者など助ける気なし。これ、私の指導方針だよ」

 と、架橋を見捨て、集まる家来たちを労った。

「難しい渡河作戦を見事に成し遂げた皆さんの勝ちたい情熱に、私は感動した。これから事前に話した作戦通り、神大寺の丘を取り、小机城と神奈川湊の連絡を遮断する。そして明日、城を攻め落とすよ!」

「おう!」家臣たちは勝ったも同然と喜ぶ。

 ただ、市治は小声で呟いてる。

「神大寺は後北条ごほうじょう由来の地名なんですけど、ま、ツッコミは面倒なのでそれでも構いませんか……」

 道灌は鼻高々になった。

「小机城なんて、鶴見川さえ渡ればちょろいわ。まあ、あれだね。小机の まずは手習の はじめにて いろはにほへと ちりじりにな〜る……」


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「まだ早ーい!」

 創和が育美に突っ込む。

 育美はテヘペロした。

 その句が生まれるのはこの翌日であり、詠んだ場所も間違っている。

 しかし、架橋だけが不機嫌に頬を膨らませた。

「みんないい役とってずるいねー。私だけまた下っ端で、また負けいくさなんだよ」

 市治が訊ねる。

「なにかありましたか?」

 架橋は答える。

「また櫓から落ちた。みんなに見放された……」

 市治だけが、それなりの理解を示してくれた。

「そうですか。お可哀想に」

 架橋はすねた。

「市治ちゃんに捕まったんだよ。他人事みたいに言わないの」

 市治にそんな覚えはないが、架橋が妄想の中でどうなっていたのかは察知できたので、慰める。

「この勝負田、古戦場由来と言いましたが、じつはあと八つほど説がありまして……」

「なにーっ!」創和と育美は驚いた。

 育美は創和に聞く。

「これってウイスキーに例えると何?」

 創和は嘆く。

「水だよ、水っ!」

 市治は訂正した。

「冗談です。本当はあと二つです。菖蒲のお花説と博打の掛金代わりに田んぼを使った説です。ただ、当て字や訛りの転化によって八つまで可能性が広がるということです」

 創和と育美は顔がひきつった。

「何食わぬ顔でシャレはやめて。本気で信じちゃうから……」

 そんなやりとりに、架橋は微笑んでいた。

 育美は思い出す。

「あ、そういえば勝負田の戦い、市治さんのイラストにはなかったわ……」

 市治は頷き、理由を語った。

「ええ。鳥山とりやまの祖母に献本したとき、祖母に指摘されました。あのときほどショックでになった思いをしたことはありません……」

 と、肩を落とした。

 育美は同情した。

「描いたときは知らなかったんだ」

 創和も苦労を察した。

「せっかく一生懸命描いたのに、可哀想……」

 架橋は励ます。

「でも、描き直せば絵の中央に大いくさがあるわけだし。それって教科書にもあるナントカの戦いの絵みたいに強いインパクトが出来ると思うねー」

 市治は「ナントカとは?」と問う。

「ほら、あれだよ、あれ。えっとー、鉄砲が……」

 話の途中だが、これだけで三人は「長篠ながしの合戦」と理解する。

 市治は決めた。

「太田道灌勝利を決定づけたのは、勝負田の戦いの可能性が大きいわけですから、イラストの中心に描く価値はあります。元絵もデジタルの方に移してますので、レイヤーを加算すればよいだけです。一から描き直す必要はありません」

 三人は喜んだ。

 とはいえ市治は、合戦説が一番の有力だと思っている。架橋には慰めの言葉も加えた。

「そらさん、前回も今回も地元勢の参加ですね。北条早雲も太田道灌も余所者ですから。それだけ貴女は私たちの歴史から愛されてると思います。誇らしいです」

 架橋は市治からなだめられた。そして「そらさん」と親しみを込めて言われた。それだけで慢心の笑みが戻った。

「え、やっぱりそう?」

 市治は、具体的な形で示そうと言う。

「はい。ならば地元いくさ人たちの代弁として、私が皆様に良いものをおごります。近くに戦国武将の名がついた食材を扱う料理店がありますから、どうですか?」

「本当? 行こう行こう!」

 架橋は急に上機嫌となった。創和も育美も喜び、三人そろってハイタッチした。


 

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