第4話:結成

小机城の戦い②

 レパード車内、市治ちはるはエンジンをかけながら三人に訊ねる。

「どこ、巡りましたか?」

 後部席の創和はじめが答えた。

「亀之甲山と、小机城は訳あって飛ばして、十三塚と硯松」

 市治は、神大寺方面にハンドルを回す。

 小机方面を集中して廻ったのなら、市治は問う。

「矢の根は行しましたか?」

「えっ?」創和は頭がハテナになる。

「亀之甲山と小机城の丁度中間のあざで、バス停もあります。川を挟んで両軍が矢合わせしたといわれている場所です」

「って、バトルフィールドじゃん!」

「同じ言い伝えなら、矢中やなかという字もあります。最近、きのしたフーズが工場を建てた辺りです」

 これには、助手席の架橋が飛びついた。

「うそまじ! 私、そこで働いてるんだよ!」

 市治ら感心した。

「そうなんですか。そういえば社長と同じ苗字だと思いましたが、もしかして"空"のほうですか?」

「そうそう。親戚なの」

「きのしたさん、岸根きしねで小さな工場を立ち上げたときから、ウチのキャベツを使ってくれてます。コンビニ弁当をやると伺ったときは契約が切れると心配しましたが、路上販売が原点だから辞めないと言われて、とても安心しました」

 架橋は大はしゃぎし、後ろを向いて創和と育美に言う。

「私、市治ちゃんが作ったキャベツをお弁当に添えて売ってるんだよ!」

 創和もそんな細やかな偶然は嬉しい。

「じゃあ、私はそれをすき好んで食べてるってことね」

 育美は市治の本を確かめながら頷いた。

 そして育美は言った。

「あ、絵にもあるわ。矢ノ根と矢中で矢が飛んでるとこ」

 創和は「ほんとだ」と確認する。

 市治は、ならばと言った。

「左端の住吉すみよし神社で参拝してる人がいますよね。それが矢野兵庫です」

「ホントだ、いた!」創和と育美は口をそろえた。

「そこは矢野兵庫がよく参拝していたという言い伝えがあります。で、隣の松に愛馬を止めてますが、そこは今でも"駒止め松"という伝承があります」

「マジっすか!」

 創和はガイド本やネット検索で見つからない情報に驚く。

 隣に座る育美も同じだ。

 架橋は質問する。

「そういえば矢野兵庫って何者なの? 太田道灌は超有名人みたいだけど……」

 初歩とはいえ、いい質問だ。市治は、

「小机城の主といわれ、この戦いの前年にも河越かわごえの向こうで太田軍と戦って負けて負傷してます。この人がそもそも神奈川湊を支配していたらしく、奪われたくないので小机城で太田軍を封鎖したのではないかという説があります。というのも、北条ほうじょう為昌ためまさの家臣に、矢野 右馬介うまのすけがいるのですが、これが矢野兵庫の息子か孫ではないかと言われてます」

 育美は関心した。

「へえ、この戦いで矢野一族、滅亡してないのね」

 架橋にとってまた知らない人名がでたので、

「タメマサってお漬物みたいな人って、何者?」

 と質問したが、市治は、

「あ、着きました」と、ハンドルを左に回して小道に入る。

 育美は架橋に言う。

「この戦いでは枠外の武将だから、後で教えてあげる」

 創和も語る。

「このいくさで小机城を、あえて避けた理由だよ」

 育美が悟ってくれたのが、嬉しかった。


 南北に細長い丘の上に、所狭しと乱立する住宅街。すぐ西に南神大寺団地が見える。

 市治は車を、駐車可能な道路脇に止めた。

 市治はセカンドPCを片手に、古い写真や鳥瞰図や地図をだしながら説明した。

「今は森も水源もありませんが、この辺りに道灌森と伝わる場所でありました。兵たちに湧水を飲ませたといわれてます。この近くに九養塚があったと思われます。その塚は大正時代に失われたと言われ、具体的な場所は分かってません」

 創和は納得する。

「昨日、事前に調べた時、九養塚は何処なのか調べても分かんなかったけど、そんな昔から不明だったのか……」

 ここで架橋は手を上げ、疑問を言った。

「市治ちゃん、私たち、さっき十三塚を見てきたけど、ここにも塚があったってことは、ここでも足軽さん眠ってるの?」

 市治はうなずき、答える。

「あくまでも伝承レベルですが、九養塚はおっしゃる通りです。しかし十三塚のほうは説が二つあります」

「え、マジ?」創和は驚く。

 市治は解説した。

「ひとつは皆様が思ってる通りです。もう一つは合戦より前の室町時代、全国で流行った十三仏信仰の影響で作られた塚ではないかというものです。今は後者説有力ですね」

「ありま、関係ないって」架橋は目が点になった。

 創和はすこし残念だ。

「ま、どっちも室町時代が由来だし、トワイスアップは好きだけどね……」

 と、ウイスキーに喩えた。

 育美はイフを考えると、身震いする。

「両方とも本当だったら、じつは川中島かわなかじま長篠ながしの並みに戦死者が多かったのではないのかな?」

 創和も想像した。

「うーん、それは確かに恐ろしい……」

 育美は残念に思う。

「そんな激しい戦いがマイナーだなんて、モヤモヤするわ」

 創和は同感だ。

「やっぱ三英傑が絡まないと、ビジュアル的にも商業的にも弱いもんなぁ。戦国時代イコール三英傑時代みたいな薄味本も結構あるし」

 市治は更に解説をする。

「それで、太田道灌の軍勢が陣取った神大寺の古要害とよばれる場所ですが、これは三説あります」

「え、ここだけじゃないの?」創和は言う。

「はい」

「史実率三対一、水割りか……」

「ひとつはここです。次は先ほど走った途中にある丘で、大丸のバス停辺りです。そして最後は、ここの東にある片倉台かたくらだい団地の丘です」

「定ってないんだ」創和は嘆いた。

「でも、ここが一番有力といわれてますし、私も、個人の感想としては支持してます」

「その心は?」

「ここが三つの丘の中では一番標高が高く、道灌森が日枝ひえ神社の丘にありました。すぐ麓の街並みは赤田あかた谷戸と呼ばれ、この戦いで捕まえた敵を処刑したら、その血が谷戸の下まで染まったという伝承もあります。硯松経由で小机へ繋ぐ道も、恐らくあったでしょう」

「へえ、道は分かってるんだ?」と創和。

「いや、というより、明治時代に初の測量地図が作られたときには、あるのです。ならば江戸時代にもあったと見て間違いありません。ですが、江戸以前については"可能性"に下がります。ただ、このあたりは鎌倉道を含め、主だった道は丘の尾根を走らせています。私の家も字大道あざだいどうです。由来は不明ですが、太田道灌が使った大きな道と関係あると推測されます」

「時代が遠くになるにつれて、薄味になるんね」架橋は言う。

「歴史とはそんなものだよ、そらちゃん」育美はロマンげに語った。

「だから病みつきになるんだ」創和はしたり顔になった。

 市治は最後の解説に入る。

「次は磷付はりつけ原です。赤田谷戸と呼ばれる原因となるその場所は北隣の丘、六角橋ろっかくばし中学校のこちらにある畑だと伝わります」

 と、車に乗る。


 市治は、神大寺と片倉の境目の道を傍に折れた農道に車を止める。

 市治はここで働く農家さんから、停車の許可を貰った。

 ここは羽沢ほどではないが、キャベツ畑が広がる。

 四人は車を降り、見渡す。

 架橋は両腕を広げた。

「ここが磷付原だー! 名前は怖いけど、景色はいいねー」

 育美も「確かに処刑っぽい雰囲気があるかもね」と、なだらかな斜面に感じる。

 市治は注目してもらいたいものがあり、指でさして教えた。

「遠くにあるあの棒、わかりますか?」

 架橋は分からないが、創和と育美は分かる。

「ベイブリッジ!」と、声がそろう。

 主塔の上部しか見えないが、これが重要だった。

 市治は語る。

「今は街並みで見えませんが、つまり、当時はここから海が見えたということです。それはすなわち、神奈川湊と関連する町や村が見えたということです。逆を言えば、湊町からもこの丘は見えるわけです。だから太田道灌は見せしめのため、ここを公開処刑の場所に選んだのでしょう」

 創和は思わず「グロいなぁ……」ともらした。

 架橋も「湊の人々はめちゃくちゃビビったでしょうねー」と、身震いした。

 育美は市治に訊ねる。

「じゃあ、矢野兵庫はここで殺されたの?」

「じつは戦死したのか生きてるのかも分かってないのです」

 これに架橋は、苦笑いして言う。

「権現山の上田モリモリと同じパターンね」

「大将クラスの矢野が処刑されたら伝説か記録に残ると思うのですが、ないです。自害したとも伝わってません。自害の可能性は大いにありますが。ならばここでは矢野の家臣や、湊に縁がある侍とかが処刑されたのかもしれません」

 創和は、なるほどとつぶやく。

「そういえば城が落ちたって話ばかりで、矢野がどうしたなんて話を聞かないな。それに、湊が矢野兵庫の土地って説、説得力あるかも」

「あくまでも仮説なので、大きなことは言えませんし、広めるのもオススメしません」市治は念を押した。

 架橋はここでまた、疑問を抱いた。

「そういえばこの戦い、ゆかりの地が小机城の周辺と神大寺の二箇所に集中してるよね」

 市治は軽く突っ込む。

「一つだけ浮いた場所がありますが……」

 硯松である。

 架橋は苦笑いするも、質問した。

「それ、なんでだろう? なんか、ワープした気分になるんだけどねー」

 言われてみればそうだ。不自然だ。

 硯松では連結点になれない。神大寺から小机城を攻め落とす"流れ"のなかにあるからだ。

 市治は質問の意味を理解した。

「つまり、エリアとエリアを繋げる何かが欲しい訳ですね」

「おっしゃる通りです!」

「ものすごく良い質問です。じつは、あります」

「どこどこどこ!」今度は三人の声がそろった。

 市治は声の圧に押されるも、答えた。

「それが最後に行く、本日の山場になる場所です」

「行こう行こう行こう!」また三人同時に言い、期待する。

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