第3話:散策
小机城の戦い①
四月八日土曜日、正午も近い。
ここは
ここには、あの時の小さな三つ編み淑女がいる。今日は畑の外で麦わら帽子をかぶり、農作業姿で座り、一服していた。
日の出とともに作業し、今日の野良仕事は終わったようだ。
キャベツは青々と育ってる。
日に当たると、その緑は眩しい。
来月の収穫が楽しみである。
時は少し戻る。
朝九時の新横浜駅北口改札前。ビジネスマンが多い平日と違い、新幹線で遠出する観光客と、男性アイドルコンサートが行われる横浜アリーナと、大人気バンドがライブを行う日産スタジアムへ向かう客が、異様に目立つ。駅に貼られている駅入場制限実施のポスターには、両者でのべ六万人が予想されていると記されていた。その過半数の人がイベント終了時、横浜線の北口改札口へ一気に集中する。
賑やかな北口改札前に、私服姿の
創和と育美はウォーキングのカジュアルな私服だが、架橋は誰かとデートでもしたいのか、ミニを履いてオシャレに決めていた。
創和も育美も苦笑い。育美が教えた。
「そらちゃん、歴史散策は基本、自然散策ファッションのほうがいいのよ」
「えーっ! 横浜っぽく洒落てみたのに……」
創和は仕方がないと認めた。
「ま、今日はローファーが地獄になるようなところには行かないと思うから、いいだろ」
「やったー」
「ただ、かなり歩くぞ」
「ぐぬぬぬぬ……」架橋は渋い顔をする。
育美は笑った。
創和はタブレットを片手に解説する。
「小机城の戦いとは戦国時代の最初期、
と言ってると、架橋の頭はフリーズ状態。
育美は架橋に助言する。
「ともかく合戦の詳細は後日、ググってね。名所めぐりなら行くだけでも楽しいから」
「はーい」今の架橋には、これくらいでよい。
創和は解説をやめ、一回咳払いして、音頭をとる。
「よし、これから
「はーい!」育美と架橋は笑って答えた。
歴史を知らない架橋が一番はしゃいでいた。
「で、どこ廻るのですか?」と創和と育美に問う。
創和は昨晩考えたコースを披露した。
「先ずは
「おお!」架橋は楽しみだ。
おっとり顔の育美が、声だけ不可解に質問した。
「あれ?
城好きなはずの創和は、訳を解説した。
「うん。気持ちはわかるし、小机城合戦なら小机城を見ないでどうするって確かにそうだと思う。でも、あそこはもはや道灌時代のお城ではないら」
「道灌というより、
「この戦い、伝承の地が結構あるんだよ。だから、そっち優先しても大丈夫だと思うの」
「なるほど、さすが創和さん」
創和と育美の会話のレベルが高い。
でも、架橋は質問ならできる。
「なんで矢野さんのお城じゃないのです?」
創和は教えた。
「簡単に言えば、魔改造したのよ。北条が」
「
「こらこら、時代が逆行してるぞ。戦国時代の北条よ。ま、確かに紛らわしいから"後北条"って呼ばれてるけど」
架橋は頭の中にハテナマークが沢山でるも、二人が楽しそうなので笑みは絶やさない。
育美は続けて説明する。
「小机城がこの合戦で落ちたのが一四七八年。で、そのままのざらしにされ、一五二四年ごろ、後北条の氏綱って人が家臣に命じて、この城を復活させたのよ」
「なるほどねー」架橋の返事が棒読みになってる。
育美が感づいた。
「あら、そらちゃん、ごめんね。話、分からなかった?」
架橋は気にしない。
「私は大丈夫ね。人様の趣味に合わせられますから」
創和は「さっきフリーズしてたぞ」と疑った。
架橋は答えた。
「私、小学校の頃は友達に勧められて放送部やってましたし、中学生の頃は踊りが好きな友達に勧められてダンスやってましたし、高校の頃は山が好きな友達に誘われて登山部作ったし、大学の頃も……」
会話の途中で創和は納得した。
「凄いな。多趣味なのか天才なのか都合がいいのか……」
「それが私のコミュ力です!」架橋はエヘンプイだ。
ここで創和は仕切り直す。
「さ、今日は長くなりそうだから、早く行こう。皆のもの、アイドルオタの猛攻に呑まれるなよ!」
「おーう!」育美と架橋は声を上げた。
社会人慣れする創和と育美は、人波を巧みによけながら地下鉄改札へ向かうも、架橋はまともに呑まれてしまう。
創和と育美は、あわてて架橋を救出した。
第一ポイント、
ただし、育美は丘の上の風景を眺めて興奮した。
「小机城が見える。これが太田道灌が見た景色なんだね」
育美には見える。小机城で無数にはためく白い幟が。
架橋には現代の風景しか見てないから、ハテナである。
創和が架橋に教える。
「妄想するのよ。太田道灌が城の包囲をはじめた一四七八年の一月をね」
架橋は試みる。
「そんな昔の妄想って出来るかな? ……ああ、できるかも。あの本と、今やってる大河ドラマが手本になるね!」
創和はお手軽感覚で言った。
「徳川家康か。あれはこの戦いより八十年以上も過ぎてるけど、まあ、それ基準でも大丈夫か」
架橋は小机城の丘を眺め、妄想した。
「城址というなら、あんなかんじかな?」
架橋が参考にしたのは、金沢城だった。
架橋のなかには、重要文化財クラスに立派な櫓や塀や堀と、特別名勝並に優雅な庭園を持つ小机城が出来上がる。
考えてるだけなのに、楽しかった!
あのイラストの参考は、忘れていた。
見物を終える。
ただし、ここも遺構はない。視界の多くに畑が映るが、彼女たちの右側に、
その高速道路上の陸橋に"十三塚橋"という名のプレートがあった。
創和がまた、タブレットを見ながら解説した。
「この戦いで戦死した兵たちが眠ってるのが、ここ。もう何もないけど、橋の名前……、というより、ここの旧字が十三塚っていうから、塚が無くても昔はあったって分かるんだよ」
育美は、これもしっかり妄想できてる。この丘のゆるい斜面に沿ってこんもりした塚が十三も並んでる。あたかもその北にある小机城を見守ってるようだった。
架橋は、まず塚の形から妄想できない。だからきっと墓石のようなものだろうと感じ、津幡城址にある忠魂碑を代用した。
創和は指示する。
「さあ次は硯松だ。隣りの丘だから、歩くよ」
と、南の坂を降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます