初陣! 篠原城攻め
篠原城址。
立入禁止の柵に覆われていので、中に入れない。
ネット検索で調べたら、私有地(複数いる)だという。
三人は呆然とした。
新横浜に戻ると、夜が始まっていた。
三人は新幹線高架下の洋食店で、残念会をやる。
「初陣で落城できずに敗北とは悔しい!」
「初陣って……」育美は苦笑い。
「そうです、くやし〜」架橋も創和に釣られていた。
敗北もなにも、育美のこの一語に尽きる。
「単にリサーチ不足なんだけど……」
ここで、とりあえず頼んだグラスビールがくる。
「まさかあれほど守りが固かったとは。岡津城も蒔田城も気軽に入れたぞ!」創和は一気に呑みほす。
「通えただけでしょ」育美は突っ込む。
架橋は「?」だったので、育美は解説する。
「あ、
「あ、だから東北大なんだ」架橋は頷いた。
創和は勢いで「すみませーん、もう一杯っ」と追加注文した。
育美が心配しながら、ちびりちびりと呑む。
「
創和は気にしない。
「大丈夫よ、寺ちゃん。私、強いから」
架橋も呑みながら「それ死亡フラグ」だと笑っても、創和は強気になる。
「私は日本酒党よ。ビールなんて水!」と、強いアピールをして安心させた。
架橋が突っ込む。
「ならば日本酒を呑めばいいのね」
育美は疑う。
「トクニカってそこそこ高級取りでしょ。実はお金遣い荒いとか?」
創和は強く否定する。
「いやいや、単に下ろし忘れただけよ」
「まさか、お金貸してなんて言わないよね」
創和は育美を安心させた。
「大丈夫大丈夫、帰り際におろすから。まだここに
育美と架橋は、きっと全部使い果たすから貸し借りが起こるかもしれないと覚悟した。
架橋はここで、あの時の話をする。
「そういえば私、先月、うたた寝してたら、権現山って城で籠城して負けた夢をみたんです。どうせ見るなら勝ちたかったですけど……」
創和はうらやましがった。
「権現山城合戦じゃん。本当、すごーい」
育美も同じだ。
「私、武将好きなのに夢に出たことないよー」
架橋は、二人が食いついてきたのが嬉しい。
「というかそれ、先月、横浜に来たときに見た夢なんです。いくさの名前も中身もそのとき、たまたまいた中学生に教わったんです」
創和はへぇ、とうなずく。
「ネイティブでも知られてない合戦なのに、いい子供さんじゃない。私も知り合いたかったよ」
育美も同じだ。
「そのいくさ、三英傑の誰も絡まないもんね。それを詳しく知ってるって、よほど戦国史の沼に落ちてる人かもしれないね」
三英傑とは
創和は架橋の気になることがあり、問う。
「そういえば
架橋は待ってましたと、自慢げに答えた。
「いいえ、横浜です!」
「えっ?」創和と育美は耳を疑った。
架橋はそのリアクションを求めてたので、詳しく教えた。
「正しくは、石川県
創和は初めて知るも、納得した。
「横浜から横浜にやって来たって、やっぱり
架橋はしたり顔になる。
「横浜から横浜にやってきましたって、入社してから色んな人に言って、頭をバグらせてまーす。うぇ〜い!」
「おー」創和と育美は拍手した。
紛らわしいが、面白い。
育美は質問する。
「じゃあ、津幡で有名な歴史ってある?」
「ありますよ。やっぱ教科書の大定番、
育美は感嘆した。
「あ、津幡って
「う〜ん、一応、前田公ですかね? なんかの戦いで津幡のお城に泊まったことあるみたいですから」
創和はタブレットを取り出し、調べると簡単にでてきた。
「
天正十二(一五八四)年九月、加賀金沢の前田利家と越中富山の
育美はときめいた。
「強い武将同士のいくさって、ワクワクするわ!」
「私は城がでてくりゃ最高だよ!」創和はまた飲み干す。
勢いで三杯目にいきたかったが、寸前でやめた。
「食事前におろせばよかった……」と、今更後悔。
架橋は、津幡城址と前田利家と木曾義仲以外の歴史が分からない。津幡城は実家から徒歩十分ほどの場所にあるので生活圏だ。前田利家は石川県内でも、特に旧加賀藩圏では日常に浸透する英雄だ。ただ、花の慶次は知らない。
木曾義仲は大河ドラマ勧誘のため、津幡の役場や有志が頑張っている最中だ。架橋は、みんなが努力してるから叶うといいなと思ってる。だが、それはあくまでも、誰かが何かのために努力してることに対する敬意と感動と応援であって、歴史趣味からきていない。
創和は次に、この横浜で一番有名な戦国合戦をだし、提案した。
「よし、明日、みんなで
「こづくえ?」架橋は問う。
創和は拳をつくり、力強く楽しそうに言った。
「これは教科書が教えてくれない歴史だよ。最高だよね。とはいえハマの戦国時代オタなら、必ず聖地巡礼するところだよ」
育美は「
創和と育美は声を揃えて「行こう!」と、架橋を誘う。
しかしこれ、歴史素人なら年寄り趣味だとドン引きしそうな展開だ。
だが、架橋は二つ返事で「行きまーす!」と応じた。
創和と育美は喜んで、ハイタッチした。
架橋は質問する。
「で、どんなのですか?」
創和と育美はあの本を取り出し、小机城合戦のページをそろって見せた。
それは見開きで二ページぶんもある、屏風絵風に描かれていて、迫力があるのに見やすい。左端にある小机城と右端にある篠原城の様子から木々、川、草原、村、足軽の一人一人にアクションと表情がある。解説も史実から伝承まで詳しい。この本一番のクライマックス的なポジションにあるイラストだということは、一目で分かった。
架橋はイラストの魅力に呑まれた。
「すごいすごいすごーい!」
創和は興奮する架橋を見てると、嬉しい。
「だろ。これ描いた絵師さんも、この合戦が相当好きなのが伝わる」
とはいえ歴史素人の架橋には、この凄いイラストには物足りなさも感じる。
ーー普通、絵の中心は視点の中心になりやすいから目立つように構成されるけど、この絵は川が折れ曲ったるだけの風景ね。その左右に、いくさやら建物やらが派手に描かれてるけど……。
と思うが、語るのはやめておく。
架橋はまた感じる。これは言う。
「そういえばこの絵柄を見たことあるような、ないような……」
育美は「なにそれ?」と言う。
架橋は悩むも、自己否定した。
「いや、あの夢を見た後、あの中学生がお城の絵を描いてるのを見たの。もしかしたらその子が描いたのかな、と思ったけど、やっぱりあの子は結構小さかったので……。」
創和は作者名を見る。
舞岡市治(郷土史家)とある。
「なるほど、イチハルか……」
郷土史家なんてオッサンか爺さんしかイメージできない。また、この絵は中学生レベルでもない。プロのイラストレーターの域だ。
架橋は話を元に戻すと、興奮も再開した。
「しかし本当に細かいですよね。まるでタイムマシンに乗って、見てきたみたいですよねー」
創和と育美にとって、架橋のそんなリアクションを最も期待していた。
創和「よし、散策決まり! 次こそは勝ちいくさじゃー」
育美と架橋「おーう!」
創和「うにょうし、景気づけにもう一杯!」
育美と架橋「だめです!」
創和「ぐ……」思わず腰が引いた。
育美「早い方がいいよね」と話を戻す。
創和「明日の朝九時でどう?」
育美「賛成」
架橋「私も大丈夫」
創和「待ち合わせは勿論、新横浜駅ね」
育美「分かった」
架橋「それって、篠原口?」
創和と育美「北口っ!」
架橋「ぐ……」
創和と育美にとって篠原口は面倒臭い。理由は使う通勤電車にある。
ここで三人の食事がきた。
食事も終わり、解散した。
充実した一日だった。
歩いて帰る架橋は、友達出来たと写真を添えて家族にメールした。
市営地下鉄に乗って帰る育美は、想いに興奮するも表情はおっとりしている。昨今、歴史がブームといえど、SNSやイベントでは盛んに騒がれるが、身近にリアルの友人などいないものだ。それが初めてできた。しかも、二人もだ。思い出すだけでも楽しい。興奮していたら、降りるべき
しばらく夜風に当たって酔いを冷ましてからお金をおろした創和。
共に改札を出て、切符を買い直し、再入場する。
二人がニアミスしたことに気づくのは、後日となる。
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