出会う

 架橋の、今日の仕事が終わる。

 送迎バスで新横浜駅に着く。

 十五時四十五分、街並みをよく確かめ、散歩した。ここはスタジアム、アリーナ、麺食博物館、ビジネス街のみならず、飲食店は沢山あり、デパートや駅ビル、スケートリンクもある。ホテルも多く、天然温泉には驚かされた。

 架橋はスタジアム通りの喫茶店、ポエムに入り、空いていた二人席の一つに座っての〜んびりする。

 スマホの時計は十七時を回っていた。

 晩御飯を何にするかを考えながら、コクの深くて美味しいコーヒーを飲み、ほっこりした。


 店に新たな客が二人入り、架橋の向かいの四人席に座る。

 架橋はさりげにチラッと見ると、見覚えある女性だった。

 しっかり風のお姉さんが架橋に問いかけてくれた。

「あの、もしかして、あのお弁当屋さんですか?」

 架橋は二人の顔を覚えてる。

「はい。あ、もしかしてお昼に、お友達になったのですね」

 架橋の質問におっとり風お姉さんが、「はい」と答えた。

 しっかり風お姉さんが、架橋に手招きする。

「あの、よろしければ一緒にお話ししませんか?」

 架橋は「はい!」と喜び、席を変え、しっかり風お姉さんの隣に座った。

 しっかり風お姉さんが、架橋に尋ねた。

「そういえば今日から頭のお姉さんじゃなかったけど、どうしたの?」

「あ、その人なら今日から横浜駅のほうで販売してます。で、新卒の私が引き継いだんですねー」

「へー、貴女、新入社員か。あ、そうだ。仕事から離れたら敬語いらないから、よろしくね」

「は、はい」

 架橋は二人の名刺を貰った。

 しっかり風は、新治にいはる創和はじめという。

「新治さんは、当て字?」架橋は問う。

 創和は答える。

和布刈めかりって言葉、知ってるでしょ?」

 架橋もおっとりお姉さんも「いいえ」と答えた。

 創和は苦笑いし、言った。

「ワカメを刈り取るって意味なんだけど、"め"が"和"の字だからって、難しいよね」

 架橋は反応する。

「ワカメちゃんだったのですか!」

「こら、刈り上げ少女と一緒にすな。単にお父さんの凝り過ぎ。私、長女だからハジメなんだよ。でもまぁ、この字、好きだけどさ」

 創和は突っ込んだ。

 創和は新横浜に本社を持つ電子部品の大手、株式会社トクニカの総務部とある。歴史好きのきっかけは、通っていた小学校が城跡だったからという。


 おっとり風は、寺家てらや育美いくみという。架橋は心の中で、

ーー普通に読める字でよかった……。

 と、ホッとした。

 育美は大手学習塾、浜能研はまのうけん本部のテキスト開発に所属している。こちらも新横浜を本拠とする。彼女の場合は、源平合戦に登場する豪傑への憧れから歴史の沼へはまった。そこから中世戦国の名武将へ広げ、知識をふかめている。

 架橋も二人に名刺を渡した。

 架橋も自己紹介ではいろいろと突っ込まれ、初見者を悩ませてきた名前の持ち主だ。それでも最後は笑って終わる。

 架橋は、答えられないだろうと思い、問う。

「私の名前、読める?」

 創和と育美は、揃って答えた。

「きのした かけはし」

 架橋はびっくりする。

「な、な、な、なんで分かるの?」

 育美が明かしてくれた。

「分かるもなにも、名刺にルビがふってあるよ」

「え?」

 架橋は名刺を見た。確かにルビがある。

 創和は架橋に言う。

「ちゃんと見てないでしょ」

「うう……」架橋は表情を渋らせる。

 名刺は確認したはずなのに、忘れてた。

 だが、これからが予想通りの会話になる。

 育美が問う。

「なんで"空"と書いて"きのした"と読むの?」

 架橋は急に表情が明るくなり、解説する。

「空の音読みは"ク"で、五十音順でクの上は"キ"だから"きのした"なんねー」

 創和は「駄洒落?」とつぶやき、育美は「そんな当て字もあるのね」と感心した。


 雑談は進む。創和の年齢は二十六、育美が一つ下で、二十二の架橋が一番の年下だった。

 創和と育美はあのとき、昼食は共にしたが、じつは会話の時間がなく、仕事あがりにここで歴史を熱く語ろうと約束した。

 そうしたら偶然、架橋がいた。ということだ。

 二人は、明るくて面白い架橋を見て耳打ちする。

「寺ちゃん、この子、沼に引きずろうよ」

「いいねえ。二人よりやっぱり三人だよね!」

 彼女を歴史好きに育てようと、意見は一致した。

 昨今の歴史ブームはSNSが作り上げたといわれ、経済効果も高いといわれている。たしかにネットのなかでは歴史好きの声は高い。しかし、リアルの世界になるのその声はほぼ聞かない。そういう意味ではまだマイナーな趣味だといえるかもしれない。創和も育美も親身に実感しているから、意見は一致する。

 育美はまず、架橋に、コーヒーに付属する茶菓子を手に取り、

「そらちゃん、これあげるから私たちにちょっと付き合ってくれる?」

 架橋は大喜びした。

「わーい、ねー」

「え?」創和と育美は意味不明の顔をする。

「きのどく、って?」育美は病気じゃないよ、と言いたい。

 架橋はハッと気づき、苦笑いして説明した。

「あはははは。思わず金沢弁でちゃったねー。"ありがとう"って意味よ」

 育美は「へえ、そうなのね」とホッとした。

 ならば創和は、あの本を出し、開いて切り出す。

「そうだ。この本に篠原城のイラストがあるでしょ。今日知り合った記念で、今から行かない?」

 見開き一ページで篠原城の鳥瞰図。城と言えば姫路ひめじ城や松本まつもと城のように、大きな天守閣や門、石垣や水堀といった派手さをイメージするが、そうではない。基礎は土の面がむき出しになっていて、建築物は一切着色されず、天守閣どころか瓦すらなく、いかにも安普請に見える。

 そんな粗末で小さな城だが、歴史ど素人の架橋が見ても、細かくて上手くて丁寧に描けている。

 ただ、この城の歴史は皆無と言って良いほど謎だらけで、北条ほうじょう氏康うじやす(伊勢宗瑞の孫)家臣の金子かねこ出雲いずもが城主を務めていた可能性が高いと伝わる程度だ。

 育美「篠原城か。乱開発が売りって言われる横浜でも奇跡的に遺構がほぼ残ったという城址ね。なんかロマン感じるわ」

 架橋「へえ、いいですね。で、何処にあるのですか?」

 創和「ここから歩いて十五分くらいかな」

 架橋「あ、私、篠原町に住んでるんだよねー」

 創和「おお、でもなんで知らないの?」

 育美「創和はじめさん、この子、訛ってるよ。きっと移り住んだばかりよ」

 架橋「はい、そうでーす」

 育美「というか、今からだと遅くない?」

 創和「急げば大丈夫。まだ夕方。日は落ちてない」

 育美「私、実は行ったことないの。行きたい!」

 創和「実はわたしも」照れ笑い。

 架橋「城攻めですね」と、ノリが上手い。

 創和は調子に乗る。

「よし、皆のもの、篠原城を攻め落とすぞ。出陣じゃあ!」なぜか武将言葉で、軍配を前にかざすジェスチャー。

 架橋と育美「おーう!」と、ゆるく足軽気分。

 ということで、決行した。


 行軍、いや、徒歩の最中、架橋は創和と育美にスマホの待ち受け画面を見せた。

 二人は大笑いした。

 甲冑をリアルに再現しすぎているぶん、蛸のマスクが余計に滑稽である。

「なんでタコなのよ?」創和はお腹を抱えるほどだ。

 架橋は嬉しい。まさにウケ狙いのために作った被り物だったので、機嫌良く答えた。

「前田公の鎧を着てるら、前ダコなんだよねー」

 育美は咳き込むほど笑った。

「また駄洒落」

 架橋は更に自慢する。

 架橋「いいえ、私の地元愛ねー!」

 創和「そりゃ屁理屈だよ」

 架橋「屁理屈だって理屈の内だもん。これ、大学の卒業制作で作りました。卒業式はみんな被り物で参加なんでねー!」

 創和と育美は笑いすぎて、歩くのも忘れる。

 創和は、その写真をおかしくて見てられない。

「な、なんだよそれ?」

「そこが売りみたいな学校だから」

「どこよ?」

「金沢……」

「え、まさか金沢城の中にある超難関の国立大学?」

「ああ、金沢大は城の外に移転しました」

「そ、そうなんだ」

「私は金沢美術工芸大学ねー」

「美術系か。私、金沢大の入試受けたけど、落ちたんだよ」

「あら、残念……」

「私、お城が大好きだから城中しろなか大学に行きたかったのよ。で、東北大学の文学部に決まったの」

 創和はそういうと、育美がとっさに反応した。

「仙台城ね。というかそこだって超難関だよ。頭いいね」

「いやいや、どうせ文学だし。仙台城なら週に八日は通ったかな。作れなかった天守閣とか妄想したりして最高だったよ。で、寺ちゃんは?」

「私は横浜国立大学の教育。一応、免許持ちだよ」

「寺ちゃんもご立派よ。ま、教員じゃなきゃ塾は良い選択よね」

「ま、今月から裏方に移ったから、今、こうしていられる。先月まで真昼出勤深夜帰りだったよ」

 要するに講師をやってたということだ。

 架橋は取り残された。

「歴史はやっぱりお勉強ですか。ぐすん……」

 気落ちする架橋に、創和と育美は慰める。

「そんなことないって!」

 創和と育美は架橋に抱きついて言った。

「歴史はまったり触れ合いだよ!」

 架橋は、気持ちが和らいだ。

 そうこうしてる間に、街灯が点灯しはじめた。周りが薄暗くなってる。夕日が地平線まで落ちていた。

 三人は無駄話をやめ、急ぐ。

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