猫耳かるぱっちょ

もふもふとカルパッチョ…お魚のカルパッチョが好きです。もふもふも大好きです。 【グルメ小説コンテスト用2,000字以上15,000字以下】


その日は、朝から快晴で港からの海風もいくばくか爽やかに感じた。

港町に住んでいると、野良猫をよく見かける。

猫は猫でも、猫人にもよく出食わす。

近場には、猫型の魔獣も多い。

もぉ、猫族に支配されるんじゃないかと思うほどに猫と名の付くものが多い。

そんな港町で、私は念願の食堂を開くことになった。

開店一号のお客様を思い浮かべながら、仕込みを始めるとどこかで猫の鳴き声がした。

今日も元気だな・・・毎日、元気だな。

日中でも猫人の大きな声が、皆との喧騒に混じって高台の店まで聞こえてくる。

この辺りには野良猫達の寝床があるし、聞きなれた音になっていた。

それでも、そっと厨房の窓から外を覗くと初めての光景を目にすることになった。

「大丈夫?怪我してるの?」

声を掛けると、腕と脇腹から血を滲ませた黒い毛並みの猫人がのそりと動いた。

「逃げた方が良い。山から、魔銀狐が降りてくる。怪我は大したことない。あんたは逃げろ。」

「あなたはどうするの?怪我してるじゃない!!」

そんな話を聞けば逃げたいのは山々だけど、けが人をほったらかしては行けない。

直ぐに、念のためにと買っておいた回復薬と布と包帯を持って、裏口から飛び出した。

押し付ける様に回復薬を渡された黒毛の彼は驚いていたけど、気にせずに傷口を濡らした手拭いで拭いて包帯を巻いた。

ぽかんとしていた彼は、ちゃっちゃと手当てをしたことに驚いたのか、勢いに面食らったのか、大人しく言うとおりに回復薬を飲んで立ち上がった。

「とりあえず、動けるよね?私は、リマニ。一緒に詰所に行こう?その隊証は、警備隊の人でしょう?私の護衛もかねてなら言い訳も立つでしょう?」

手を差し出して、自己紹介がてらに提案した。

「俺は、タラタ。手当をありがとう。一緒に行こう。だが、急ごう。」

彼は私の手を取ると、するりと私を抱え上げて走り出した。

今度は私が面食らいながら、彼の走る速さに落とされそうで首にしがみつくしかなかった。


「隊長!!」

前蹴りで隊舎のドアを蹴り開けて、私の耳元で大声。迷惑・・・

猫人男性には大声を出す人を見たことないけど、職業柄なのかしら?

「なんだ?タラタ・・・?」

警備隊の隊長さんは、お父さんの友人でこの街での私の身元保証人。

「リマニじゃないか。なんで、タラタに乗っかてんだ?店はどうした?」

矢継ぎ早の質問に、早口で状況報告をした。

「そうか。すぐに手配する。知らせてくれて、ありがとな。で・・・いつまで乗っかてんだ?」

ハッと気づいて、タラタさんと顔を見合わせると、すぐにそっぽを向かれた。

こほんと小さな咳と共に、思いのほかそっと下されて、びっくりした。

隊長とタラタさんは、私にここで待っていろと言うが早いか、飛び出していった。

警備兵さんたちの無事を祈りながら待つこと数刻、高台の方から賑やかな声が聞こえだした。

そっと詰所の窓から覗くと、警備隊の人たちが通常よりも大きな魔銀狐を大きな荷台に乗せて帰ってくるところだった。

ほっと息をついて、出迎えに出ると隊長が笑顔で手を振ってくれた。

「リマニ!今日は、お前の店で宴会だ!!すぐに用意してくれ。」

私は、大きく頷いてから、お店に向かって春風の如く走り出した。


開店当日のお客様第一号は、警備兵の皆さん総勢25人。

私は大急ぎて仕込みをして、急遽大量にエールと葡萄酒を買い付けた。

まさかの団体様で、献立は変更を余儀なくされた。

先ず出したのは、東方大陸産ミカンをドレッシングに使った白身魚のカルパッチョ。

彩りと食感に緑若豆を散らして、オリアの緑果オイルとミカンとほんの少しの魚醤で作ったドレッシングは港の風に爽やかさを加えた感じで考えたもの。

先に出したお酒たちのアテとして、上々の反応を貰えた。

その中でも一人だけ、大皿を抱え込んでお酒も飲まずにカルパッチョを食べている人がいたけれど、忙しさでそれどころではなかった。

その後も、腸詰肉の盛り合わせ特製ソース掛け・海鮮と葉野菜のパスタ・魔飛鹿肉のロースト種無し葡萄ソース掛け・キビ糖を練り込んだ麦パンに紫小エビのビスクと立て続けに提供し続けた。

結局余りの忙しさに最後は各自、飲み物を厨房に取りに来てもらう始末だった。


ツワモノどもが夢の跡とはよく言ったもので、散々に飲んで食べた後片付けは悲惨だった。

流石に翌日はお店を開けず、家でぐったりとして過ごしていた。

だら~っと店舗の二階の自室でごろごろしていると、外から話し声が聞こえる。

「休み・・・みたいだな。流石のリマニも疲れたか。」

小さく隊長の声が聞こえて、窓から顔を出す。

「ディールおじさん?どうしたんですか?」

突然の声にきょろきょろ辺りを見渡して上にいると、連れに教えられる様子が見えた。

「リマニ!休んでたのに悪いな。昨日の礼に、うちのやつが焼いた菓子を持ってきたんだ。」

おばさんのお菓子は、私史上天下一品の品だと思っている。

「すぐに下ります。」


「おはようございます、タラタさん。」

隊長ことディールおじさんが連れてきたのは、タラタさんだった。

私は、お菓子を受け取って二人にお茶を淹れ、一緒に飲んでいた。

「おはよう、昨日は御馳走になった。美味しかった。」

黒毛が昨日よりもつやつやとしている様で、ちょっと触りたいと思う気分を必死にお茶で流した。

「リマニ、隊のやつらにも好評だったぞ。嫁やら友人やらに宣伝しとくと息巻いてたから、きっと繁盛する。頑張れよ。」

にやっと笑って、豪語するディールおじさんの笑顔にほんのりと怖さを感じた。

しかし、有難いことに、実際ディールおじさんの言葉通りに店は繁盛した。

昔見た三角のソースポッドが添えられた丸いお皿が猫に見えるのを思い出して特注した、通称「分割猫耳皿」がなぜか人気となり正式な「リマニ食堂」でなく「猫耳亭」で定着してしまうオマケ付きだった。

しょうがないから、開店に間に合わなかった看板を、これ幸いと「リマニ食堂」から「猫耳亭」に変更した。

てんやわんやで始まった私の食堂は、きっとこれからも大騒ぎで続いていく。

港町の高台の「猫耳亭」で、賑やかに忙しくお待ちしております。

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