第6話 自称占い師 ライル・ロー(2)
ライルとグレネは東噴水広場の近くでジーガたちと別れた。
アッカに手伝えと言われたが、グレネを送り届けることを口実にして、なんとか逃れてきた。
このあたりはおしゃれで、雰囲気も明るい。すれ違う人の数も多い。夕焼けが街も、道行く人の顔も、すべてを赤く染め上げている。
ライルとグレネは並んで歩いた。
ライルがちらりとグレネを見る。
やはりグレネは美しい。度の過ぎた美少女だ。
すれ違う老いも、若いも、男も女も、みんな彼女を振り返る。
だがこの度の過ぎた美少女は、ストーカーだ。
十年間もライルのことを監視していたというから、おそろしい。
ライルは、この美少女ストーカーからいきなり告白されてしまった。
― あなたの愛を手に入れる為に、ここにきました。 ―
妙な言い回しだが、やはり告白なのだろう。
こんな美少女からの告白なら、少々ストーカーでも構わない。喜んでお付き合いさせていただきます。
しかし、だ。彼女は本当に普通のストーカーなんだろうか?
「疲れたか?」
「街の活気に当てられたのかも」
グレネは、んーっと体を伸ばした。
「そういえば、さっきジーガさんが、人の運命をいじるとかなんとかおっしゃってましたが、あれはどういう意味なんですか?」
「それの能力はああいうことには及ばないのか」
ライルはグレネのカバンに目をやって言う。
グレネはハッとして、手帳を取り出し、ページをめくる。しかし、手帳にはそれらしいことは何も書かれていなかった。
「私はライルさんの全てを知っています。これにはライルさんの全てが書かれているはずなのに……」
グレネは手帳を抱き、独り言のようにつぶやくと、ライルを見上げた。
「私に何を隠しているんですか?」
「俺はグレネに隠し事ができなんだろ?」
「そうです。私はライルさんの全てを知っているはずなんです。だから何を隠しているのかおっしゃってください!」
苦笑するしかないが、グレネは本気だ。ライルは仕方なしとため息をついた。
「俺はこの手で、実の妹の首を切り落としているんだよ」
一瞬、グレネの顔が、全ての感情が抜け落ちたようになった。
「どうして……」
グレネがやっと一言を絞り出した。
どうしてライルはそんなことをしたのか。どうしてグレネはそんな重大なことを知らなかったのか。
様々な「どうして?」が渦を巻く。
「どうしてと言われると、仕事で……と言えばいいか」
「どんな仕事をしていればそんなことを?」
「占い師」
「は?占い師?なんですか、それ……」
「ジーガが言っていただろう、人の運命をいじるようなことって。それにさっき、おまじないで人の流れをいじったし」
「そんな、どうして……。
何よそれ!?
私は知らない!
そんなこと、私はあなたの全てを知っているはずなのにっ!!」
グレネは叫んだ。感情を爆発させた。
すると、周囲の建物の窓ガラス数十枚が、一斉に砕け散った。
グレネの叫び声が、衝撃波となったのだ。
美少女も度が過ぎてくると、叫びで窓ガラスを割ることもできるらしい。
あちこちから悲鳴があがり、街は大騒ぎになったが、当のグレネは、まったく気にかけていない。
グレネはこの十数年間、ライルのことを全て知っていると思い込んできた。しかしライルが自分の妹を手にかけたこと、そしてライルが占い師だということなど何も知らなかった。ライルがやって見せた「おまじない」のことも知らなかった。
(「それの能力はああいうことには及ばないのか」)
ライルはグレネの黒の手帳を見てそう言った。普通、手帳を見てそんなことは言わない。
確かにこの黒の手帳には特殊な能力がある。その能力によってグレネはライルについて知ることができていた。
しかし一般庶民がその存在や能力について知るわけがない。
グレネは手帳を握りしめて、ライルに聞いた。
「ライルさんは、この手帳が、何なのか、知っているんですか?」
「魔女の皮の手帳だろ?」
こともなげな答えに、グレネは息が止まった。
ライルは、そのグレネの反応をみて確信した。やはりグレネはただのストーカーではない。
魔女の皮の手帳とは、魔女の皮を剥いで、伸ばし、なめして、一枚一枚の頁にするという非道によって造られ、指定した人間について教えてくれるという魔具の一つだ。そんな外道の道具を使うストーカーが、ただのストーカーのわけがない。
グレネは大きく深呼吸を繰り返して、なんとか落ち着こうとする。
グレネ達は今まで長い時間をかけてライルのことを調べて、準備を整えてきた。
だがライルの妙な特技や、実妹の首を切り落としたことなどを全く知らなかった。それは大きな誤算だった。
認めざるをえなかった。グレネ達はライルについて何も知らないのと同然だということを。そしてこのままだと、彼女たちの計画に大きな支障をきたすことを。
グレネはやっと冷静さを取り戻した。
そして、無駄だろうとは思いながらこう聞いてみることにした。ライルがどう答えるかは大体予想が付いていたけども。
「ライルさん。あなたの秘密を全て教えていただけませんか?」
「男には自分の世界がある。その方が楽しいだろ?」
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