元コイビトの魔王と勇者、転生した現代では双子の兄妹だった件。

ゆきゆめ

おっぱい

 おっぱいがあった。

 

(ふむ……大きさは少々物足りないが、なかなかに美しい胸だ。この魔王への献上品としては、及第点といったところか)


 魔王(?)はおっぱいに向かって、おもむろに両手を伸ばす。しかし、まるで届かない。


(はて……? 俺の手……やけに短いし……小さくないか?)


 それから気づいた。

 自分がそのおっぱいの主に抱きかかえられているということに。

 身体全体、全てがミニマム。まともに喋ることもできない。


(まさか俺は、赤子になっているのか? なぜ……いや、そうか。思い出したぞ。俺はあのとき勇者に討たれて……死んだのだ)


 そして生まれ変わり、今、ここにいる。


 ここは魔王が元いた世界・グラナートとは異なる異世界。


「あらあら。必死になっておてて伸ばしちゃって〜。ママのおっぱいがそんなに飲みたいんでちゅか〜?」


 女が穏やかな顔でこちらに笑いかけてくる。


(となれば必然、この女は俺の母ということか。随分と若いな。女はもう少し成熟した方が好みだが……何故だろう、悪くない。これが母という存在か)


 魔王は久しく忘れていた、母の温かみのようなものを感じずにはいられなかった。


「ほ〜らママのおっぱいでちゅよ〜。好きなだけ飲んでくだちゃ〜い」


(なるほど。下賤な者の乳など本来ならば魔王である俺に相応しくないが、今だけは母としての勤めを果たすことを許そう)


 現状を理解した魔王は、寛容な心で母を受け入れた。


「だ〜(わーい!)」


 喜んでおっぱいに吸いつく。


「あんっ。もうこの子ったら、なんだか吸い方がえっちだわ」


「ちゅうちゅう(……っ!!!! な、なんだこれは!? この乳、美味すぎる……!! 人間の奴隷どもに作らせた最高品質のワインよりも美味い!!!!)」


「んっ、あん、もうっ、ダメだったらぁ」


「ばぶ〜(ママぁ……しゅき)」


 夢中になっておっぱいを吸っていると、


 ——ピンポーン


 インターホンが鳴った。


「ちゅぽんっ!?(な、なんだなんだ!? 敵の襲撃か!? 魔王の授乳中に襲いくるとはなんたる愚か者か! 即刻死刑であるぞ!!)


「あらあら。お客さんが来たみたい。ちょ〜っと待っててね〜」


 母はそう言って服を直すと、魔王を双子用のベビーベッドに寝かせてどこかへ去った。


(客人か。それならまぁ、致し方あるまい)


 それなりに乳を飲んで満足した魔王は、太々しくベッドにふんぞりかえる。

 腹が満たされたためか、一気に眠気が襲ってきた。


「ずいぶんと嬉しそうに吸うものね、おっぱい」

「…………だうあ〜?」


 失いかけていた意識が瞬時に覚醒する。


 隣には、魔王と同じ赤子が寝ていた。


(赤子が……喋った……!? え、なに!? キモッ! つーか怖い! 不気味! 何かアンデット系のモンスターにでも憑かれてるんじゃないか!?)


 しかし慌て尽くしながらも魔王は気づく。

 魔王と赤子との間にはわずかな魔力の流れが出来ていた。


 赤子は魔力マナを用いて、思念を伝えているのだ。

 見たところ隣の赤子自身は魔力を有していないが、大気中に存在するわずかな魔力を操っているらしい。


(ふ、ふん。理解できれば、魔王である我にだって同じことができる。あービビった)


 しかし体外の魔力を行使するなど、人間の中ではごく一部、魔族でも最上位の者しかできない高等テクだ。


(この赤子……まさか……)


 魔力の存在を認識した今、魔王には赤子の周囲に集まるそれらのオーラが見えた。

 

「貴様…………勇者か?」

「あら。よくわかったわね。ええそうよ、私こそが光の勇者・レイン」

「なんと……」


 勇者といえば、魔王にとっては仇敵だ。

 何度も何度も、殺し合いをした間柄。


 だと言うのに、魔王の瞳からはまるで感極まったかのように涙が溢れそうになる。


「そういうあなたは誰だったかしら。そんなに口の周りをべちゃべちゃにしておっぱいを吸うなんて、余程エッチな人なのでしょうけど」


 引っこんだ。


 魔王は服の袖を使ってグシグシと乳を拭き取る。


 勇者はニヤニヤとした笑みを貼り付けて、魔王の慌てようを鑑賞していた。

 

(こいつ……絶対に分かってて言ってやがる……!)


 魔王は怒り狂い、思わず立ちあがろうとする。が、転げた。

 何度やっても、まともに立つことができない。


「…………」

「…………」


 仕方なく、魔王はそのまま告げる。

 

「貴様、この魔王に対して無礼であろう!」

「あら魔王? あなた、魔王だったの? 魔王の姿? あれがっ? へえ〜」

「っ!? わ、我はただっ、食事をしていただけだっ! 赤子になっているのだから仕方なかろう!!」

「ふん。綺麗なお母様でよかったわね。あんなに————デレデレしちゃって」


 まるで拗ねたように顔をプイと逸らして言い放つ勇者。


「なっ、ゆ、勇者よ! 〜〜っ、いや、レイン! お、俺はだなぁ————」


「お待たせ〜私の可愛い可愛い天使たち〜」


 どこかへ行っていた母が戻ってきた。


 客人の相手が済んだらしい。


「はぶぅ!?(なんてタイミングで帰って来るのだ!?)」


「あらあら、ふたりで何かお話してたの〜? やっぱり双子だから仲がいいのね〜?」


((は??? 双子???))


 魔王の頭にクエスチョンが浮かぶ。


(あっ、一緒に寝かされてるのってそういう……)


「ばぶ! ばぶばぶぅ!(なによそれどういうこと!? 魔王と私が双子!? それ家族ってこと!? ふざけんじゃないわよ!?)」


(おーおー怒ってなさる)


 勇者は思念を伝えることさえ忘れて叫んでいるが、長い付き合いの魔王にはなんとなく言っていることがわかった。


 しかし、母にそれが伝わるはずもなく。


「あらあら〜? どうしちゃったのかしら。うーん……あっ、そうよねっ。お兄ちゃんばっかりおっぱい飲んでズルいわよね〜」

「ばぶっ!?(はぁ!? 何言ってんのこの女!? はっ倒すぞ!?)」

「ごめんね〜。すぐにママがおっぱい飲ませてあげまちゅからね〜」


 母が勇者を抱き上げる。


「ばぶぅ〜! ばぶばぶぅ!(ちょ、バカ! 離しなさい! 離して! 離さないと酷いわよ!? 離してよ! 離しなさいったらぁ! 離してくださーいー! 〜〜〜〜っ!! ま、魔王! 助けてっ! 今すぐ私を助けなさい!!!!)」


 最後の希望に縋るかのように勇者は魔王へ向かって手を伸ばすが、


(フッ)


 すでに鑑賞態勢の魔王。


「ほ〜らおっぱいでちゅよ〜。あら、飲まない。イヤイヤ? ダーメ。ちゃんと飲まないとおっきくなれないんだから〜」


「ぶぶぅ!?(ああ!? やめて!? 私は勇者よ!? 勇者がおっぱいなんて吸うわけ————!?」


「は〜い。ちゅぱちゅぱ〜。お上手ね〜」


 母によってムリヤリ乳房を咥えさせられる勇者。

 この瞬間、彼女の勇者としての尊厳は完膚なきまでに破壊された。


「ばぶぅ〜。ちゅぱちゅぱ(ママのおっぱいおいちい。おいちい……なんでこんなにおいちいのよぉ……!)」


「ふふっ。やっと素直になってくれたみたい。いい子いい子〜」


 満足そうに勇者の頭を撫でる母。

 

 その様子を魔王はなんとはなく眺め続けていた。


(魔王である俺と勇者が双子の兄妹……家族、か)


 魔王と勇者にして、実のところ————元コイビト。

 死ぬ直前には、もし生まれ変われたら今度こそ一緒になろうなどと言葉を交わした記憶があったりする。


 そんな2人の新しい人生が始まった。

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元コイビトの魔王と勇者、転生した現代では双子の兄妹だった件。 ゆきゆめ @mochizuki_3314

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