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それから数日、二人はいつも通りを装う日々を送っていた。

絢也の告白の後も、二人の関係は何も変わらず、ただお互いに、取り繕うような会話が増えていた。

あおいの様子が少しおかしくても、もしや自分の告白が原因かと思えば、絢也じゅんやは聞くに聞き出せず、もやもやした日々を過ごしていた。




「これが例の絵か!写真で見るより迫力あるなー!」


絢也がやってきたのは、バンド“ひまわり”のメンバー、ギターのタクヤの家だ。ワンルームの手狭な部屋に男が五人、顔を突き合わせて座っている。

今日は、葵の描いた絵を新曲のジャケットに採用したいというので、本物の絵を見せに来たのだ。


「なんか、エネルギーに溢れる感じ!」

「俺達にぴったりだな!」

「自分で言うなよ」


興奮する仲間達に、絢也は苦笑いながらも楽しそうだ。共にデビューする事は叶わなかったが、彼らは今も夢を追い、その一員に絢也を外さずにいてくれる。

こんなに良い仲間はいないと、絢也は思っている。


「やっぱり似てる…」

「何が?」


そう、わいわいと賑やかな部屋の中、メンバーの一人、タクヤが絵を見つめながら眉を寄せた。


「これ、俺が見たヒマワリの絵と似てるんだよ」

「あー、バンド名の由来になったっていう絵?あんな絵みたいなバンドになりたいって、どんなバンドだよ!って、思ったけどな」


そう笑うのはベースのアキラだ。タクヤは当時を思い出したのか、ムッと唇を尖らせた。


高校時代、タクヤは彼女に良いところを見せたくて、興味は無かったが美術館に行ったらしい。付け焼き刃の知識を頼りに得意気に美術館を回っていたところ、ヒマワリの絵に衝撃を受けたという。それから、あのヒマワリの絵のように真っ直ぐと揺らがない音楽を作りたいと、そのポリシーをバンド名にしようと言い出し譲らなかった。


「みんなしてスゲー笑うんだもんな、この絵みたら、その衝撃分かるだろ!?」

「これは分かるけど、なんでその時の絵とこれが同じだと思うんだよ。展示会の絵が、こんなとこにあるわけないじゃん。額にも入ってないぞ」


そう言うのは、ボーカルのサトシだ。確かに、どこかに展示されていたというなら、もう少し大事に保管されていてもいいだろう。この絵は、スケッチブックに挟まれていただけだ。


「そうなんだけどさ…ちょっと待って」


タクヤは本棚を漁り、その中から一冊の画集を持ち出した。様々な作家の作品を集めたものらしく、タクヤはある絵でページを捲る手を止めた。


「見てよこれ、この画集の絵と描いた感じが似てない?」


五人の頭が画集を覗き込む。それは、金魚の絵だった。静かな水の中、踊るように二匹の金魚が泳いでいる。今にも動き出しそうな尾ひれは、水しぶきまで飛んできそうだ。そう感じるのは、繊細な描写の中に躍動感溢れる力強いタッチが見られるからかもしれない。というのが、絢也が感じた感想だ。

だが、確かに画集の金魚の絵と、ヒマワリの絵は似ていると、皆も思ったようだ。


「でも、このヒマワリの絵はどこにも載ってないんだよな。本やネットで結構探したんだけどさ、作家名は間違ってないと思うんだけど」

「何て作家なんだ?」


ドラムのユウジが問うと、タクヤはページを捲る。


「アイって人。顔写真はないけど、ほら」


作家のプロフィールを見るが、名前しか載っていない。性別すら分からないので、素性を明かさないタイプの作家なのだろうか。


葵さんじゃないのか…。


絢也は残念に思い肩を落としたが、なんとなくその絵が気になって、顔を上げた。


「この画集借りてもいい?」






絢也が家に帰ると、葵の部屋の前に段ボール箱とリュックが出ていた。


「え、」


その荷物に、絢也は葵を見つけた日の事を思い出し、胸騒ぎを覚えた。

慌てて部屋に上がりリビングに向かうと、部屋の隅で蹲る葵の姿を見つけ、構わず肩を掴んだ。


「葵さん!」

「わ!」


驚いて振り返った葵は、焦る絢也の顔を見て、心配そうに表情を変えた。


「お帰り…どうした?何かあったか?」


葵の手には掃除用のシート、足元には掃除機がある。床に汚れでも見つけたのか、掃除をしていたようだ。いつもと変わらない様子にホッと息を吐くと、絢也は葵の手を引き、正面から抱きしめた。


「ど、どうしたんだ?」


そういえば、絢也が葵を正面から抱きしめるのは、初めてかもしれない。

この前、葵が絢也を抱き締めた時は、驚いて、嬉しくて、正直ちょっと舞い上がっていて、感覚的な事はあまり覚えていない。


腕の中に収まってしまうんだな。


女性とは違う、華奢ではあるがしっかりとした男の体、背だってそこまで違わないのに、それでも葵は絢也の腕の中にすっぽり収まってしまう。

その体温をもっと感じていたくて身を寄せれば、少し下に見える耳が赤くなっている事に気付いて、それが可愛くて離れたくなくなってしまう。


手を放してしまえば、葵が消えてしまいそうで。どこにも行かせたくない。



ぎゅっと力を感じる絢也の腕の中、葵は赤くなりながらも困惑した様子で視線を彷徨わせた。その視線が床に転がった画集に留まり、背中に回された指が縋るようにシャツを掴んだ事に、絢也は気づかなかった。




翌日、葵は突然、絢也の前から姿を消した。





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