第9話 アンタが私のナイトになれ

 翌日、空はうんざりするほど晴れていた。

 待ち合わせ場所は赤槻タワーの展望カフェ。タワーと言えば聞こえは良いが、あくまで地元ローカル局の電波塔だ。そんな洒落た場所ではない。


 瑠架はエレベーターで三十階まで上がる。

 平日昼間の展望カフェはずいぶん席が空いている。指定されていたのは西側の窓際、左から二つ目のテーブル。瑠架は柱の陰に隠れて席を確認する。

 今日の相手は阿武野あぶの将也しょうやという男。

 大学中退で現在無職という段階で嫌な予感しかしない。使えなそうな奴だったら話を聞いても時間の無駄だ。

 いた――。

 猫背で細目で色白の男。

 服装にも無頓着らしく、スーパーにでも売っていそうなチェックシャツに色褪せ過ぎたジーンズ。髪も伸ばしっ放しでボサボサ。いかにもコミュニケーションが苦手といった印象だ。使えなさそう。

 ダメだ、帰ろう。

 踵を返そうとした所で、瑠架はウェイターと鉢合わせてしまった。

「お客様、お一人様でございますか」

 しまった……。

 人の少ない店内では、抑え気味のウェイターの声もよく通る。もしやと思って窓際の席を振り向くと、阿武野将也がこちらを向いていた。

「あ、あの。もしかして奈佐原瑠架さんですか」

 声まで掛けられた。

 瑠架は俯いて口唇を噛んだ。ウェイターは更に余計な事をする。

「お連れ様でしたか。ではお席までご案内いたします」

 最悪だ。

 瑠架は抵抗する暇もなくテーブルに着かされた。ウェイターはすぐに水を持ってきてオーダーを取った。別に何も欲しくないがアイスコーヒーを注文する。

「で、アンタが阿武野将也ね」

 こくりと頷く将也。上目遣いで視線は外さない。何だこいつ、気持ち悪い。

「簡単にプロフィールから教えて」

「え、ええと。工学系の学部に行ってたんですが……辞めちゃいました。バイトも何もしていません。ニートです、はい」

 大学を中退したのもニートなのも、たぶん人間関係が原因だろう。見ていれば分かる。この手の男は他人と合わせる事が出来ない。協調性ゼロ。この時点でナイトに不向きだ。

「次に志望動機を聞こうかしら」

 将也は辺りに視線を泳がせ「え、えと、その」と口籠る。典型的な挙動不審者だ。

「あの、奈佐原さんは――」

「はいストップ。瑠架って呼んでくれない」

 苗字で呼ばれるのは嫌いだから――。

 将也は「す、すいません」と謝ったかと思うと、不気味に口元を緩めて笑った。また視線をあちこちに泳がせる。

「だから、動機だよ。早く言ってよ」

 瑠架が急かすと将也は焦って言葉がどもる。それでも時折見せる不気味な笑みが嫌だ。

「あ、あの。瑠架さん、あの……」

 瑠架は確信した。この男、オタクだ。しかもキモオタ。

 この男も何か勘違いをしてメッセージを送って来たに違いない。妙な妄想でも抱いているのではないか。気持ち悪い。

「瑠架さんがクイーンで、その。オレがナイトになるんですよ、ね」

「まあ、そう決定すればだけどさ」

 それは絶対ない。

 将也は「それならオ、オレの志望動機は――」と続ける。

 瑠架さんを守りたいです、みたいな気持ち悪い動機だったら面接終了にしよう。

 すると将也は意外な事を口にした。

「ナイトも、何をやっても罪にならないんですよね……」

「はあ?」

 その時、ウェイターがアイスコーヒーを二つ持ってきた。

 二人は話を中断する。なぜ参加者免罪のルールを気にするのか。ウェイターが一礼して去ると将也は話を続ける。

「る、瑠架さん。もうすぐ一時です。あ、あれ見てください、あれあれ」

 将也は窓の外を指差す。駅の少し手前の辺り、赤槻警察署か。五階建ての官舎の前にパトカーが四台停まっている。

「警察署。あれがどうかした?」

 将也は腕時計を凝視してボソボソ言っている。数字を呟いているようだ。

「さん、に、いち――ボンッ」

 その瞬間、パトカーが爆発して凄まじい火柱が上がった。

 瑠架は思わず声を上げて窓ガラスに両手をついた。外の異常に気が付いた店員や他の客も窓から見下ろす。

 町はパニック状態だった。もくもく黒煙を上げるパトカー。この展望フロアにも焦臭いにおいが昇って来そうだ。地上の人々は我先にと逃げ惑い、やがて消防車のサイレンが悲鳴のように響き渡る。

 将也だけが不敵な笑みを見せていた。

「ア、アンタまさか――」

「は、初めまして。赤槻の爆弾魔、阿武野あぶの将也しょうやです」

 瑠架は大きく目を見開いて将也を見据える。

 瑠架は口元の裂けるくらい笑っていた。手のひらがじっとり汗ばむ。鼓動が一気に高まった。

 決定――。

 ポケットからナイトの首飾りを取り出し、将也に投げつけた。

「アンタが私のナイトになれ。阿武野将也」

 この男、マジ最高だ。

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