第10話 僕が梓のナイトを引き受けよう
十月四日(金)
◆魔女とカラス◆
終業のホームルームの後、
帰りがけの生徒で混雑する廊下。しかし梓が近付くと誰もが道を開ける。男子も女子も急に押し黙って梓を振り返った。
梓が通り過ぎると後ろからボソボソ声が聞こえた。
「ほら、桜町さんだ」
「やっぱオーラあるよね」
「かっこいいわ……」
梓は表情を崩さず階段を下りてゆく。
放課後の階段は三学年が混じり合った人の濁流だ。しかしそこでも梓を中心に円が出来る。下級生達は梓に羨望の眼差しを向けていた。
人を惹き付けるが、人を寄せ付けない。そういう空気を梓は持っていた。
高校二年の時に赤槻市に引っ越してきて、トップクラスの成績で茨野高校に編入。編入後も学年一位の成績を三年生になるまで保持し続けた。
梓はテストの成績が良いだけではない。スポーツも出来るし容姿も整っている。
完璧な人間だ。
周りは梓の放つ不思議な雰囲気に魅かれていった。
「桜町さんって、アレだろ、ほら」
「ウソでしょ!」
「いや、ただの噂だけどな……」
梓が人を寄せ付けない理由は端麗な容姿のせいだけではない。ある噂を知っている者もいた。
二階まで下り、静かな廊下を進む。
二階には特別教室しかないから放課後は誰もいない。梓は図書室のドアを開けた。
受付には誰もいない。窓際の机に通学鞄を置き、借りていた本を取り出した。梓は返却箱に本を返し、本棚の間を歩いてゆく。放課後の図書室は良い。誰の声も聞こえないし誰の視線も感じない。
「おや、今日もいたんだ」
背後から声を掛けられた。
「やっぱり読書が好きなんだね」
振り返ると
「読書じゃなくて図書室が好きなの。静かだから」
本棚から一冊抜き取った梓は創の隣をすり抜けて席に着く。創も人懐っこい笑顔を浮かべて梓の向かいに座った。
「知ってるかい梓。今日の昼間、赤槻警察署のパトカーが爆発したらしいよ」
「知ってるわよ創君。さっき携帯でニュースを見たから」
梓は創を見て目を細める。
この男は良く分からない。
創は今年の四月に茨野高校へ転校してきた。三年で転校とは変な時期だが、茨野高校へ編入したのだからそれなりに勉強は出来るのだろう。
「一昨日さ、公園でデートしてる中学生がいたんだよ。お互い照れちゃって上手く話せなさそうな雰囲気がまた可愛いんだ。僕、思わずジャムパンあげちゃったよ」
「また知らない人に話しかけたの。そのクセ直した方が良いと思う」
創は変わり者だった。遠慮なく誰にでも話し掛ける。
「確かにそうかもね。昨日も堤防にいた女の子に話し掛けたら怒鳴られたよ『消えろ!』だってさ。ちょっと酷過ぎない?」
「いきなり話し掛けられたら警戒するに決まってるでしょ。通報されなかっただけでも運が良かったね」
創は他の生徒とは違って梓によく話し掛けてくる。しかも馴れ馴れしく下の名前で呼ぶ。
しかし創が不思議なのはそれだけではない。
「セイブ・ザ・クイーンの準備は順調かい、梓」
創は何でも知っている。
「まあ、それなりにね」
梓は机の上に指輪と首飾りを置いた。
何でも知っているというより、人から話を聞き出すのが異常に上手い。気が付けば梓もクイーンに選出された事を創だけには打ち明けていた。
「今年のセイブ・ザ・クイーン、前大会とルールが変わったららしいわね」
「前回の優勝者、つまり今の女王が優勝した時の『望み』が『セイブ・ザ・クイーンのルールを変更する事』だったからね。まあどう変わったかは分からないんだけど」
梓は腕組して人差し指を顎先に置いた。
「結局は出たとこ勝負か。まあ一般発表どころか、出場者にも事前告知がないんだから、大きなルール変更じゃなさそうね。始まってからでも対応できるでしょ」
「でも事故には気を付けないと――」
創は通学鞄からタブレットを取り出して動画サイトを開いた。
前大会の最後のシーンだ。ナイトの右目に鋏が刺さる場面、そして相手クイーンが屋上から落下する場面。
「馬鹿正直に取り合いを挑むからこうなるの。リングの奪い合いにも効率的なやり方があるのよ」
やり方と言うと、と創は興味深そうに目を向ける。
「要は最後まで残れば良い。他の参加者達が争っているのを、私はよく見える場所から観察しておく。そうすれば流れが見えてくるでしょ」
「なるほど。それで最後だけ美味しい所を持って行くという事か」
「争いになった時の人の行動は、とても予測しやすいわ」
梓は机に手を置いて微かに顔を綻ばせる。
「がむしゃらに体を動かそうとするから難しくなる。少しは頭を使わなきゃ。赤槻市という盤面に配置された二十九の駒。それを上手く操るだけの簡単なゲームよ」
「君にとったらセイブ・ザ・クイーンもチェスみたいなものか。恐ろしい人だな」
澄ました顔の梓を見て創は微笑む。
「梓。君の目標は?」
「決まってるでしょ。参加するからにはもちろん優勝よ」
窓から秋風が入ってくる。梓の黒髪が風に揺れた。
「梓にしては珍しいね。そんなに勝負事で熱くなる人だとは思っていなかった」
一瞬だけ梓の表情が変わった。確かな意志を秘めた瞳。
「つまり、君には叶えたい望みがあるって事か」
梓は何も答えない。黙ったまま髪を指で
「やっぱり梓は面白いね」
創は立ち上がり、机にあったネックレスを摘まんだ。青い石が窓から差す夕日に透ける。青い光が創の瞳に滑り込んだ。
すると創は首飾りを付けた。
「僕が梓のナイトを引き受けよう」
「ええ。元々ナイトは君のつもりだったし」
梓もにっこり微笑んで頷く。
「何だって。じゃあ僕がナイトをやりたがるのも、君の予想通りだったってワケか……。まったく、君には敵わないよ」
困ったように創が頭を掻いていると、梓は花が咲いたような笑顔を見せた。
「よろしくね創君」
このセイブ・ザ・クイーン。
梓は絶対に勝たなければならない。
絶対に――。
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