0日目 胎動

第3話 貴女のご健闘を心よりお祈りします

   十月一日(火)

  ◆お姫様と騎士◆


「うわ爆発事件だってさ。しかもこれって近くじゃん。物騒な話ね」

 春日優姫かすが ゆうきはテレビを見ていた。

 ニュースキャスターが真剣な面持ちで原稿を読んでいる。優姫はテーブルに肘をついてクッキーを摘まんだ。

「もう。行儀悪いな優姫は――」

 隣に座っている総持寺琴乃そうじじ ことのは優姫に目を向けて顔をしかめた。

 琴乃は座布団の上に正座し背筋をまっすぐ伸ばしている。

「別に良いじゃん、あたしの家なんだからさあ」

「家で出る癖は外でも出てしまう。肘をついて物を食べるなんてみっともないよ」

 はーい、と面倒そうに答える優姫。分かればよろしい、と満足そうに頷く琴乃。


 優姫と琴乃は幼稚園からの付き合いで、今でも同じ高校に通っている。いわゆる幼馴染だ。家も近いので、こうして学校帰りにどちらかの家に寄る事も多かった。

 で、話の続きなんだけど――、と優姫はテレビに目を遣る。

赤槻あかつき市駅のトイレで爆発。ただの事故じゃなくて、何者かが爆発物を仕掛けてた可能性があるんだって」

 煤で真っ黒になったトイレが映った。

 見覚えのある場所がテレビに映り、立入禁止テープが張られて警察が現場を調べている。琴乃は眉を寄せて口を開く。

「この手の爆発事件って今年に入ってから五回目よね。それにどんどん人気ひとけのある場所を選ぶようになってる。犯人は明らかにエスカレートしてるわ」

 今回は幸い三名の軽症者だけで済んだが、ラッシュ時に起きていれば死者が出てもおかしくない威力の爆発だったそうだ。

 辛気臭いニュースに嫌気がさし、優姫はリモコンを取ってチャンネルを回す。あるチャンネルで優姫の指がぴたりと止まった。


『今年度セイブ・ザ・クイーンの開催都市に選ばれた赤槻市では――』


 優姫も背筋を伸ばし画面に首を伸ばす。セイブ・ザ・クイーンの特集番組だ。

「あ、そうだ。今年はこの町でセイブ・ザ・クイーンが開催されるんだったよね。四年に一度のお祭りだし、爆弾事件なんかのせいで中止になったら嫌だな」

「十月六日から始まるんでしょ。そろそろ参加者には通知が行ってるのかな」

 テレビではセイブ・ザ・クイーンの基本ルールや、開催地の紹介映像が流れている。


 赤槻市は戦後に開発の始まったニュータウンで、駅周辺は賑やかな繁華街が広がり、その周りが閑静な住宅街となっている。

 都心部へのアクセスも良い上に、北地区の山間部には自然も多く残されている。休日には多くの人で賑わう繁華街の中央地区。

 南地区と西地区に住宅地があって、東地区には工業地域が広がっている。


「クイーンってどうやって選んでるのかな」

「私もよく知らないけど、で選ばれるんでしょ。一般発表は開催初日みたいだけど、さすがにクイーン達本人には先に通知があるでしょうね。もしかしたらうちの高校にもクイーンがいるかも」

「そうなったら全力で応援だよ。赤槻市が開催地に選ばれるだけでもすごいのに、うちの高校から優勝者が出たらもっとすごいじゃん」

 赤槻市の人々へのインタビュー映像が流れる。駅周辺だけでなく、市内各地の商店街も活気付いていた。

「でもクイーンってっ心細そうだね。期間中、させられるんだっけ。一人だけで十日間も頑張らないといけないんだよね」

「そうだけど、海外での生活費用も政府が出してくれるんでしょ。タダで海外旅行が出来るようなものよ。それに、参加したクイーンは負けても政府から奨励金が貰える。たしか四年前の大会だと百万円だったわね」

 ひゃくまっ――、と途中まで言いかけて優姫の言葉が止まる。

 力が入り過ぎて、摘まんでいたクッキーが割れた。


「しかも優勝者はんだよ」

「え、ホントに何でも叶えてくれるの」

「さすがに物理的に無理なのはダメだと思うよ。例えば時間を戻すとか、死人を生き返らせるとか。あと願いを増やすのもダメだったはず。それ以外なら何でもオッケーだったね。億万長者にしてほしいとか、宇宙旅行がしたいとか、何でも――」

 琴乃の言葉を聞いて、優姫は腕組みして唸った。


「それって全部政府がお金出してるんだよね。どうしてそこまでセイブ・ザ・クイーンにお金をかけるんだろう」

「決まってるじゃない。次期女王候補を選ぶ大事な勝負だからよ」

 琴乃がテレビを指差す。ちょうどセイブ・ザ・クイーンの歴史を解説していた。

「日本に女王制が出来たのは終戦後すぐ。優姫も知ってるよね」

「そんなの知ってるよ。中学の時に習ったじゃん」

 およそ八十年前。日本はアメリカ・イギリスの連合軍に敗れ、太平洋戦争が終結した。

「DHAの指示で憲法が変わったんでしょ」

 GHQね、と抑揚なく訂正する琴乃。

「それまであった大日本帝国憲法を平和憲法に変えた。軍隊を解散し、主権を天皇から国民に移動したでしょ。その時、天皇制を廃止してに変わったって習ったよね」

「あ、そうだ。昭和の初めまでは天皇がいたんだっけ」

 国家の象徴としての天皇という立場を残す案もあった。

 しかしGHQ及び欧米諸国は天皇が国家統合の象徴となっていたため帝国主義国家が出来上がってしまったと考えた。

 そこで天皇制を廃止し、代わりに女王を国家の象徴とする制度に決まった。


「よく考えたら女王ってあんまり日本っぽくないイメージだよね」

「GHQが案を出したんだから、たぶんイギリス型統治機構をモデルにしてるんだと思うよ」

 日本における女王は世襲制ではなく交代制。

 その選抜方法がセイブ・ザ・クイーンだ。女王が退位する際、次の女王を歴代優勝者の中から国民投票によって選抜する。

「女王は国家の象徴だからね。圧倒的なカリスマ性と人を引き付ける魅力、それと勝負に勝ち残る運と実力が不可欠。セイブ・ザ・クイーンはその適性を見るテストでもあるのよ」

 琴乃は得意げに説明するが、優姫は眉を寄せてテーブルに頬を乗せる。難しい話は得意でない。


「見て琴乃。過去の大会の映像が流れてるよ」

 六回前の大会だから二十年以上も前の映像だ。

 クイーン達も時代を感じさせる様相をしている。真っ黒に日焼けしてヤマンバみたいな化粧をした女子高生がリングを求めて街を駆け抜けていた。

 リングの争奪戦は各自でルールを決めて取り合う。ジャンケンでも良いし交渉でも良い。極端な話、殴り合いでも構わない。

「あ、この人覚えてる。優勝は出来なかったけど、ラスト四人までは残ってたよね」

 映像は新しい物になってゆく。

 優姫達でも覚えている回の映像もあった。昔はテレビクルーが街中を走り回って撮影していたが、前大会からは衛星カメラを使うようになった。


 そしてあの映像が流れる――。


 ヘリコプターからの空撮映像。屋上から一人の少女が落下する。少女の身体が地面にぶつかる瞬間、優姫と琴乃はテレビから顔を背けた。


『勝者、No.04氷室美耶ひむろ みや。この瞬間、今年度セイブ・ザ・クイーンの優勝が決定しました』


 そろりと顔を上げる優姫。モザイクだらけの画面には雨の中に佇む二人の少女がいた。


『今回は最後の最後に痛ましい事故が起きてしまいました。セイブ・ザ・クイーンが始まって七十年、初めての死亡事故です――』


 一人は顔を引きつらせ、もう一人は目から血を流している。鋏で抉られた目にモザイクが掛かり、ナイトの顔が見えなくなっていた。

「前回は事故で人が死んじゃったんだよね。それなのに、今回も普通に開催するんだ」

「セイブ・ザ・クイーンは女王を決めるための重大な行事。あれは悲しい事故だったけど、簡単に中止には出来ないんだよ」

 優姫は不服そうに苦笑する。納得させるように琴乃が続けた。

「政府は万が一に備えて医師団と女王親衛隊を待機させてたんだよ。だから安全には細心の注意を払っていたみたい。それでも万が一っていうのは起こるの」

「ああこわいこわい。思っていたより危険な大会なんだね」

「リオのカーニバル、スペインの牛追い祭り。世界の大きなお祭りだと毎年必ず死者が出るものだよ。七十年もの間、セイブ・ザ・クイーンで死者が出ていなかっただけでも奇跡的だったと思うけど」


 テレビに女王の姿が映る。

「あ、女王だ」

 優姫が反応した。

 琴乃はクッキーを口に運んで画面に目を向けた。両手でカップを持ち、ミルクティーを一口飲んでから話を続ける。

「前大会の優勝者、氷室美耶様。それが今の日本国女王なのよね」

 二年前。前女王が退位し、過去五回のセイブ・ザ・クイーン優勝者の中から新女王を国民投票で選んだ。

 そこで第十七回優勝者の氷室美耶が圧倒的な支持を得て選出された。彼女の優勝時の衝撃は全国民の脳裏に焼き付いていた。


「美耶さんって今いくつだっけ」

「こら、女王を軽々しく呼んじゃダメだよ。ええと、即位したのが二十歳だったから今は二十二歳だね」

 女王はテレビの向こうで優しく微笑んでいる。

 慈愛と優しさに溢れた笑顔。まさに国家の象徴と呼ぶに相応しい女王だ。あの凄惨な事故の末の優勝者とは思えない。

「優勝者は望みを叶えて貰えるんだよね。それなら今の女王って何をお願いしたんだろう」

「うーん。でもこの女王ならお金とかじゃなくて、もっと良い事を望んだんだと思う」

「何それ。世界が平和でありますように、とか?」

 真顔の優姫を見て、琴乃は言葉に詰まって苦笑する。

「まあ自分の欲のために使ったんじゃないと思うよ。例えばあの時に亡くなったクイーンの家族への資金援助とか。あ、そう言えばナイトの人が目を怪我してたよね。もしかしてその治療に使ったんじゃないかな」


 ピンポーン。インターフォンが鳴った。

 キッチンの蛇口が閉まる音がして「はいはーい」と母の声が続いた。そして玄関のドアが開く音。

「誰だろう、お父さんが帰って来るには早い時間だけど」

 優姫と琴乃は窓から玄関先を見下ろした。家の前にトラックが停まっている。宅配便が来たらしい。母が伝票にサインして家の中に戻った。

「通販なんてしたっけな?」

 優姫は首を傾げながらテーブルに戻った。頬杖をついてクッキーを口に入れると、また琴乃に「下品だよ」と注意された。


 トントントントン。階段を上ってくる音。

 そしてノックもなしに部屋のドアが開いた。

「優姫。アンタ宛に何か届いたよ」

 母だった。琴乃を見るなり「あらいらっしゃい琴乃ちゃん」と一オクターブ高い声で愛想を撒いた。

 琴乃も正座したまま「お邪魔しています」と一礼した。すると母は再び元の声に戻る。

「またアンタ通販したの。胡散臭いダイエット用品じゃないでしょうね」

「違うってば。何も買ってないって」

 優姫は母から小包を受け取った。差出人は不明。

「そんな事より晩ご飯出来るから、もうちょっとしたら下りていらっしゃい。琴乃ちゃんの分もあるから良かったら食べて行ってね」

 琴乃は「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。

 琴乃は家が厳しいから礼儀正しい。アンタも見習いなさい、と目で訴えながら母はキッチンに戻って行った。


 ところで――。

「何だろうねコレ」


 差出人も相手の住所も分からない。

 何も書いていない包み紙を開けようとすると、琴乃が「ちょっとストップ」と遮る。

「怪しいよ。もしかして爆弾かもしれない」

「はあ。ぶっ飛んだ発想だね」

 優姫は冗談ぽく笑っているが、琴乃は至って真面目な表情だ。

「だってニュースでも言ってたでしょ、今日も駅のトイレで爆発があったって。犯人は無差別に爆弾入りの小包を送っているかもしれない。それが届いた可能性だって考えられる」

「まったく琴乃は考え過ぎだって」

 優姫は包み紙をビリビリ破く。琴乃は頭を押さえてギャーと叫ぶ。

 木箱が出てきた。高級なチョコレートでも入っていそうな雰囲気だ。木箱にも何も書いていない。上の蓋がオルゴールみたいに開くようだ。

「開けるよ」

「ちょ、ちょっとま――」

 優姫は琴乃の制止も聞かずに箱を開けた。


 こ、これって――。

 中を覗いた優姫はぽかんと口を開ける。

「琴乃。爆弾よりヤバいかも」

 横から覗いた琴乃は息を飲んだまま固まってしまった。優姫と琴乃は顔を見合わせ苦笑し、再び箱の中を覗き込む。

 中には、銀の指輪と青い石の首飾り。

「ええと、私が?」

 優姫は目をパチクリしながらゆっくり首を傾げた。琴乃も同じように首を傾げる。

 木箱の中には一枚の紙も入っていた。


【春日優姫様 

 貴女は第十六回セイブ・ザ・クイーンのクイーンに選出されました。貴女のご健闘を心よりお祈りします。 

                      セイブ・ザ・クイーン事務局】

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