第9話 おっぱいに腕を折られたっていいんだ!

「ん――――なああああぁぁぁにぃいいいいッ!?」


 エステル騎士団長の一閃を、ニペスはかろうじて剣で凌ぐ。


 しかしニペスの力では受け止め切ることができず、かなり遠くまで吹っ飛ばされた。


「「「――――」」」


 その一撃はニペスはおろか、決闘場にいる民衆全員の度肝を抜くには十分だった。


 ――速すぎる。


 そして、強烈すぎる。


 彼女が剣を振るう姿は、まるで不死鳥が羽ばたく瞬間のよう。


 気高く、美しく、まるで舞っているかの如き剣の軌道。


 ここにいる多くの騎士たちは、エステル騎士団長の実力を甘く見ていたはずだ。


 年々実力が落ちていると噂されるくらいなのだから。


 だが彼らは現在、きっとこう思っていることだろう。


 ――圧倒的に今までより強いやんけ、と。


「まだまだ――こんなものじゃありません!」


 エステル騎士団長の連続斬撃がニペスを襲う。


 その攻撃に、もはやニペスは防戦一方だった。


「ど、ど、どうなってんだ……!? 実力が落ちてんじゃなかったのかぁ……!?」


 聞いてた話と違う、と顔に書いてあるニペス。


 そりゃ楽勝だと思ってた相手が圧倒的に実力を上げてれば、そうなるだろう。


 しかし――喜んでばかりもいられない。


 特に俺は。


「うおおおおおおおおおおおッッッ!!!」


 エステル騎士団長が動く度に――いやおっぱいが動く度に、俺の両腕に途方もない負荷がかかる。


 おっぱいを支える腕がミシミシと悲鳴を上げ、指がへし折れそうになる。


 柔らかい物体を掴んでいるはずなのに、まるで別のモノを掴んでいるんじゃないかと思えるほどのパイ圧。


 すご――すぎる――っ!


 この二週間おっぱいを支えながら鍛えてきたはずの腕が、こうもあっさりと悲鳴を上げるなんて――!


 これが、エステル騎士団長の本気なのか――!


「うああああああああああああああああああああッ!!!」


 クソッタレ、今だけでいい――!


 この戦いで、おっぱいに腕を折られたっていいんだ――!


 だから今だけ――持ってくれよ、俺の【神の見えざる手ゴッド・ハンド】――!


 既に限界を迎えつつある肉体。


 だが俺は耐える。


 全てはエステル騎士団長のため。


 そして、彼女から任された〔おっぱいを支える係〕を全うするために。

 

「エステル騎士団長――――いっけえええええええええええッ!」


「ハアアアアアッ!」


 これが――最後――。


 エステル騎士団長が、ニペス目掛けて全力で飛び込む。


 その動きは、もはや目で追うことすら叶わなかった。


 ただ辛うじて俺の目に映ったのは――彼女振るう剣が、白銀の光を反射させた光景。


 それは彼女が全ての力を解き放ち、同時に俺の限界を超えた瞬間でもあった。


「は――――ひぇ――――」


 ニペスの剣が砕け散り――彼の身体が吹き飛ばされる。


 決闘場の壁に激突したニペスは巨大なクレーターを作り、壁にめり込んだまま気絶。


 そんな彼の姿は、さっきの啖呵も相まって無様を通り越して滑稽ですらあった。



「か……勝っちゃった……勝ちましたよ、レンくん――っ!」



 この瞬間、ワッと決闘場が歓声で沸き上がる。


 明確に勝敗が決し、皆がエステル騎士団長を称えた瞬間でもあった。


「お……おめでとうございます、エステル騎士団長……」


 こちらに駆け寄ってくるエステル騎士団長に、祝いの言葉を送る俺。


 だが――


「……レンくん? なんだか様子が――」


「ハ、ハハ……その……指の骨、全部折れちゃいました……」

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