第3話 SUGOI DEKAI

「どうしよう、帰りたい」


 ――『第081部隊・ワルキューレ』への配属初日。


 部隊寮の前で呟いた最初の一言は、それだった。


 言っておくが、怖気づいたワケではない。


 騎士として戦場に立つことが恐ろしいなんて、これっぽっちも思ってない。


 そういうことではなく――


「ヒソヒソ……男よ……」


「どうしてこんなところに男騎士がいるのかしら……」


「もしかして変質者……? でも騎士見習いっぽいけど……」


 ……こういうことである。


 視線が痛いのだ。


 俺にとってはこれから先輩となる『第081部隊・ワルキューレ』の女騎士たち。


 彼女らが、すごい怪しい者を見る目で見てくるのがツラい。


 そりゃ男子禁制の部隊寮の前で、見覚えのない男が突っ立ってたら警戒はするだろうけどさ……。


「いや、こんなところで挫けているワケにはいかないんだ。ここから俺の騎士ライフは始まるんだから……!」


 俺は意を決し、寮の中へと踏み込む。


 日本にいた頃、俺の通っている高校は男女共学だった。


 だからこういう女子高みたいな空気感の場所って、つい身構えちゃうんだよ。


 女の園って憧れる男が多いけど、実際は地獄――みたいな話もたくさん聞いたし。


 ……一応、配属先の変更を聖騎士団に申請することは可能だ。


 でもそれやっちゃうと、絶対キャリアに傷が付くんだよな。


 しかも臆病者呼ばわりされるのが目に見えてるし。


 まあ、あんまりネガティブに考えるのもよくないか。


 意外といい職場になるかもしれないし、ポジティブにポジティブに……。


 そう考えつつ、俺は騎士団長の執務室前に辿り着く。


 俺はピッと背筋を伸ばすと、ドアをコンコンとノックした。


『どうぞ、入ってください』


「失礼します!」


 執務室の中へと入る。


 そして後ろ手を組み、騎士団長の顔を見るよりも早くバッと頭を下げた。


「本日より『第081部隊・ワルキューレ』に配属となりました、レン・アーメントです! 若輩者ではありますが、ご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」


「ふふ、頭を上げてください。そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」


 ――俺を気遣ってくれるような、優し気な声と口調。


 それを聞いて、俺はようやく自分の頭を上げた。


 そして俺の目に映ったのは、あまりに見目麗しい女騎士。


 長い金髪と蒼い瞳、琥珀より美しいと思える白肌。


 日本にいた頃だって、ここまで美しい女性は見たことがない。


 まるで女神のようだ。


 そしてなにより――ひときわ目を引くのが、そのはち切れんばかりの巨乳おっぱい


「よく来てくれました。私が『第081部隊・ワルキューレ』の騎士団長、エステル・オ・パイヤネンです。これからよろしくお願いしますね」


 ――おっきい。途方もなくおっきい。


 世の中にはスイカップとかデカメロンなんて隠語が存在するが、まさにそれだ。


 彼女は執務机から立ち上がり、俺に向かって歩いてくる。


 ――たゆん、たゆん。


 大きく、丸く、足を一歩踏み出せばおっぱいが揺れる。


 ゆっさゆっさという擬音が服を着て歩いているかのような感動。


 これこそ神が創造せしめた至高の芸術。


 こんなおっぱいに埋もれて死にてぇ――そう思わせてくれる。


 おっぱい星人である俺にとって、それはもはや目の保養を通り越して劇物だった。

 

 咄嗟に、俺は地面に膝を突いて頭を垂れる。


 敬服の姿勢――と同時に、思わず反応してしまった下腹部を誤魔化すために。


「まあ、どうか頭を上げてくださいレン・アーメント。そんなにかしこまることはありません」


「い、いえ、そういうワケには……」


 ――万が一にも失礼があってはならない。


 俺の頭の中はそれで一杯だった。


 このエステル・オ・パイヤネン騎士団長……もう名前からしておっぱいの権家みたいな人だが、実は聖騎士団の中でも最強と目される一人。


 歳はまだ19歳で、騎士団長としては異様なほどに若い。


 しかしその剣術の腕前は一騎当千、彼女一人で中規模の騎士団一つ分の活躍ができるほどとまで言われている。


 聖騎士団には四天王と呼ばれる抜きん出た強さの騎士が四人いるが、彼女はその一人。


 要するに、めっちゃ強い人なのだ。


 ……そんな人を前に、おっぱいが気になって下腹部が大きくなっちゃいました――などとバレようものなら……首が飛ぶ。


 社会的にも物理的にも。


 おっぱいに負けるな俺。死ぬぞ。


 しかしエステル騎士団長はそんな俺の葛藤など気にもしない様子で、さらに近付いてくる。


「レン・アーメント……いいえ、レンくん。男性であるあなたが第081部隊に配属となったこと、さぞ驚いたでしょう?」


「そ、それは、まあ――」


 僅かに顔を上げる俺。


 しかし――あろうことか、彼女は俺と目線の高さを合わせるためにしゃがんだ。


 ――両膝に押し上げられ、ことさらおっぱいが強調される。


 しかもそれが目の前にある。俺の。


 SUGOI、DEKAI。


「フンッ!」


 俺は自らの拳で、自らの股間を殴り付けた。


 思い切り。


 男の欲望に抗うために。


「レンくん!?」


「い、いえっ、すみませんっ、騎士団長を前に萎縮している自分に、喝を入れただけですので……っ!」


「そ、そうですか……」


 ちょっとオロオロするエステル騎士団長。


 う~ん、そんな様子も可愛い。


 美人な上に可愛いくておっぱいがデカいとか、もう完璧だなこの人。


 俺は悶絶するような痛みを堪えて、彼女と一緒に立ち上がる。


「そ、それで、どうして男の俺が第081部隊へ配属になったんですか……?」


「……私が、あなたを必要としたからです」


「エステル騎士団長が……?」


「レンくん、あなたは成人の儀で【神の見えざる手ゴッド・ハンド】というスキルを得たそうですね。遠くにある物を自在に掴める、というスキルを」


「は、はい」


「……そのスキルの力を、私の傍で存分に発揮してほしいのです。そう――〝レンくんだけが果たせる役割〟があるの」


 俺だけが――果たせる役割――?


 これは、さっそく切り込んできたな。


 エステル騎士団長が直々にそんなことを言うということは、かなり責任重大。


 まさか騎士見習い上がりで大仕事を任されるとは思いもしなかったが、心して聞かねば。


「お、俺だけが果たせる、役割とは……?」


「ええ……単刀直入に言います」


 エステル騎士団長はひと呼吸置くと――



「レンくん、あなたを〔私のおっぱいを支える係〕に任命します」


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