水の星のファンタジア

困りものの後輩(1)

「協力要請?」

 中央セントラル公務官オフィサーズ大学カレッジ地質学教授、デラ・プリヴェーラはメッセージパネルに首をひねる。


 それなりの肩書だ。企業などからの協力依頼は引きも切らない。時間が許せば興味があるものには協力もする。

 しかし、発信者が中央星間管理局となると稀な話。大学を通さず、直接名指しとなれば只事ではないと感じる。


「誰に協力しろって? ああ、フェフ。彼女が私の名前を出したのね」


 同じく中央公務官大学に属するフェブリエーナ・エーサン博士の伝手らしい。生物学、生命学の博士号を持つ若き才媛はその専攻から管理局直轄の依頼を請けることも往々にしてある。

 デラにとっては後輩というポジションでの面識。分野があまりに違うので学問的な会話は少ないが普通に仲はいい。


(フェフを呼んだってことは生物絡みの発見があったとか、分類上専門的な判断が不可欠だとか、そんな案件でしょ? 地質学教授の出番なんかあるかしら)


 進化の背景に地学の知識が必要な場合もあるが、それは生物考古学畑の人間に協力を求めればいい。ラップしている範囲の知識で十分事足りる。


(そんなのは彼女が一番わかってるはず。それなのに声を掛けてきたってことは、なにか訳があるのね。聞いてみたほうが早そう)

 繋がるかわからないが個人回線を繋げてみる。意外にも一発で相手が現れた。


「わーい、デラ先輩、おひさです!」

 底抜けに明るいのはあいかわらず。

「ご指名いただいたんなら話くらい聞いてみないとね」

「やっぱりバレちゃいました? お力借りたくって」

「専攻以外の力じゃないでしょうね? あなた、ラゴラナの操縦訓練、悪戦苦闘していたでしょう」


 フィールドワークもするタイプの学者はひと通り操縦研修を受けていた。最後に会ったのも研修会場。

 ありがたいことにデラはそれなりの適性があったようだが、この後輩はなかなか慣れずに苦労の連続だった模様。さっさと修了した彼女と違い、居残りでしごかれていたはずだ。


「私をラゴラナパイロットとして呼ぶとか言わないでね?」

 フェブリエーナは「まさか!」と声を張る。

「難しい案件だから先輩を頼るんです! バリバリの地質学知識が必須なんですから」

「それを聞いて安心したわ。私を呼び寄せなければいけないような案件ってなに? 今、現地?」

「違いますよ。まだ、出発前です。デラ先輩のOKもらえないと、誰か他の人を当たらないといけないんです。お忙しいですか?」

 てっきり現地で地質学的な難問に突き当たったのだと思っていた。

「事前にそれだけわかっているなんて。……いえ、中央直轄の依頼だものね。それなりの情報が手元にある、と」

「そういうことです。地質調査でもわりと広範な知識がないと無理な感じですから。調査次第で結果が変わるかもしれないほどです」

「あら、持ちあげるじゃない?」


 関連性は明確ではないが、フェブリエーナほどの頭がいい人でも協力なしではクリアできない案件らしい。オロニトル星系の件で非常にいい結果が出て落ちついたところ。協力はやぶさかではない。


「わかったわ。付き合ってあげる」

 快諾する。

「時間掛かりそう?」

「正直、難易度高めの案件ですよ。まず、コミュニケーションを上手く成立させるところから始めないといけません」

「は?」

 とんでもない前提が出てきた。

「どこのどんな生物に地質学の知識を授けないといけないわけ?」

「惑星ネローメのロレンチノです」

「ロレンチノ? なにそれ?」


 耳慣れない単語が出てきた。専門分野でないから当然だともいえる。後輩にとっては常識でも、彼女にとっては能動的に調べないとわからない知識なんてごまんとある。


(生物……、知的生命体?)

 説明文にはそんな単語が並ぶ。

(惑星ネローメ。未加盟の惑星ほしじゃない。そこの原住生物の一種がロレンチノ?)


 続いて画像や映像のサムネイルがずらりとある。流し見たデラはぎょっとした。


有翼人ロレンチノ?」

「そんなふうに呼ばれることもあります。サムネイルにそんな題名を付ける人もいますね、目を引くために」


 画像には流線型の身体を持つ生命体がゆったりと翼を広げる姿。タップすると3D映像に変わる。白い胴体から広い翼を生やしたロレンチノは、それをゆったりとはためかせている。


「正確には『海翼人ロレンチノ』です。泳いでいるんですよ。彼らを初観測した生物学者がそう名付けました」

「なかなか奇抜な発想ね」


 そう思ったのは、人と呼ぶにはあまりにかけ離れた外見をしているからである。胴体のフォルムだけを問えば、海棲哺乳類のクジラの仲間が最も近い。


「でしょ? でも、人なんですよ、彼ら。音声会話をしています。それだけだったら高度な知性を認めるのは難しいんですけど、なんと電波交信もしているんです」

「で、電波? ほんと? 生身で?」

「ええ、専用の器官を持っているみたいなんです。発見した学者が海に落としたプローブに話しかけてきたそうです。だから、星間銀河人類われわれのことも知られてしまってます」


 事例がないとは言いきれないが、少なくともデラは初めて聞いた事態である。保全惑星の原住民に、すでに彼らの文明の存在が露見してしまっているとは。そうなるとコンタクトはかなりセンシティブなことになる。ひとつ間違えれば侵略者扱いだ。


「今回、わたしに要請されたミッションは、ロレンチノと接触しその知性レベルを評価すること。星間銀河圏への加盟意思があるかどうか問うこと。そして、その場合の利点を説くことです」

 三つの任務を教えられる。

「私の出番はどこ? どっぷり生命学に思えるんだけど」

「三つ目ですよう。星間銀河圏に加盟して利益を得るためには交易品が必要です。加盟金を支払うためにも。ところが彼らはほぼ物質文明を持っていません。なので、手っ取り早く資源採掘権の売買を持ちかけるのですが、その評価者が必須なんです」

「そうは言ってもね、彼ら、星間銀河人類との交流を求めているのかどうかもわかってないんでしょう? 段取りが早すぎない?」

 急ぎすぎている印象。

「そう思うんですけどね、星間管理局スポンサーが押せ押せなんですよ。どうしてもロレンチノを星間銀河に加盟させたいみたいで」

「惑星ネローメのほうに原因がある? それほど有望な資源が眠ってる可能性でもあるわけ?」

資源採掘そっちは方便っぽいです。どうも本物の資源はロレンチノそのものじゃないかと思って」


 聞き捨てならない内容だ。まるで星間管理局は海翼人ロレンチノという特殊な存在を研究するために加盟を急ごうとしているように聞こえる。


「なんだか嫌な話。降りたくなってきたわ」

 彼女は鼻を鳴らす。

「勘違いしないでくださいよう。管理局が欲しがっているのはロレンチノの文明のほうです。どうやら極めて高度な精神文明を築いている確率が高いと踏んでるみたいです。そっちが本命」

「精神文明か。たしかに好奇の的にはなりそうだわ」

「はい、わたしたちみたいに物質文明に首まで浸かっているとなかなか出会えませんから」

 理由がつかめてきた。

「ただ、発見者は反対の姿勢なんだそうです。『彼らは哲学者だ』って言って、星間銀河に加盟させず見守るべきだって主張しているんです」

「それであなたにお鉢が回ってきたわけね。でも、無理を通すのもどうかしら」

「そこは気にしないでください。なにより、当事者ロレンチノが外部との接触を求めてるそうですから」


(あ、なるほどね)

 相互に利益のある状況らしい。


「それと、先輩は『イグレド』を知っているんでしょ?」

 知った名前が出てくる。

「今回お世話になることになってます。仲立ちしてもらえると……」

「それをさっさと言いなさい!」


(マズい、この娘を野放しにしては)


「私に任せなさい。あなたは出しゃばらないように」

「え? え? 急になんです?」


 デラの背中を嫌な汗が伝いおりていた。

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