困りものの後輩(2)
久しぶりに会う後輩フェブリエーナ・エーサンに変わりはなかった。あいかわらずの童顔で、とても二十六歳とは思えない空気感をまとっている。
赤茶色の巻毛は短めにして活動的。くりくりと大きな茶色の瞳は忙しげによく動く。まるで少年のような雰囲気ながら、どこか可愛らしい女性の魅力も携えていた。
「やっと会えました」
屈託のない笑顔で抱きついてくる。
「たまにしかないロングジャンプの連続で疲れてませんか? わたし、結構きちゃってるんで甘い物でも食べて復活したいです」
「普通に休みなさい」
「でも、宙区支部基地とかそんなに寄る機会ないからどんなお店があるか興味ありません?」
とても疲れているようには見えない。
「私はフィールドワークの中継点に使ってるから見慣れてるわ。入ってる店舗もそんなに特色あるものではないわよ」
「中央で人気のあるお店が支店を出してたりしますよ? 行きましょうよ、デラ先輩」
「あきらめない娘ね」
どうやら付き合わねば話がはじまらなさそうだ。
(とにもかくにも、まずイグレドが来る前に説き伏せておかなければ。あんな好物をフェフの目の前に並べたら……)
どれほど騒ぐかしれない。
「イグレドが来るまで体を休めておきましょう。英気を養うのにも付き合うから」
「はい。護衛さんって
「人をなんだと思ってるわけ」
不安を抱えている様子。少し脅しておけば話が早いかもしれない。
「言っとくけど変に刺激しないようにね。剣呑な武器を手放さないタイプの……」
「あ、デラさん見つけた!」
少年の声に絶句する。
「メンバーに名前あったから安心してたんだ。また一緒できるね」
「どうしてこういうときに限って合流が早いのよ」
「ん?」
早足で駆けよってきたのはフロドである。こちらも子犬のような愛嬌のある笑顔で見上げてくる。
(ヤッバい。言い聞かせてる暇なかった)
頬が引きつる。
視線を移せば2m超えの長躯の青年。背負った大剣が好奇の目を引いている。そして、印象的な太く長い角も。
脇にはもちろん世紀の美少女。その正体は人間でもないのだが、メインシャフトホールに居合わせた中に彼女がどういう存在なのか知っている者がどれだけいようか。
(アウトよね)
フェブリエーナの丸い目がさらに丸く大きく見開かれている。目玉がこぼれ落ちてくるのではないかと、つい手で受けたくなるほどに。
「
予想どおりの反応。
(やっぱり知ってるわよね。しかも興味津々を飛びこえてる感じで)
生物学者が知らないわけがない。
「どうしてこんなとこに? 先輩、お知り合いなんですか?」
首が痛くなるのではないかというくらい視線が行き来している。
「……彼らがイグレドのクルー、今回の護衛でお世話になる人たちよ。待ち合わせの相手」
「つまり研究対象ってことで」
「どこをどうひねればそんな結論に達するわけ?」
たしなめる。
「だってだって、カレサニアンの方たちってあんまり星系の外まで出てこないんですよ? 入国しようとしたって、目的が調査ってわかると歓迎してくれないし」
「内気なんじゃない? フェフみたいに鼻息荒い学者がずかずかと生活の場に踏み入れてきたらいい気がしないでしょう」
「そんなことしませんよう。そっと覗くだけです」
理解していない。観察対象にされるのがどれほどストレスになるものか。好奇心が勝っているだけ自身の行動にまで気がまわらないのが研究者という生き物。
「ともあれ、今回ラフロたちは協力してくれるスタッフなの。配慮なさい」
不快にさせるなという意味。
「あーうー、でもこんなチャンスそんなにないのに」
「我儘言わない」
「仕方ないんな。たしかにカレサは閉鎖的なとこがあるんなー」
認めたのはノルデである。
「でしょー? うわ、超美少女!」
「目に入ってないんな」
「ごめんね、失礼な後輩で」
フェブリエーナを紹介する。残念ながら、今回メインのゲストであると。
「どこが残念なんですか」
「挙げてあげてもいいわよ、泣くまで」
「あ、やっぱりいいです」
雑な扱いをするが気にしない。彼女がこの程度ではくじけないと解っているから。
「ノルデはカレサニアンじゃないからね?」
紹介しつつ補足。
「解ってますよう。角がありませんもん」
「生憎なんな。それに、こっちの兄弟もあまり観察対象向きじゃないんなー」
「十分にカレサニアンじゃないですか」
「追々わかるんな」
(ラフロはね、あれだし。フロドだってまだ子供だから人種を象徴するような特質は備えてなさそう)
少女の言に納得する。
青年の身の上と性質を思いながら見つめていると厄介な後輩がニタリと笑う。嫌な予感がしてならない。
「そうだったんですか。先輩にしては珍しいですね」
ウェートレスマシンが運んできたタンブラーを受けとりながら言う。
「男っ気がないと思っていたらガチムチ系が好みだったとは。そりゃ同僚には少ないタイプですよね。職場恋愛は望めません」
「黙らっしゃい」
「そんなこと言わずに応援させてくださいよう。それで早く子供を生んでわたしに見せてください。カレサニアンは
勝手なことを言いはじめた。
「妙な勘違いしないで」
「誤魔化さなくてもいいです。いいじゃないですか、わたしのために孕むくらい」
「どこがよ! ってか、露骨に『わたしのために』って言ったわね!」
フェブリエーナの困ったところはこれである。好奇心を満足させるためなら周りのことなど欠片も気にしない。
「そもそもオープンテラスで平気で「孕む」とか言う単語を使うな!」
声はひそめつつ強く言う。
「えー、色々満足するならいいじゃないですかあ」
「よくないわ! それに彼に対する感情はそういうのじゃないの!」
「なんだぁ、つまんない。こうなったら身を挺してでもわたしが孕むしか」
まったく懲りていない。
「孕むな。子供は研究対象ではなくて愛するものでしょ」
「へ? 先輩って案外ロマンチストなんですね」
「私をなんだと思っているのよ」
「生粋の学者です」
「ぐ!」
自らを顧みれば反論はしにくい。デラとて現地に赴けば夢中になって土遊びである。身体どころか顔まで泥だらけになろうとも結果さえ出れば満足だ。
ただし、満足しているのは自分だけ。傍目から見れば若い女が平気でするようなことではない。解っていても改める気などさらさらない。
(はぁ、私も他人のことをとやかく言えた義理ではないわね)
ため息の一つもこぼれる。
「あきらめるんな。ラフロの子供を宿したら仕事は辞めてもらうしかないんなー」
ノルデがくすくす笑いながら言う。
「将来的にはともかく、今のところは次期カレサ王の子になるんな。王族に入ってもらうしかないんな」
「そう。大きな声では言えないけどラフロはカレサの王子なのよ」
「やっぱり身分の高い人だったんですね」
フェブリエーナはさして驚かない。
「気づいてたの?」
「立派な剣をお持ちですもん。たしなみを欠かさないのはそれ相応の身分だって知ってます」
「こんな時代遅れの大剣を見ても驚かなかったものね」
思い返せばそうだ。普通の現代女性であれば、背負っている大剣を見るだけで引く。彼女はまったく反応しなかった。
「カレサ人男性が帯剣するのは常識ですから。逆に帯剣してなかったら、銀河文明慣れしてるってわかるから興醒めですよう」
変な部分には理解を示す。
「あー、色々覚っちゃった」
「なんです?」
「私たちって他人をどうこう言えるほど普通じゃないんだったわ」
「今頃ですか」
おかしな会話に爆笑するフロドを前にデラは深く嘆息した。
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