ラフロの身上(2)

「大学が斡旋してきた理由は理解したわ」

 デラの言いまわしはつい学者ふうになってしまう。

「イグレドとそのクルーの能力の高さからってことをね。星間管理局がどこまで把握しているのかまではわからないけど」

「基本的なところは教えてあるんな」

「それは、あまり知られたくない事情? これほど新技術が満載では噂にならないほうがおかしいもの」


 完全に隠して活動しているわけではないのも予想できる。大学より上のほう、管理局本部あたりはラフロたちの正体を知っていて推薦してきているのだろう。


「あまり大っぴらにはしてほしくないとは言ってあるんなー」

 美少女が苦笑いしながら言う。

「ノルデはわかりやすくいうとゴート遺跡なんな」

「は? ちょ! 『ゴート遺跡』ってゴート宙区にあった超文明が遺した人工知性ってあれ?」

「合ってるよ。現地じゃノルデみたいな存在を『ゼムナの遺志』って呼んでるんだって。超文明が現人類に遺した案内人じゃないかって僕は思ってるんだけど」

 フロド少年があとを継ぐ。

「でも、カレサ人カレサニアンじゃないって聞いたけど丸っきり人間にしか見えないわ」

「このボディは端末フェトレル、対人類に合わせた生体端末インターフェイス。だから登録してるノルデの名前は『ノルデ・フェトレル』なんな」

「インターフェイス……、擬似生体ってこと?」


 ボブの黒髪に金の瞳という幻想的とも形容できる芸術品のような美少女。その正体は人造物。正確にいえば人造物の作った人造物という複雑な代物になるだろうか。


「この船もアームドスキンも高性能なわけよね。当然だわ」

 自慢のラゴラナも敵うわけがない。

「ごめんなさいね。私たちの態度って鼻についたでしょう?」

「ちゃんと謝れる人間を粗雑に扱ったりはしないんな」

「そう言ってくれると助かる」

 立場が逆転してしまう。

「見捨てられなかっただけ幸運と思えてきたわ。まだ協力してもらえる? 艇長キャプテンはあなたの判断に委ねているみたいだけど」

「ここのチームの主導権はノルデちゃんが持ってるみたいだしね。ゴートの技術開示は段階的だって聞いたことある。つまり君が加減する必要があるから?」

「ちょっと違うんな。ほんとはラフロが決めてもいいんな。でも、事情があるんな」


 歯切れが悪い。進んで明かしたい事情ではないらしい。弟のフロドも苦笑いしている。


(肝はここね。ラフロくんに感じる違和感は、物静かとか消極的とかそういうレベルじゃないもの)

 打って響く感じがしない。空虚に手を伸ばしているイメージ。


「兄ちゃんは無くしてしまったんだ、大切なものを」

 声に痛ましさがにじむ。

「僕の名前はフロド・カレサレート。兄ちゃんもラフロ・カレサレート。メギソンさんはこれの意味がわかるんじゃないかな?」

「ほんと? 僕ちゃんの記憶が確かなら……」

「なんなの?」

 相方は確認をしている。

「カレサ王朝。その正当な血筋の人がカレサレートの家名を名乗るってある。つまり、君たちは王族?」

「そうなんだ」

「王……? 今どき、いえ、体制として異常とまでは言わないし星間銀河圏でも事例はいくつもあるのは知っているけど、当人に会ったのは初めてだわ」


 権力の象徴たる綺羅びやかなイメージ、それを彼らには覚えない。皆と同じフィットスキンをまとっているし生活も質素な部類だろう。無論、威張りくさったところなど感じたこともない。


われっていう一人称に、少しだけそれっぽいところは感じられるけど)

 そう言われればのレベル。文化的なものといえばそれまで。


「王族が傭兵ソルジャーズをしているのは特殊過ぎる気はするけど」

 彼らの生業はそうだ。

「方便なんな。経済的な問題からじゃなくて事情が関係してるんな」

「いったいなにがあったら、そんな結論に達するのか興味が尽きないんだけど聞いてもいい?」

「デラさんなら言いふらしたりはしないでくれると信じて教えるよ」

 フロドが切りだす。

「昔、僕が生まれる前くらいにカレサは内戦をしてたんだ」

「内戦?」


 それほど珍しいことではない。政治的経済的、あるいは宗教的、いくらでも理由はある。わずかながら民族的なんていうのも未だに存在しているとデラも知っていた。

 それらに星間管理局が関与することは少ない。文化的背景の強い事象に中立的統制機関が介入するのは、人類が必要とする多様性を破壊するものだとされているから。


「実は僕たちの生まれた惑星ほしカレサは二重惑星。兄弟星アレサが隣りにあって、星間銀河加盟以前から植民が盛んだったんだよ」

 珍しい環境に思える。

「環境は特殊に聞こえるけど発展としては順当じゃないかしら」

「環境としてもそれほど特殊ではないね」

「そうなの、メギソン?」

 惑星考古学を専攻する教授の言なのだからそうなのだろう。

「生命が発生して人類にまで進化するにはいくつかの条件が必須となってくるのさ。その中に潮汐力ってものもある。生命が多様性を持つにいたるには海洋の中でシェイクされる必要があるんじゃないかというのは定説だね。だから、人類発祥の地は大きな衛星を持っていたり、二重惑星だったりするケースは少なくない」

「なるほどね」

「実証実験をするにはスパンが長すぎて不可能だけどさ」


 統計的に見られる傾向から導きだされた結論だという。これほどまでに文明が発展しても、確実に生命が発生にいたる条件というのは判明していない。様々な偶然の産物だとされている。


「ああ、ごめんなさい。話を戻して」

 キョトンとしているフロドに言う。

「いいよ、面白い話だったから。ともかくカレサとアレサを合わせてカレサ王国だった。でも、アレサに広範な自治を認める政治体制を敷いていたんもんだから、勘違いしてしまった一部の軍人がアレサ独立戦争を起こしちゃって」

「どこにでも転がっていそうな話ね」

「王制なんて古い。民主的な国家アレサを建国するって主張してね。でも、その実は軍政国家で、とても民主的とはいえないものだったんだよ。強国化のために市民の私財まで徴収する始末だったから」

 主張は正しくとも、主導する人間が悪かったようだ。

「認められないわよね」

「うん。前国王の急逝で玉座に着いた、若い王様だった父上はアレサ鎮圧に踏みきったんだよ。それが十九年前の星間宇宙暦1427年」

「結構前ね。十九年っていったらラフロくんが三歳のころ?」


 公開項目の増えたプロフィールページを投影パネルで確認する。ラフロの年齢は二十二歳になっていた。


「カレサって軍部が大きな発言力を持つくらい元から尚武の国。剣闘が盛んで、王族でも強さを求められるほど」

「それは見るからにって感じよね」


 ラフロは驚くほど長大な大剣を身から離さない。それはフロドも同様で、佩剣こそしていないものの身近にいつも普通の長剣を置いていた。カレサニアンの身に染みついた慣習らしい。


「だから父上は内戦でも前線にいたんだ。初期はアストロウォーカーで。アームドスキンを導入してからは先頭に立って」

 声音に憧れがにじむ。

「母上も王妃でありながら戦術家の面を兼ね備えてて。父上をサポートするために、ともに前線に行ってたって聞いてる。三歳の兄ちゃんを王宮に置いて」

「それは……」

「ないがしろにしてたんじゃない。もちろん大事な年頃だって母上もわかってたんだ。でも、誘拐や暗殺の危険が多い外に居させるわけにはいかなくって」

 やむを得ない状況なのは理解できる。

「本当に信用できる数人の配下に王子の世話を頼んで行ってた。それでも危険を少なくしようとすれば、ほとんど隔離しているような状態だったって」

「なんというか、むごい……」

「兄ちゃんはずっと一人。剣だけを友にして修行する毎日だったんだって」


(それだと心が育たない)


 なにが起きるかデラにも想像できる環境だった。

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