ラフロの身上(1)

(ほんとに驚かされることばかりでわからなくなりそう)

 デラは困惑する。


 彼女らは突風と砂流に襲われたものの遭難はまぬがれた。それはラフロという、まだ深く知りえていない青年の機転によるものが大きい。

 それどころか自らの無事に安堵しているデラの視界にイグレドの姿が入ってくる。トラブルを察して救助に駆けつけてきてくれたのだ。


(まさかと思ったわよ)


 小型艇が後尾に背負っていたのは二枚の金色の翅。底部からも一対の翅が伸びている。さらにはハンマーヘッドの両端にも短いフィンが輝いていた。


(アームドスキンどころか乗っていた船まで重力波グラビティフィンを搭載してるなんて)


 なめらかに降下してきたイグレドは風上に船首を向けて魚が泳ぐように近づいていくる。特殊な船型は厳しい環境の大気圏下でも安定して航行できるよう設計されていたようだ。

 そこへ重力波グラビティフィンという先進推進機関が装備されている。全く危なげな様子がなかった。


(お陰で怖い思いをしたのも忘れかけてる)

 今は自室でゆったりと過ごしている。


 半ば砂に埋まっていたラゴラナも問題なく飛びたってすぐに収容してもらえた。基台に戻るとすぐさまチェックの整備マニピュレータが伸びてきたので心配するまでもない。デラは心落ち着けるために一度自室に下がらせてもらって休んでいるのだ。


「彼らはいったいなんなの?」

 つい独りごちてしまう。

「第一惑星でなにが起こったかより、ここのクルーのほうが気になっちゃう」


 とはいえ、いきなり詮索するわけにはいかない。が、興味は薄れない。どうにか聞きださなければ気がすまなくなっていた。


(ちょっと頭を整理してからね)

 考え事をしているうちにデラは少しウトウトしていた。


 気づくと一時間以上経過していて跳ね起きる。身なりを整えてから再び操縦室へと出向いた。


「平気だった、デラさん?」

 フロドが尋ねてくる。

「お陰様でね。今は?」

「元の位置に戻ってる。分析もだいたい終了かな?」

「終わったんな」

 ノルデもコンソールでの作業を一段落させた。

「あれはなんだったの?」

「わかったんな。集まったら説明するんな」


 メギソンも呼びだしているらしい。ほどなく相方は欠伸をしながら操縦室に入ってきた。


「ふぅ、ひどい目に遭った」

 しっかり眠っていたようだが。

「言ってるわりに呑気じゃない?」

「精神疲労の回復さ」

「はいはい。で、なにがわかったの?」

 かまっていられないので聞きながす。

「どう考えても、あれが探査機を飲みこんできた原因よね。あの鉄砲水みたいは砂流はどうして起こったのかしら」

「端的に言うと風で流されただけなんな」

「風? そんな可愛らしいものではなかったわ」


 ブリガルドに庇ってもらえなければ最初の衝撃波で転倒していただろう。そのあとは抗すべくもなく砂流に飲まれて遭難していたはずである。


「見るんな」

「ん? 大気状態? それにサーモグラフィを重ねて?」


 監視していたイグレドが録画していた過去映像に分析結果が重ねられる。複雑な大気の流れが生まれていた上空には、昼の面で熱せられていた空気と夜の面で急激に冷やされた空気がまだらに存在していた。

 くっついたり離れたりしていたそれぞれの熱分布だが、ある時偶然に冷やされた空気が合体し塊ができた。そして崩落する。


「ダウンバースト」

「正解なんな。普通のダウンバーストとは生まれ方が違うけど現象は一緒なー」


 今度は縦割りのモデル表示に変わった。風のおかげで大気は一様に冷えていく。しかし、重金属の地表は熱を周囲の空気に放散することで冷える。熱せられた空気は密度を下げて軽くなり冷気を縫いながら大気圏上層まで盛り上がっていった。

 それが上空でのまだらの熱分布の原因。ランダムな熱気の盛り上がりと冷気の混在。熱気の頂上部が重なったところに取り残される冷気。ある瞬間、冷気は熱気の山腹を駆け下りていく。第一惑星の高い重力の余勢を借りて。


「とんでもない速度の冷気の塊が降ってくるのね」

「衝撃波を伴うほどのスピードで落ちてくるんな。地表に衝突して衝撃をまき散らし、金属砂さえ持ちあげて流してしまうんな。それがあの砂流の原因なんなー」


 熱気の裾に沿って落ちてくるので流れは一方向に向かう。それが彼女たちのいた谷ができた理由なのだという。

 ノルデの推測によれば、昼の面でできた風紋によってダウンバーストが起きる場所は変わっていく。ただし、惑星時間で数日は似たような位置で起きている可能性が高い。それが谷ができる原因ではないかと考察される。


「物騒極まりないねぇ。それじゃ、一晩の間にあんな危ない現象がほうぼうで起きてるってことじゃん」

 メギソンが身震いしている。

「地形を見れば多少は予測できる。でも絶対じゃないってとこ?」

「そうなるんな」

「見てる感じ予測もつきづらそうなんだよね。あるとき突然様々な規模で起きる感じ。一定の規模を超えると重い砂流に襲われるくらいのやつが」

 事態は深刻だ。

「過去の探査でこんな現象を見落としていたなんて」

「大気層が薄くて舞いあがるほどの軽い塵もないから大気状態は確認しづらいんな。ノルデも気づくのに時間が掛かってしまったんな」


(救助から一時間強で判明してるのよ。時間が掛かったなどというのは謙遜が過ぎるわ)

 それほどの新事実が、だ。


「平地雪崩」

 自分たちが飲まれかけた砂流の上空からの映像を見ながら比喩する。

「言い得て妙なんな」

「たしかにピッタリだねぇ」

「じゃあ、今後はこの現象を『平地雪崩』って呼ぶわ」

 デラは肩をすくめながら言う。

「これを避けながらの探査ってなると困難を伴いそうね」

「え、まだやる気?」

「危なくない、デラさん?」


 探査継続を主張する彼女にメギソンやフロドは目を丸くしている。当然危険と判断して中止すると思っていたようだ。


「中止はしない。ラゴラナを採用して最初の本格的な厳環境探査なのよ。なんの実績もなしに終われば探査専用アームドスキンの有用性が問われるかもしれない」

 懸念を明らかにする。

「現状を維持したいし、専用機の更なる開発も進めてほしい。それには成果が不可欠だわ」

「そりゃわかるけど……。第一惑星の成り立ちの究明の糸口がつかめただけじゃ足りませんかね?」

「あなたの側は多少の成果と認められるかもしれない。でも、私の側もなにか拾えないと駄目。それも利益を生みだせるくらいのものじゃなきゃ」


 瞳に覚悟を宿し皆を見まわす。相方は困り眉で見返してきていた。


「ラゴラナに支障はないよ」

 フロドがため息を挟みながら言う。

「駆動系に大きな傷はないみたいだし、入りこんだ金属砂もエアクリーニング掛けてる。でも、同じトラブルに何度も巻きこまれるようなら問題が起きてもおかしくないと思う」

「もちろん危険を感じないだなんて言わないわ。平地雪崩について、もっと詳細に調べなければいけない。加えて、イグレドのサポートも不可欠だと思ってる。だから教えてちょうだい、あなたたちのスペックを」

「たしかにねぇ。こう驚かされてばかりだと」


 彼女が期待しているのはそこ。普通だったら諦めねばならないところを、彼らの助力があれば可能だと思えてしまう。


艇長キャプテンラフロ、あなたの判断は?」

「契約はノルデが決めた。われはユーザーの意向に従い全力を尽くすまで」

 同意は得られる。


(でも、どこか変な言い方なのよね。状況を分析している間もなに一つ意見はしなかったし)

 興味がなさそうな感じでもなかった。きちんとデータに目を通す素振りは見られたのだ。


 デラは青年の反応の薄さの原因が理解できていなかった。

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