高重力探査行(4)

 惑星探査専用機『ラゴラナ』には戦闘用アームドスキンにはない装備がいくつかある。大きなところでは多種多様な観測用センサー類が挙げられるが、目立つところでは腰回りのレールを走るコンテナもある。


「あわよくばって感じだったのに、いきなり拾いもんだったなぁ」

「よろしかったこと。こっちも手伝ってくださる?」

「わ、はい! 喜んで!」

 デラの皮肉にメギソンは慌てている。


 指先の小型ラッチにサンプルケースを噛ませて周辺の金属砂を収集した相方がコンテナに収めて直立する。そういった作業も降機せずに可能となっているのは、彼女ら研究者が開発時から仕様に関わっていたお陰である。


「ちょっと移動するわ。いい、ラフロくん?」

「わかった」


 冷めた応えが返ってくる。興奮しているのは自分たち研究者だけで青年は興味を惹かれないのだろう。


「移動しながら砂の収集してもいいんだけど、地核層の組成にも手を出したいのよね」

「予定時間まで二時間あるから可能だろう。掘削の手間を考えれば表層の薄い部分を選ぶべきだ」


(あら、現実的な提案だわ。彼、案外頭がいいのかも)

 見るからに戦士肌であるだけ機転が利くところが目立つ。


「そうね。表層砂が思ったより流動的だから穴掘りは大変そう。幸い、ほくほく顔の人夫がいるから頑張っていただくわ」

「僕ちゃんのことかぁー」


 砂漠の風紋の表れ方からして金属砂が磁化しているのではないかと考察していた。金属同士が擦れあって磁気を帯びる変化。これを摩擦磁化という。

 しかし、歩いた感じではかなりサラサラしているのがわかる。磁力を帯びているにしてもわずかだろうと思われる。


「本格的に分析してみないとわからないけど、表層は磁化しにくい金属が占めていそうね」

 デラは足元を見つつ感想を述べる。

「塊にならないところを見ると間違いないかな。足首機構への砂の入り込みによるアラートが出てる」

「問題がなければ続行する。帰還してからチェックしてもらえばいい」

「ええ、今のところ警報だけだから駆動に問題はなさそう」


(口ぶりからして彼の『ブリガルド』は警報が出てない? あっちのほうが構造的に耐性が高いってこと?)

 厳しい環境の局地仕様であるラゴラナよりタフだというのは面白くない。

(戦闘用っていうのを加味しても腑に落ちない。どこで、どういう意図で建造された機体なのか興味が湧いてきちゃうじゃない)


 若干不快な「ギジギジ」と鳴く砂を踏みしめる。真新しい足跡は強く吹く風がたちどころに消していってしまう。三機のアームドスキンは星明りの中をライトで足元を照らしながら進んでいく。


「やっぱり重いねぇ」

 沈黙を嫌ったメギソンがこぼす。

「冗談じみたパワーマージン取ってあるのにかなり駆動負荷が掛かってる」

「そうね。それでも差し障りなく動いてくれるんだから管理局の兵器開発部には感謝しないと」

端子突起ターミナルエッジを出力100%にしても浮きもしないじゃん。重力加速度20.2は伊達じゃないって?」


 反重力端子グラビノッツ出力はパーセンテージで調整可能。これは単純数値化が難しいためである。惑星それぞれに重力加速度が違うので、機体の重量をゼロにする出力もそれぞれに違うからだ。


「それは勘違いなんな」

 開いた通信ウインドウには美少女の顔がある。

「おや、ノルデちゃん、そうなのかい?」

「重量ゼロを出力100%設定にしてるのは、可住惑星を基準にしてるから重力加速度が8〜13の間だけなのな。それを超えるときは最大の13で重量ゼロが出力100%なんな。機体を浮かせるには100%を超える設定をしないといけないんな」

「ほへ? これの設定って100%以上にできるんだ」

 メギソンだけでなくデラも初耳だった。

「じゃあ、離脱時設定は?」

「教えたんな、帰るときはシステムに指示すればいいって。内部設定で137%にしてあるんな」

「そうだったわね」


 重量をゼロにできなければ惑星からの単独離脱は不可能。探査に夢中になって失念していたが、たしかに離脱方法の説明はノルデから受けていた。


(いけない。訓練を兼ねて可住惑星クラスの探査はやってきたけど、高重力惑星での操縦は初めてじゃない。それをプロフェッショナルのはずの私たちじゃなく、請負に指摘されてどうするのよ。恥ずかしい)

 羞恥に唇を噛む。


「それじゃ、最初から重量ゼロ出力で活動したほうが楽でない?」

 メギソンが気楽に言う。

「やめとくんな。密度が高すぎて重力分布にかなりバラつきが見られるんな。こういう惑星ほしで機体を浮かせると流されるだけなんな」

「あー、なるほど」

「地に足つけて頑張るのが一番なー」


 彼らも科学者だけになにが起こるか容易に想像がつく。おそらく地表付近で重量ゼロで留まろうとすると、重力の強い方向へ徐々に引かれてバウンドする。反動で跳ねたところをまた別の方向に引かれてをくり返す羽目になるだろう。


(だから降下時の設定を100%にしてあったのね)

 安全に配慮できていなかったのはデラたちのほうだった。


 活動しやすいよう調整されていたのが事実。アームドスキンの特性の理解に関してはイグレドクルーに一日の長があるらしい。もっと素直に耳を傾けるべきだと反省した。


「ラフロくんに先行してもらって警戒しつつ、砂層の少ないところを探すわ」

「ほいほい、了解。それが無難だねぇ」


 超音波エコーの表示を注視しつつ移動する。砂層の増減は確認できるが少ないところの基準がなく迷う。場所によっては金属れきと思われる層の存在も認められる。


「ここの谷あいは砂層が薄そう。掘ってみましょう」

 呼びかけて作業を開始しようとした。

「待て」

「どうしたの?」

「緊急リンク。反重力端子グラビノッツ、出力150%」


 ブリガルドが二人のラゴラナを押しやりながら後ろにまわる。一時的に制御が奪われて、反重力端子グラビノッツ出力が跳ねあがった。

 ラフロが注目している方向を見ると砂埃が上がっている。それが奇妙な形に盛りあがり、広がっていっているように見えた。


「対ショック姿勢。衝撃波、来るぞ」

「え? え? なにごと?」

 殴られたみたいな衝撃がある。

「うわ!」

「きゃあっ!」

「耐えろ。グラビノッツで衝撃吸収をしている」

 強い衝撃は一瞬だけで機体は転倒していない。

「なにしてるの!?」

「放散した衝撃波の重力子グラビトンを奪いとって運動エネルギーを減衰させている。しばらくすれば行き過ぎるはずだ」

「すっごい突風ぅ!」


 メギソンが指摘したように、衝撃波のあとにはとてつもない突風が彼らを襲っている。塊に感じるほどの空気が叩きつけられているが周囲だけは抑えられている様子。


反重力端子グラビノッツで周囲の空気の運動エネルギーを奪いとって耐えてる?)

 二人のラゴラナは青年のブリガルドにしがみついて耐える。


「ヤバい! あれ!」

「鉄砲水!?」


 次に迫ってきたのは急流だった。ただし、それを構成しているのは金属砂である。


反重力端子グラビノッツ200。絶対に離すな」

「ひいぃ!」


 相方は情けない悲鳴をあげながらラフロのアームドスキンに抱きつく。ブリガルドを先頭に中洲ができたように砂の流れが止まる。ブリガルドの反重力端子グラビノッツが砂の急流を抑えこんでいた。


「これは!?」

「わからない。が、どうにか持ちこたえたようだ」


 金属砂の急流は徐々に収まっていき止まる。耳を脅かしていた轟音も通り過ぎていった。

 残されたのは、金属砂でできたすり鉢の底に佇む三機のアームドスキン。腰まで埋まっているが、すり鉢の深さを考えれば本来は完全に埋まっていてもおかしくはなかっただろう。


(なにが起きたの?)


 デラは呆然とすり鉢の縁を見上げていた。

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