角持つ青年(2)
その小型艇は特異な形状をしていた。
通常、航宙船は平べったい形をしていることが多い。それは共通フロアベースを広く取るための設計からくる。
人工重力を効かせるのはエネルギー効率的にも相互干渉の点でも一つの平面であったほうが好ましい。一隻の構造体の中でもそのフロアベースとなる面の数を少なくするのが常識となるためだ。
ところが接近してくる艇は縦長に平べったい。まるで魚を正面から見たような形に思える。もっとも、その魚は先端にハンマーヘッドを持っていて、腹の部分も横に張りだすほど膨らみを見せている。
膨らみがカーゴスペースだと考えれば非効率的だとは言いがたいが、全体に縦長の艇体は見慣れないもの。宇宙を泳ぐ魚といえば聞こえはいいものの、悪目立ちしそうで首をひねらざるを得ない。
(あれに乗らなきゃなんないの?)
デラは若干憂鬱になる。
最終減速を終えている小型艇は予定どおりF16番
「んじゃ、まいりますか。『ラゴラナ』の積込みを先に済ませて打合わせでいい?」
奇妙な形の艇体になんだかんだと評定を述べていたメギソンが誘ってくる。
「そうなるわね。まずは顔合わせってとこ」
「あのサイズなら多くても十人程度のチームかねぇ」
「しばらくは世話になるんだから平和にいきたいところ」
(こっちの要望に添わない能力しかなければ、ただの乗客になるしかないけど)
不安は増すばかり。
(そうなったら多少はギスギスした空気も覚悟しとかなきゃね)
「あの話、聞いたでしょ?」
相方に振る。
「小型艇『イグレド』のキャプテンのこと?
「
「ただの噂ならいいんだけどさ、本当だったらちょっと困るかもね。ただ、大学が妙に
彼女も矛盾を感じている。
「傭兵らしくない傭兵だから、粗野で研究職とは水が合わないとかトラブルが多いとか問題は少ないのかしら」
「温厚な人物ってこと?」
「そっちが重視されててもおかしくないでしょ?」
評論しつつフロアエレベータを降りる。
(大学斡旋なのに乗員プロフィールがオープンじゃないのが引っ掛かるわ)
妙な形の艇体を眺める。
(開けてみなきゃわかんないビックリ箱。サプライズ好きならワクワクするんでしょうけど)
注気終了サインが出てエレベータのロックが外れる。艇にもダイレクトパスウェイが接続された。メギソンを促してベイフロアに降りる。
メルメットは腰のフックに掛けて身だしなみのチェック。嘗められるのはいただけない。
(好色な目で見られたくないし)
バストが豊かめなのを隠したい。
パスウェイゲートのスライドドアが開いて大柄な人物が姿を表す。身長は2mを超えているだろうか。羽織っただけのブルゾンから覗くフィットスキンは筋肉で盛り上がりを見せている。
(どこが臆病者? ガチガチの兵士肌じゃない)
つい、痩せぎすでおどおどした人を想像していた。
大柄な男がヘルメットを脱いで振り向く。その外見にデラは目を丸くした。
太い首に見合った太い
太い眉に縁取られた切れ長の目には黒い瞳。瞳孔がやや縦長なところに異質な感じはする。見た目は至って普通、精悍で美形寄りの青年だと思った。
癖の強いカールした髪は長めに伸ばされていて背中に少し掛かるほど。不潔なイメージはないがあまり艶がなく、薄茶色の蓬髪に見える。
しかし、目を引いたのはそこではない。額の上、髪の中から異物が顔を覗かせている。見るからに角である。
円錐形のそれではない。前頭の左右に根本を持つ角は徐々に細くなるつつも、頭蓋骨に沿って頭頂の両脇を過ぎるところまで斜めに伸びている。正面からは裏側が見える位置まで。
根本では直径が10cmはある角は断面が楕円をしているであろう。灰色で節があり、ゴツゴツとした表面をさらしていた。
「え……?」
デラは絶句する。
(なに? 人間? 怖い)
動転して腰が引けた。
「ひょっとして
メギソンが尋ねている。
「そうだ」
「こんなところでお目にかかれるとは思わなかったねぇ」
「珍しがられるのは仕方あるまい」
(カレサニアン? あ!)
ようやく思いだした。
星間銀河圏加盟の歴史は浅くない。見た目は人口の九割近くを占める
ただし、彼らは有名ではない。あまり自分たちの領土内から出ないタイプだからだ。なのでメギソンのように惑星考古学を専門としていれば興味の対象だろうが、一般人であればどんな外見をしているかも知らないだろう。デラも多数派に属していた。
(恥ずかしい。これは学者としてはあるまじき態度)
異質な人種を差別に近い目で見てしまっている。やってはならないこと。
「失礼したわ。私はデラ・プリヴェーラ、よろしく」
「ラフロ」
青年は表情一つ動かさない。
「わかったわ、ラフロ。あなたはパイロット? キャプテンを紹介してくださらない?」
「
「ごめんなさい。若く見えたものだから」
(失礼を重ねちゃったわ。気分を害してないかしら)
窺うが、苛立った感じは見せてこない。自制しているのだろうか。
大きな身体の向こうから少年が顔を覗かせる。幼さはあるものの、青年と似た顔立ち。兄弟なのはすぐにわかった。
「こんにちは」
「初めまして、デラさん。僕、フロド」
会話は聞いていたらしい。
「兄ちゃんはいつもこんなだから気にしなくていいよ」
「そうなの?」
「愛想悪いけど怒ったりしないから」
(あら、可愛い)
青年と違って極めて愛想が良い。
柔らかそうな丸い頬。ニコニコとしているので余計に柔らかな印象になる。造作もよく、大きな目に真ん丸の黒い瞳が可愛らしさを際立たせる。瞳孔は同じく若干縦長だが。
薄茶の髪も同様に癖っ毛で襟元で整えている。艶がなく無造作に思えるのは人種的特質であるらしい。ただ、くるくるとカールしてボリュームを感じさせる頭は幼さを助長している。
そして、やはり前頭部からは角が生えている。ただし、少年の場合は尖った先端を持っていないようだ。丸い節のある突起が髪の間からちょっと覗いているだけ。どうやら年齢とともに成長するものらしい。
「なるほど。これはプロフィールを未公開にしてるはずだ」
メギソンが納得している。
「カレサニアンだって知ったら人類学関係の連中が食いついてくるに決まってるじゃん。護衛依頼でなく、乗員観察狙いでさ」
「そうなんだ」
「そうさ、フロドくん。僕ちゃんはメギソン・ポイハッサ、よろしくちゃん」
軽い自己紹介を交わしている。
「だったらノルデが知っててそうしてくれたんだと思うよ」
「それは誰だい?」
「ノルデならここなんな」
(え、なになに? どうして?)
驚きの連続。第三の人物も少年と同年代の子供だったからだ。こちらは少女に見える。だが、彼女はカレサニアンではなさそうだ。角がない。
(それとも女性は角が生えないとかもあるのかも)
デラは戸惑いながら少女を観察した。
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