角持つ青年(3)

 一言でいえば美少女。年の頃なら十二、三歳と、見た目に男女の差が明確になってくるくらい。ノルデはすでに将来を約束されたかのような美しさの片鱗を見せている。


「っと、君はカレサ人カレサニアンではないんだねぇ」

「ノルデは違うんな」

 奇妙な口癖の語尾でメギソンに答えている。


(あら、違った)

 目顔で聞くと、頭を指さしているので女性でも角が生えるものらしい。


 ボブの長さにした黒髪は肩の高さで毛先を揃えてくっきりとした輪郭に。前髪も眉の長さで一直線に揃えられている。艶々としたストレートは光を反射して天使の輪を形作っていた。

 細い眉にパッチリとした目。形容しがたい神秘的な雰囲気を宿す金色の瞳で見つめてくる。フロド少年のような無邪気さはない。理知の輝きが灯っている。


 顔立ちは、高名な芸術家が一世一代の作品を残そうと腕を振るったかのような造作。寸分たがわぬ精緻な頬の曲線につづく細いおとがい。鼻梁も高すぎず低すぎず絶妙なラインを描いている。

 無垢を主張するかのような小さな唇は桜色。ふっくらとして、女性の目でも惹いてしまう魅力を携えていた。そこから紡がれる声音も鈴が鳴るような可憐な響きを含んでいる。


(世紀の芸術品だわ)

 もう目が離せないでいる。

(広い星間銀河圏ならこんな子もいなくはないんだろうけど、少なくとも私の周りでは間違いなく一番の美少女)


「可愛いねぇ」

 考古学者の男も驚いている模様。

「こっちの二人は兄弟みたいだけど君は? 乗員って年じゃないと思うけど」

「訳ありなんな。機会があったら説明するのな」

「で、他の乗員クルーは仕事中?」

 デラは気になって訊いてみる。

「『イグレド』に乗ってるのはこれだけだよ。他には誰も乗ってないから仲良くしてね」

「はい? フロドくん、そんな冗談はちょっと場違いよ」

「嘘じゃないよ。ほぼ自動化されててお姉さんたちの手を煩わすこともないから安心して」

 少年が耳を疑うようなことを言ってくる。


 確かに現代の航宙船は自動化が進み、それほど大人数のクルーは不要。公的資格を保有する操舵士ステアラーは必須とされているものの、複数名を義務としてはいない。航宙プランや軌道計算はシステム任せで構わないし、生命維持管理もそう。

 他に航宙に不可欠といえば知識のある機関士エンジニアくらいか。そこの修理ができなくなると宇宙で立ち往生して命に関わる。


 大型船舶となれば様々な管理に人員を配置するものだが、それは業務の効率化に必要なだけで不可欠ではない。なので収益状態によって増減をするポジションとなってくる。


 ただし、戦闘用艦艇となると話は大きく変わる。火器の稼働は自動化されていても最終的な判断をする人間は必要だ。兼務できなくもないが、一人に掛かるウェイトが大きくなると戦闘に支障をきたす。


 そして、なにより機動兵器の運用。多少の問題が出ていても砲手ガンナーとして機能していればどうにかなるアストロウォーカーを使っていたのは昔の話。

 アームドスキンが一般的となっている現在ではメンテナンスが重要な意味を持っている。格闘戦もやる機動兵器を運用するというデリケートな一面がそれだ。


(パイロットと整備士メカニックのコミュニケーションが上手くいってるかどうかで発揮される性能に差が出てくるほど。それは探査専用機ラゴラナだって一緒なのに)

 デラは早々に失敗を覚る。


「どうも事前の人員調整に食い違いがあったみたいね。これから私たちのアームドスキンの整備士メカニックを呼ぶから時間をいただけるかしら」

「『ラゴラナ』のメンテナンスシートならもらってるんな。心配いらないのな」

 美少女がさも当然のように言う。

「ラゴラナをちょっと優秀なランドウォーカーくらいに思ってない? 立派なアームドスキンなのよ」

「わかってるんな」

「見てもらったほうが早いよ。乗りこんで、デラさん。貨物スペースに持ってきてあるんでしょ?」

 フロドに促される。


 デラはまだ納得していない。しかし、見せたほうが早いという意見には賛同する。星間管理局が最新技術を投入した惑星探査専用機を見せつけるつもりになった。


「そうさせてもらうわ」

「うん、イグレドのメインハッチは後ろだからそこからね」


 子供たちに見送られる。唯一大人である口数の少ない角持つ青年は淡々と彼らの動向を見つめているだけだった。


(馬鹿にして。それなら見せつけてやるんだから)

 若き教授は腹立ちを抑えつつ貨物スペースへフロアエレベータで降りる。


「まあ、そう膨れないでさ、デラ」

 相方が取りなしてくる。

「腹立たない? メギソンだってラゴラナがどれだけ高性能かわかってるでしょ? ノーメンテで使えるわけないんだから」

「今回はイグレドが惑星探査に利用できるかどうかの試験的な依頼なんだし。まずはお互いの理解を深めるところからいかなきゃさ」

「私たちの本分は研究で、本領はフィールドワークなの。そこに至るのに無駄な時間を費やすのは嫌」


 大人げないと言われればそれまでだが非効率的なのは我慢ならない。速やかに対処してほしいところ。


σシグマ・ルーンにエンチャント。機体同調成功シンクロンコンプリート

 ラゴラナの操縦核コクピットシェルに収まり起動操作をするとシステムが同調を告げてくる。

「ハイ、システム。調子はどう?」

『機体状態、オールグリーンです』

「これから面倒掛けそうだけどなんとかしてあげるから勘弁してね」

 信頼の篤い相棒に話しかける。


 アームドスキンは感応操作がメイン。σ・ルーンという操縦用装具ギアに普段の行動を学習させ蓄積する。搭乗時はσ・ルーンから出る動作シグナルを機体が受信して駆動する形。ゆえに起動時には同調が行われる。

 それ以外にフィットバーと呼ばれるマスタースレイブ操作もある。腕のみの操作を行うもの。これは人間の反射行動を動作に反映させる構造で、主に戦闘には必要とされる。彼女も直感的な操作をするには便利だと感じていた。


「さーて、お手並み拝見といきますか」

「とても期待できないわ」

 不平をもらす。


 ラゴラナは戦闘用アームドスキンとは一線を画す形状をしている。具体的にいうと独立した頭部を持たない。前方に張りだしたセンサードームのような頭部をしていて、そこには解析用センサーがぎっしりと詰まっている。

 戦闘用アームドスキンは可動する頭部で広い視界と分析焦点の速やかな変更を旨としているが、探査用アームドスキンでは目の前の物の精密解析が主になるからだ。厳環境下での使用を目的としているので装甲も厚いし、各所が太く不格好にも見えるのは玉に瑕。


(パイロット保護をしっかり考えてくれているって意味だから、なんの文句もないけど)

 デラはむしろ好ましいとまで思っていた。


 動作音は軽快だ。ここが桟橋ピア区画ブロックで0.1Gしか掛かっていないのもあるが、けたたましい音を立てて歩くこともない。足裏が接触してこすれる音の他はシリンダのスライド音と超電導モータが唸る小さな音くらい。


「お先にどうぞ」

「じゃ、遠慮なく」


 貨物スペースのゲートをくぐるとメギソンが譲ってくれる。彼女はラゴラナを小型艇の後ろへと進ませた。メインハッチが大きく開放されている。


(お世辞にも広くはないけど、戦闘用の構造は備えてるわね)


 マーキングされた基台の位置には発進スロットの開口部があり今は閉じていた。そこへラゴラナを立たせると、左右両サイドから整備柱ピラーが挟む形でせり出してくる。スパンエレベータもハッチ前に降りてきた。


(やっぱりね)


 前列に佇んでいるアームドスキンを見る。背部には可動式の推進機スラスターしかない。今どき見ない直管型だろうか。


(失望した)


 デラは先行きに不満を募らせた。

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