重い星のエチュード

角持つ青年(1)

注意) 本作は実際に存在するであろう天体、起こるであろう事象をモチーフとしていますが、作劇上想定事象と異なる表現をしている部分があります。あらかじめご了承ください。



 ここ、星間管理局テンテロイ宙区支部の置かれた軌道ステーションはヒニトン星系の惑星ブブアレバを周回している。見下ろす赤茶けた惑星は大気も水も持っておらず無機質な印象しかない。


(見どころなくって、あんまり長居したいところじゃないのよねえ)

 デラ・プリヴェーラはため息をつきつつ思う。


 それも当然、このヒニトン星系には可住惑星がない。宙区を管轄する支部は中立性を保つためにこういった星系を選んで設置される。利便性には劣るが、支部は宙区の統括をしているだけで実際の機能は各惑星の管理局ビルにある。用があるのは局員だけなのだ。


(スペースマークに間違いないのはほんとだけど)

 待ち合わせの目印としては申し分ない。


 眼下の惑星ブブアレバもデラの興味を惹くものはない。それこそ隅々まで探査しつくされていて危険がないのは確認されている。降りたところでもの珍しいなにかを発見することはない。


(ありふれた石ころの星)


 なぜそんな印象しか抱けないかと問えば、彼女が地質学の教授だからである。所属は中央セントラル公務官オフィサーズ大学カレッジ。出身校でもある。

 故郷の惑星を出て星間管理局本部のある惑星メルケーシンに移り住み、成績優秀で十代のうちに卒業したデラ。師事する教授の下で学び、教授の職を得たのは二年前の二十六歳のときであった。


(やっとフィールドワークに勤しめる立場を手に入れたってのに)

 なかなか楽しめるものに出会えない。


 人類が宇宙を生活の場として千四百五十年近くを数える。その間に行われたのは移民可能な可住惑星の探索と資源探査がメイン。どうしても生活上の利益に則したものが優先されてきた。

 超光速航法フィールドドライブが発明されたのもその傾向を加速させている。可住惑星とその周辺だけを人は活動範囲としてしまう。致し方ないこととはいえ、銀河には未知の領域が溢れているのにあまり目を向けられていない。


「やあやあ、デラちゃん。どして黄昏てんの?」

「うるさいの、来たし」


 やってきた男はメギソン・ポイハッサ、今回のフィールドワークの相方である。彼は惑星考古学が専門の教授。二十九歳とデラの一つ年上でしかないので十分に優秀な人物のはずなのだが、どうにも軽佻浮薄なイメージ。


「ずいぶんだねぇ」

 悲しそうな面持ちをする。

「一人で考え事したかっただけ」

「不安? 僕ちゃんが守ってあげるから心配ないさー」

「あなたと一緒のほうに一抹の不安を感じるわ」

 あまりの言いようにのけ反っている。

「そんなぁ。僕ちゃん、紳士だよ」

「そうよね。見た目や口調はともかく、軽薄なところは見たことない。それなのに、なぜ不安を掻きたてられるんだろ?」

「それは君が本当の僕を知らないからさ」


 近づこうとするメギソンを手を振って追いはらう。男女の駆け引き的な会話を楽しむ気分ではない。


「ま、別の不安のほうが頭を占めちゃってるから気にしなくていいわよ」

 悪気がないと示す。

「なになにー?」

「待ち合わせの相手が役に立たない不安」

「あー。あり得なくもないかな。珍しいケースでもあるし、今回はお試し程度に考えといたほうがいいかもね」

 彼も頭を掻く。

「私たちの使うのはアームドスキン『ラゴラナ』よ? 天下の星間管理局が専用に開発した惑星探査専用機。厳環境下でなら傭兵ソルジャーズなんかが使う市販機より遥かに高性能。戦闘なんて起こるはずもないんだから護衛なんかいらないわ」

「絶対にないとはいえないけど、かなり確率が低いのは事実だねぇ」

「どうして大学側うえは斡旋なんかしてきたのかしら」


 初めての不安もあるが、時間だけを奪われるのはもっと面白くない。目標の惑星に降下できないアームドスキンの護衛なんてただの無駄。行き帰りの乗り物あしに使うなら一般の航宙船をチャーターするほうが遥かに安上がりである。


(まだまだ成果が上がってるとはいえないから予算が潤沢にあるわけじゃないのに)

 資金に悩まされてフィールドワークを減らさざるを得ないのは業腹だ。


「やっと開けた展望。ここを掴まなくてどこを掴むっての?」

「まあまあ。僕ちゃんたちのやってることなんて人の注目を浴びるジャンルじゃないからねぇ。地道にコツコツ小さな実績を積み重ねてくほうが良くない?」


 デラの主張もメギソンの言うことも紛れもない事実。厳環境、それもハイレベルのものの探査となると全く進んでいなかったのである。

 人類はそこに達する技術を持っていなかった。可住惑星を数多く発見してもそこに都市を築くにはまず軌道エレベータが必須。そうでないと多大な推進剤を投下して物流を構築するしかない。


 ところが星間銀河圏に『ゴート宙区』という新しい風が吹きこんだ。そこから流入した技術の中には反重力端子グラビノッツがある。慣性制御、つまり重量を制御するという画期的な技術。それが人類を重力のくびきから解放し、軌道エレベータを駆逐して物流に新時代を築いた。


(文明に革新をもたらすような技術を、どうして超光速航行技術さえ持ってない人類が保有していたのか、はなはだ疑問なんだけど)

 デラはそれが納得できない。

(でも、それで私たちの知的好奇心が満足するんだから文句は言えないわ。むしろ感謝に堪えないくらい)


 それまでの惑星探査はといえば降下と離脱に多大なコストを必要とするものだった。まずは探査機を降ろして状況の確認。大気成分や気圧の正確な値を入手し、危険がないか丹念に調べる。準備だけでも予算を圧迫してしまう。

 さらに耐えうる装備を備えて人員を降下させ調査を行ったのちに、サンプルを含めて重力から離脱させねばならない。費やすコストは膨らむばかり。よほどのリターンが見込めないかぎりはスポンサーなど望めない。


「ようやく目処がついたんだからね。僕ちゃんたちの冒険はこれからさ」

「安上がりに進められるようになっただけ! ここで目立った成果がないと縮小しかない分野になっちゃう」

 デラは睨みつける。

「それともあなた、外部から走査や探査機の情報だけで想像をこねくり回してるほうが楽しいの? 机上の空論だけでスポンサーを納得させるゲームみたいなもんだとか思ってない?」

「そりゃ、そんな面倒は省きたいもんだねぇ」

「だったら手っ取り早く自分の目で確かめて、こんな利益がありますよって自信を持って説得したほうが良いに決まってるわ」


 それを可能にしたのが反重力端子グラビノッツを搭載したアームドスキン。機動兵器として注目を集めているが、デラの目には探査に用いられる機材にしか映らない。星間管理局側もそれを汲んで探査専用機『ラゴラナ』なるものまで開発してくれた。これに乗らない手はない。


「だってのに、いよいよ本格的な厳環境惑星探査ってときに傭兵ソルジャーズの護衛を付けろ? 大学はなにを考えてんだか」

「十分な調査をしてない惑星にぶっつけ本番で降下しようってんだからさ、思いやりだと思おうよ」

「降下できたら良いわよね。ラゴラナは最新鋭の重力波グラビティフィン装備機よ。ついてこれるもんならついてきてみなさいっての」


 彼女はすでにラゴラナに搭乗して何度かの探査を行っている。どれも過去に入念な調査が行われていて、スポンサーが付かなかったものの可能性は否定できなかったケース。そこで採取したサンプルは解析中である。

 なのでデラもアームドスキンパイロット専用のσシグマ・ルーンという感応操作装具ギアを頭に着けている。自信を深めているのはその所為。すでにこの最適機材の性能を体感しているのだ。


(せめて足引っ張らないでちょうだいね)


 透明金属窓キャノピーの外、デラの視界に待ち合わせ相手の小型艇が入ってきた。

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