第九乳 こんな現実を変えたいと信じたところで

 『黄金の乳』と『魔乳』の決戦は、ほぼ互角に推移していく。


「トルテ!剣撃のあとのおっぱいの重心が乱れている!本気なのは判るけど、踏み込んだ時のおっぱいの慣性に負けるな!おっぱいを制御するんだ!」


「君もだ、カーチェ!一撃で決めようとするな!深入りせずに次の二手三手を常に意識しろ……いいや、二揺れ、三揺れだ。振り子の様に増幅させたおっぱいの揺れパワーを拳へ上乗せだ!」


「アオイ。君は君の魔法でトルテとカーチェを巻き込むかも……だなんて考えるな。臆病にならなくてもいい、もっと大胆になれ。君の本当の強さおっぱいを、もっとチラチラ見せていけ!!丸出しにはするなよ、あくまでもチラチラね!」



 魔乳は、黒と緑が入り交じった、見るからに邪悪なパワーを迸らせて戦っている……はずだ。玉座の間を満たす凄まじい黒と緑の雷、そして魔乳が振るう巨大な鎌を、トルテたちは鮮やかに躱しながら跳び回っている……が、やはりこの期に及んでも、おっぱい以外は良く観えない。


 ヴオオオッ!ヴヴゥゥン!!ググ、ヴオオオオォヴァァァアグヴォアアア!


 魔乳が咆哮する。ひと揺れひと揺れに恐ろしいまでの力が漲っており、その暴虐はたかが人間の乳とは比較にもならない震動と音を放つ。


 しかし『共振乳連携』を体得したトルテたちは、そんな凶悪な魔乳を相手に一歩も引けを取らなかった。


 心が紡ぐ魔法。

 技を編む剣。

 体で打つ拳。

 

 その三位一体こそが世界と根源と調和であり、そこに暮らす人々の意思の集合体なのだ。


 それは決して、あんな魔乳に負けたりは――。



 ヴオン、ヴオン、ヴオッ……。……ヴオオオオオオオオオオオオオオオッ!


「うわっ……!」

「きゃあっ……!?」

 ―—!!


 危ういエネルギーの鼓動が、膨大な波動となってカーチェとアオイを呑み込み。

 そして俺の方にも迫ってきた。


 ―—あれ、そういえば俺って、今まで自分自身が危険な目に遭ってなかったな。

 


――――――――――――――――――――



 一瞬の思索の後、俺も魔法の余波に吹き飛ばされた。


 先ずは強烈な閃光に照らされ、次に豪音が響く。上半身に巨大な衝撃が走り、身体が一瞬浮いて空中で一回転して、玉座の間の石床に身体を叩き付けられる。幸か不幸か、頭は打たなかった為に、意識ははっきりしていた。


 右腕の肘から先が、ぐしゃぐしゃに潰されている。肉が引き千切れ、骨は砕けて。

 そして黒と緑の炎は、更に右腕を昇って身体を焼き尽くそうとしている。


 ――ん?


 この炎に呑まれたカーチェとアオイは?


 自分の身に起きたことよりも、その事にぞっとした俺は、爆炎と煙が立ち込める玉座の間を見回そうとして顔を上げて、そして、魔乳の大鎌に胸を貫かれたおっぱいを観た。



―――――――――――――――――――


「ふふ。トルテシア=ボウウィング。貴様の負けだ。さあ、泣き喚いて懇願しろ。さすれば苦しめずに殺してやろう」


 ぐぐぐ、とトルテの胸を持ち上げて、誇らかす魔王ヤマ=ヴェーダが、面白そうに呟く。


「だ、れが……ッ……」

 トルテは尚も反撃を与えようとして身じろぐ。右手にはまだ剣がある。

 不用意に近づいた魔王ヤマの隙を突こうと――。


 しかし、魔王ヤマは左腕を軽く振り上げ、魔法の刃が、トルテの右腕を断った。


「―—――――――――――ッ!!」

 大鎌に貫かれた肺では、声すら上げられない。

 その代わりに口から溢れたのは、大量の血。


 断たれて宙を舞う右腕から離れた剣が石床に落ち、二度、三度、からん。からん、と、乾いた音を立てた。



――――――――――――――――――



 その剣は、右腕を押さえて蹲っている俺の前へと転がってきた。


「―——!―——!」

 トルテちゃんの苦悶の絶叫は、最早声ではない何か。まるでその他大勢のノイズにも似た響きになっていく。


 青と銀のラインで彩られたおっぱいに深々と突き刺さった刃。

 あんなに美しく、凛としていたおっぱいが歪み、絶望と恐怖に震えている。

 血を巻き散らしている。壊れていく。


「やめろ、やめてくれっ……」

 俺は声を振り絞るが、トルテの悶絶を楽しむ魔乳は気にも留めていないようだった。


 俺は、転がってきたトルテの剣に左手を伸ばした。

 立ち上がる。ふらふらと歩きだす。


 血飛沫を浴びて勝利の確信に震える紫の魔乳は、怖気立つ程に美しい。


 だけど、そんなのは。

 そんなのは俺の趣味じゃない。



 俺は生涯で初めて手にした鋼の剣を構えて、駆け出した。

 意外と重かった。こんなのを軽々と扱っていたトルテちゃんはやっぱりすごいや。


 俺の存在に気付きもしない魔乳の、恐らく脇腹あたりに、その剣をブっ刺してやった。

「―——!」半ばタックルの如く勢い余った俺は、魔乳と一緒に石床に転がり倒れる。


 先に立ち上がったのは俺の方。

 無我夢中で剣を引き抜き、急襲に怯んで倒れたままの魔乳へ突き付けた。


 ―—やってやった。俺を無視するんじゃねえぞ。


 トドメを刺そうと思えば刺せる。

 そのはずなのに、俺の手は止まってしまった。


 だって、究極のおっぱいなんだよ?

 人生の大半を費やして追い求めてきたモノがすぐそこにある。

 それを諦めるばかりか、自分の手で壊すことなんて出来る?


 それがたまたま、俺の場合がおっぱいだっただけで、他の皆には違うものがあるんじゃない?手に入れたいものがあるんじゃない?守りたいものがあるんじゃ――。



 しかし、俺はそのおっぱいに剣を突き立ててやった。

 肉が裂けて骨が砕け臓器が潰れる、嫌な感触がした。

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