第21話ビートなキッズの見た幻の聖女

その日、僕は、美術館に独りで行った。

そう、本当はそうなんだ。

僕は一人ではないと、どこかで気づいていた。

僕の陰りのある瞳の色、そこから見える景色は、地平線を越える、白いカラスの飛翔する、ファンタジー、自由で孤独な幻想の、可憐な花を愛でる、デッドエンドのエンドロール、ドラミングを繰り返す、時の宮殿の先にある、鎮座するイレイザーな女神。

 僕のジェノサイダーが勝負をしかける。

 一気に加速するブースター、爆裂なイーストコーストジャズ、神秘のジャズ、まるで、ジョンなコルトレーンみたいに純な音。 

 僕はぐるぐるぐる、目が回り始める。

 ここからだ。

 決着までの13日の金曜日、そう僕はホラー映画の見過ぎだね。

 一瞬。

 瞼の裏に兆したジェノサイダーが、神になった。肩には白いカラスが止まっている。まるで補うかのように。

 僕は、ゴッホのヒマワリを見た。

 そして、爆発、芸術の爆発、さらには偉大な詩人ゲーテ、そして、夭折した詩人ランボウ、間をすり抜けていく、零れ落ちていく、涙を流す乙女たち。

 ゴッホ。耳をそぎ落とした。

 意味もなく、理由もなく、ただ、涙だけがあふれてくる。

 まわりにいる他の客たちが、僕を奇異な目で見る。

 僕は耳をそぎ落としたのだから。その場で。

 鮮血が、僕の左耳から、とめどなく流れてくる。

 そして血の海となる。

 それは泉となり、リズム&ブルース。

 女神が指を鳴らす。パチン、するとハートマークが火花のように散る。

 瞬間。

 坂を転がり落ちる逆説的なシーシュポス。

 刹那。

 孤高の詩人はこうつぶやく。


「悪の策略」


ぎりぎりのところ、断崖に立ち、空を見上げる。

空は鈍い雲、晴れない、ハートは、暗い、そして、空も暗い。

私は何を望むの? 

陰りある暗黒の存在証明。アイデンティティ、サタニックティティ

歌う。

声が、絞り出す、ハートのサタン。

それは暴力を望まない。望むのは、「愛」だけ。

孤独の夜が私を襲うの。

絶望の朝を、私が襲うの。

痛い、苦しい、痛いの。

そう歌う、どこかの歌姫


僕は答える。

「解き放て!」

歌姫は言う。

「怖いの」

僕は叫ぶ。

客席から、君を見ている。

「ねえ、ビリー、君は何を苦しんでるの?」

歌姫はこう答える。

「なにも、怖いのはあなた」

僕は沈黙する。


そして、歌が続く。

暗黒の存在証明

それから、パスポートは、ブルーのイヤリング。

僕は言う。

「君には黄金が似合う」

ビリーは答える

「ブルーでいいの」

僕は言う。

「確かに、君にはブルーが似合う」

そして僕は沈黙する。


幕が下りる。

ショータイムはそれから。

僕はビリーの楽屋を訪れる。

「今日のパフォーマンスはよかった?」

 とビリーが訊く。

「うん、サイコーだったよ」

 と僕が答える。

 ビリーはこういう。

「でも、あなたさえいなければ、もっと、上手に歌えるの。消えてくんない?」

 僕は言う。

「じゃあこの場で、首でもくくろうか?」

「そうね、そうしてよ」

「ジョークでしょ?」

「ううん、本気よ」

「なんで?」

「あなたのことが、殺したいほど、好きだからよ」

 僕は青ざめる。でも心は赤くなる。

 ハートのオーブントースター。焼けるパンは嫉妬のジェラシー。

 僕とビリーは、街に繰り出す。

 まるで、ビリーザキッドみたく君は速く速くしゃべる。

 僕もお手上げ。そして、クラップ・ハンズ。

 君は笑う、ネオンの中でおとぎの国のお姫様みたく。

 僕は、君を抱きしめる。香水の香りがしてくる。イランイラン。

 そして、君のウィスパーボイスが耳元でこう囁く。

「あなたは、狂っている」

 僕はこういう。

「そう、君とこのまま発狂しようか?」

「いいアイデアだわ、まるで、悪の策略みたいに、計画的に死にたいわ」

 僕はこういう。

「俺は悪い男だね」

「そう、あなたは、最高よ。最高に悪い男」

 そして、ホテルへ帰り、激しく求めあう。

 そのまま、何度も繰り返し愛し合って、夜明けが来た。

 一羽の白いカラスが、空をかすめるように飛んでいく。

 これが、悪の策略だった。


 僕はビリー・アイリッシュの「badgay」を聞いていた。

 もちろんアイポッドで。お気に入りにいれた最高にバッドなキッズたちが喜ぶ、よだれものの音。

 僕はそこで、ふっと正気に返った。

 すると横にサニーがいた。

 サニーはドレスアップしている。僕はジーンズに、黒い革ジャン。そしてブーツ、レッドウィングの赤茶色いブーツ。

 ヒマワリを眺めている。でも、僕はサニーを眺めている。

 ヒマワリをずたずたに切り裂くような、絶対悪の衝動。

 僕はナイフを後ろポケットから取り出し、ヒマワリをずたずたに切り裂いてやった。サニーが嗤う。僕は泣く。

 静寂。

 海鳥が鳴いている。

 トゥータティスが泣いている。

 僕を憐れんでいる。

 祈りを捧げている。

 それから、僕は「マルボロのメンソール」のタバコに火を点けて、肺のなかいっぱいに吸い込み、吐き出す。

 指が微かに震えている。

 存在そのものはひどく震えている。

 確かめるように、アイポッドの純正ワイアレスイヤホンで音楽を聴く。

 それは、庄司紗矢香の奏でるブラームスのヴァイオリンソナタ「雨の音」。

 空間のオーディオ、月下の下で抱き合う、二人だけの、恋のソナタ。

 



 

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