第20話刻

 時計の針が深夜十二時を差した。

僕は、楽園から帰ってきたアダムとイヴのような気持ちで、紅いリンゴをシャリッとかじった。

 そして一瞬の後に、落ちた。

 そう、地獄から、あれがやってきた。すなわち、そう、それは、帰還したジェノサイダー。

 ジェノサイダーはこう言う。

「運命の車輪が回り始めて、刻が来れば、奇跡が起こる」

あるいは、神か、ビリーブか、ジェノサイダーではない。

少なくとも。

僕は、天使の羽をもつ、凄まじい軋轢のままに、楽園を追放した神を呪い、落ちた。僕ら、そう今は僕ら、力の衝動。衝撃的な結末を迎える、ヒロイックな小説のように。

 つぶらな瞳。

 美しい陰り。

 甘美なる金髪の神。

 そう、それは、従えている。

 自由の、大空、僕は、出会った。サニー。

 サニーはヴァイオリンを弾く。それも激しく憤るように、あるいは、孤独を見つけるような奥の奥の、鼓動を鼓舞する勢いのままに、ヴァイオリンをかき鳴らす。

 僕は、静かな目でリンゴをかじっている。シャリ、シャリ、シャリ。

 ふいに電話が着信を知らせた。出る。

「よう」

 シュウだ。

 僕はすぐに切ろうとした。

 コミュニケーションはすでに、ブレイクダウンのダウンタウン状態だ。

 法の届かぬような、無法の領域。

「少し話したいことがあるんだ」

 とシュウ。

 僕は、こう言う。気分がひどくいらだっていた。

「うるせえな」

 するとシュウは言う。

「サクラと、そのまま、愛し合った」

「だから、それがなんだっていうんだ」

「……」

 電話の向こうから、遠くの方で、喘ぎ声が聞こえる。

 すると、僕は、アルルカンのいる月下のホテルに帰っていた。

 ヴァイオリンは掻き消えた。

 僕は電話を切った。

 すると、そこには、サニーがいた。サニーが僕の手を取る。

 踊った。今度は違う、そう、つがう、まるで小鳥が戯れるように。

 踊りあかした。血まみれのジェノサイダーはこう言った。

「そのまま、夜明けが来れば、俺たちは死んでいる」

 でも、そのすぐあとサニーとセックスして、また何度も求めあって、殺し合うように愛し合った。

「それでも、朝が来れば、私たちは生きているわ」

 とビリーブが言った。

 ビリーブ、ビブラートをきかせたような喘ぎ声。僕の中でサニーとビリーブはレズる。

僕は電話を掛けた。

 レラのもとへ。

 レラが出てこう言う。

「愛していたのに。どうして、サニーとやったの?」

 僕は、こう言い逃れをする。

「俺の世界ではないんだよ。俺たちの世界は、もうとっくに、無い」

 泣いた。

「泣かないでよ。私だって苦しんだから」

「……」

「どうしたの?」

「サクラが、シュウに……」

「バカなこと言わないでよ。シュウがそんなことするはずない」

 僕は、怒りより、失望した。自殺の衝動が不意に、よぎった。まるで裁きをつかさどる邪神の手のように。

「私がサクラに連絡するから、待って」

 ふいに、青いアルルカンが言った。

「おいおい、何やってんの? ここはブルーな世界のシュールな夢の中だから。気にせず、ジャグリングでもしようよ」

「はあ?」

「俺はなにも言っていない」

「じゃあ、切るね! 本当に、スバルってどうかしてる!」

「待ってくれ!」

 すると、ヴァイオリンが聞こえた。

 僕は振り返った。

 そこには、レラがいた。

「シュウは、ただ、見ていただけ。見ていて、何もできなかったの」

 しかし、眼を一回強く閉じて、開く。

 サニーがいた。

 今度はラインで着信がった。

 こうあった。

「ああ、わりいわりい、あれは単なるアダルト動画だから」

 僕はスマホをベッドにぶん投げて、そのまま、サニーを抱きしめて、キスをした。

 サニーは、僕の性欲の根源を知っている。

 そう、ジェノサイダーだ。

 サニーは知りつつも、僕を受け入れてくれている。

「いいよ、私がいるから。何度もしよ」

 僕らは百回くらい、愛し合った。

 もちろん、大げさな嘘だけれど。何度も朝と夜を繰り返しながら。

 




 

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