第四十二話 ワンピース姿の空斗君。白い猫耳オッドアイ美少女メイド、リッカ。にゃかにゃか美容院のこと。屋敷神のマツリさまのこと。花火大会の日のこと。薫子さまと、桜さんと、初音さん。和菓子屋さん。

 桃葉ももはちゃんが泣きやんだあと、あたしは周りを見回した。

 広い和室だ。


 あたしが寝ていた布団だけが敷いてあって、部屋には、藍色と黒の大人っぽいワンピース姿の空斗そらと君と、ピンクと白のふりふりメイド服を着た白い猫耳美少女がいる。

 中学生ぐらいだろうか。長い尻尾も真っ白だ。


 あっ! 白い猫耳美少女、オッドアイだ。リッカと同じ、淡い青と、満月色のオッドアイ。

 ん? そういえばさっき、リッカの声がしたような……。


「――リッカ?」

 白い猫耳オッドアイ美少女メイドを見つめたまま、たずねると、「リッカニャ」と彼女が答えてくれた。


「女の子だったんだ……」


「そうニャ。身体も心も女だニャ。中学生ぐらいに見えると思うけど、これは好き好んで、この姿をしてるのニャ。本当の年齢は秘密ニャ。和菓子も洋菓子も好きニャ。お茶も好きニャ。紅茶も抹茶まっちゃも好きニャ。いろんなお茶を飲むのニャ。お酒は嫌いニャ」


「……そうなんだ。なんでメイド服なの?」


「これは趣味ニャ。にゃかにゃか美容院の美容師の制服がメイド服と執事服で、メイド服が気に入ったのニャ。それで友達に似たのを作ってもらったニャ」


「……そうなんだ。にゃかにゃか美容院ってのがあるんだね」


「にゃかにゃか美容院は、ニャントフシギダヤマにあるのニャ。桃葉と空斗も知ってるニャ」


「えっ? そうなの?」


 視線を空斗君に向ければ、彼がコクリとうなずいた。


「そうだよー。僕らが髪を染めたところだからね。髪もそこで切ることが多いんだ」


「そうなんだ……。あたし、身体が大きな男の人とか、男らしい感じの人が苦手なんだけど、そこに行っても大丈夫かな? あやかしなら髪とか触られても大丈夫だと思うんだけど。空斗君、大丈夫だったし。あっ、空斗君はあやかしじゃなくて、神さまの血筋か……」


 つぶやくあたしに近づいてきたリッカが、人間と同じ手で、あたしの頬に触れたので、ドキッとした。温かい手だなぁ。猫だからかな?


「どうかニャ?」


「……大丈夫」


「それなら問題ないニャ。にゃかにゃか美容院には、美少女メイドと、中性的な顔のクールなメイドと、同じく中性的なクールな執事ぐらいしかいないニャ。あっ、メイド喫茶じゃないから、お帰りなさい、お嬢さまとは言わないニャ」


「……そう。えっと、予約ってどうしたらいいの?」


「予約はしなくてもいいニャ。客が多すぎて困るって話は聞いたことがないニャ」


「そうなんだ……」


琴乃ことのちゃんに会わせたい子がいるニャ」


「会わせたい子?」


「マツリニャ」

 と、リッカが言った時だった。


「ダメッ!」

 って、大きな声がしたと思ったら、桃葉ちゃんが抱きついてきた。


「痛いんだけど……」

「だって、マツリさまの家には伊織いおり君がいるんだもん……」


 不満そうな顔でそう言いながら、桃葉ちゃんが身体を離す。


「――あっ! 屋敷神のマツリさまっ! そうだっ! また遊びに行くと約束をしたんだった! 姉さまが里を出たから会いに行けなかったんだっ!」


「マツリは、小蝶こちょうという友達をずっと待ってたらしいのニャ。でも、小蝶の双子の姉のせいで、小蝶が里から出られなくなったのニャ。ある時、里から出られるようになったらしいけど、それでもこなかったのニャ。小蝶は、姉さまに会いたくない、会うのがこわいと泣いたみたいだニャ。マツリは全部双子姉のせいだと思い、双子姉を嫌っていたけど、あの土地を気に入ってるし、ずっと家を守ると決めてたから、あの家にいたのニャ。そして伊織が生まれたニャ。双子姉の生まれ変わりの伊織をマツリはゆるさないのニャ」


「……マツリさまは、あたしが生まれ変わったこと、知っているのかな?」


「マツリには、琴乃ちゃんが小蝶の生まれ変わりだと言ってないみたいだニャ。会いたがるから、言わない方がいいって、さくらが話してたのニャ。前世を思い出してない琴乃ちゃんに会わせても困るだけだニャ。それに、他人視点の前世は、本物じゃないって、薫子かおるこが言ってたみたいだし、思い出すことがしあわせかはわからないって話してたのニャ」


「……そうなんだ。急に行ってもいいのかな?」


「桜に聞いてみるのニャ。今は薫子と初音はつねといるニャ」


「えっ? この家に? ここ、どこ?」


「ここは薫子の家ニャ。桃葉の家でもあるのニャ」


「そっ、そうなんだ……。あたし、どうやってここにきたんだろ?」


 ふしぎに思うあたしに向かって、桃葉ちゃんが口を開く。


「琴乃ちゃんが倒れたあと騒ぎになったんだけど、けいさんとリッカがすぐにきてくれたんだ。知り合いの医者だと話したら、心配してくれた人たちが、みんな安心したような顔してたよ。それで、人がいない場所に行ってから、水の神さまの眷属けんぞくの力で、琴乃ちゃんをわたしの家に運んだの」


「――あっ! そういえば、蛇がいたね。眷属だって思ったの、今思い出した」


 そう言って、あたしは空斗君に視線を向ける。


 すると彼はニコリと微笑んで、「僕が呼んだんだー。琴乃ちゃんがナンパ男に目をつけられて、困ってるって、伊織に念話ねんわで教えたのも僕だよ。すぐ行くって言うから、眷属に召喚しょうかんしてもらったんだ。そのあと、伊織と一緒にいた初音ちゃんたちや、弟たちも召喚してもらったんだ。伊織、すごい心配してたよ。目を覚ましたら教えてくれって頼まれたから、さっき念話で教えたよ」


「そう……」


 胸が痛い。なんだかチクチクして、胸に手を当てる。目を閉じて深呼吸をしたあと、あたしは空斗君を見た。


栗本くりもとさんは家に帰ったの?」


「うん。ちゃんと家まで送ったよ。夜だからね。弟の千明ちあきと、妹の清花きよかも家に連れてったんだ。僕はシャワーを浴びて着替えたあと、着替えを持ってこの家にきたんだよ。あっ! ナンパ集団はね、正義の味方の僕が、初音ちゃんに遊んであげてねとお願いしておいたからね、安心していいよ」


「えっ? 遊ぶの?」


 おどろくあたしを見て、クスクス笑って、「そうだよ」と言う空斗君。


「初音ちゃんは代々、里長をしている家の子だから、問題起こすなと周りからいつも言われてるみたいだし、里の鬼たちや神さまに怒られるようなことはしないと思うんだ。だからきっと、生きてるだろうね。桃葉ちゃんに怒られるようなことはよくしてる気がするけど、それはまあ、愛みたいなもので、悪気はないんだよ」


「悪気がないからって、わたしで遊ぶのは嫌なんだけど。これは愛情なんだって言って、相手が嫌がることをするのはいじめなんだよ。好きな相手だからって、なんでもしていいわけじゃないんだからね。ナンパ男たちはいじめていいけど」


 不機嫌そうな顔で、桃葉ちゃんが空斗君を見ながら言った。

 へにょりと眉尻まゆじりを下げる空斗君。


♢♢♢


 そのあと。


 ヒスイ君とリッカがあいさつをしてから、部屋を出て行った。トラがこっちを見て鳴いてから、トコトコトコトコついて行く。

 着替えたいと伝えたら、桃葉ちゃんと空斗君がひまわりを連れて廊下に出てくれた。


 一人になった部屋であたしは、昨日着た服に着替えた。

 鏡を見ながら髪を整えたあと、ショルダーバッグから黒いリボンつきのヘアゴムを取り出して、髪を結ぶ。


 朝食――和食を桃葉ちゃんが持ってきてくれたので、急いで食べたあと、あたしは薫子さまと桜さんと初音さんがいる部屋に行った。


 桃葉ちゃんは嫌そうな顔をしてるけど、薫子さまと桜さんと初音さんが会いたがっているらしいし、ちょっぴりこわいけど、会っておいた方がいい気がするから行くことにした。


 ものすごく緊張したけど、薫子さまに会っても大丈夫だった。


 薫子さまは弥太郎やたろうだ。今は女性で、おばあさんなのに、じわじわとなつかしさを感じたのだった。


 三人共、目が覚めてよかったとか、元気そうで安心したとか、やさしい言葉をくれたので安心した。


 マツリさまに会いに行ってもいいって桜さんが言ったので、髪を切ってもらったあと、行くことにした。


 鬼の姿の初音さんに会って、この鬼はみやびさまだと気がついたので、その話をした。

 初音さんはうれしそうな顔で笑うと、「そうよ」とうなずく。


 なんか安心した。前世では、雅さまは美しくてすごい鬼で、最初は姉さまの許婚だったし、婚姻こんいんしてからも、自分に自信がなくて、姉さまに依存していたため、雅さまに恋することはできなかったけれど、今、こうして普通に会話することができていて、ふしぎな感じだ。


 昔の話をしていたら、花火大会で見た龍子たつこさんが、雅さまの乳兄弟の鷹彦たかひこさまだと気づき、そのことを伝えると、「よく分かったわね」と、初音さんが楽しそうに笑った。


 そのあと。


 あたしとひまわりと、桃葉ちゃんと空斗君は、桜さんと一緒に和菓子屋さんに行った。


 宝石みたいに美しい和菓子がいっぱいあって、感動していると、「あとで食べましょうね」と微笑んだ桜さんが、いろんな和菓子を買ってくれたので、おどろいた。


 ふと、金平糖こんぺいとうに気づいたあたしは、マツリさまにあげたいなと思い、二つ買った。

 一つは自分のだ。


 金平糖は、あたしが鬼だった時からある。昔は白だった。

 マツリさまが金平糖が好きだと言っていた。前世のあたしにくれたのだ。


 みんなで電車に乗って、星月ほしづき駅に行ったあと、あたしがシャワーを浴びたいと言ったため、桜さんと別れた。


 そうして部屋に帰り、服、どうしようと悩んだ。

 悩んでいる時間はない。二人が外で待っているのだ。


 女性専用アパートなので、空斗君は入れない。桃葉ちゃんがあたしの部屋を見たがっていたけれど、空斗君一人で待たせるのはかわいそうなので、二人で外にいてもらった。


 青い空の下、セミが大声で鳴いていて、うるさいうえに暑いのだ。

 急がなきゃ。ああ、ドキドキする。


 マツリさまに会うのがひさしぶりとか、怒られるか泣かれるかとかも気になるけれど、あの家には伊織さんがいるかもしれないのだ。出かけてるかもしれないけど。


 でも。


 空斗君が話していたのだ。


 伊織さんがすごい心配してたよって。目を覚ましたら教えてくれって頼まれたから、さっき念話で教えたよって。そう言っていたのだ。


 だから空斗君か桜さんが家に行くと連絡して、待っていてくれるかもしれなくて――。


 ああああああ――恥ずかしいっ! 恥ずかしいよぉ!

 時間がっ! どうしようっ!


 うわーんっ! って、心の中で叫んでる場合ではない。


 あたしは大人、あたしは大人、あたしは大人――。

 心の中で唱えながら服を選ぶ。なにも考えない。なんでもいい。おかしな服は持ってないはずだ。無地ばかりだし。


 えいやと決めた。

 オレンジ色のTシャツと、ジーンズに。


♢♢♢


 あたしはシャワーを浴びて、髪も洗って、用意した服に着替えたあと、髪の毛をドライヤーで乾かした。いつものように髪の毛を黒いリボンつきのヘアゴムで結ぶ。


 ジーンズのポケットに珊瑚さんごのお守りを入れてから、淡いピンクのショルダーバッグを肩にかけ、赤いスニーカーを履き、部屋を出た。ひまわりを頭に乗せて。


 そして。


 外で待っていてくれた二人と共に、ニャントフシギダヤマにあるにゃかにゃか美容院に向かった。

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