第三十九話 婚姻と、息子。

 睦月むつき

 わたくしは、姉さまの許婚のみやびさまと婚姻こんいんした。


 姉さまと雅さまの婚姻の予定は、弥生やよいだったのに、睦月にしたのは、わたくしを逃さないためだろう。


 逃げられるものなら、逃げている。

 逃げられないから、ここにいるのだ。


♢♢♢


 雅さまは、姉さまと婚姻した弥太郎やたろうと親しくなったらしく、よく彼の家に遊びに行くようになった。

 そして、わたくしに会いにきてくださると、姉さまのことを楽しそうにお話しになるのだ。


 雅さまは、姉さまがしあわせでうれしいのだろう。

 だけどわたくしはつらかった。悲しかった。

 わたくしは姉さまに捨てられたのだ。


 母屋と離れは離れているが、同じ敷地にある。

 姉さまが本気でわたくしを連れて行こうと思えば、できたはず。


 ということは、いらないから置いて行ったのだ。


 姉さまと、今も親しくしている雅さまが、わたくしはうらやましくてたまらなかった。

 姉さまのしあわせそうな生活のことなど、聞きたくなくて。

 だけど、そのようなことを口にすることはできなかった。


 ……だって、本当は姉さまのことが大好きで。

 姉さまが今なにをしているのか、気になったから。


♢♢♢


 雅さまは、姉さまが里を出てからも、わたくしにやさしくしてくださった。

 美しい布や、物語の絵巻物や、おいしい菓子や果実や、美しい花や絵などを持ってきてくださったのだ。

 姉さまがいない今、なぜ雅さまがやさしくしてくださるのかわからなくて、戸惑った。


 でも。


 彼に、そのことを問うことはできなかった。


♢♢♢


 わたくしは雅さまの子を産んだ。

 男の子だ。


 息子の名前は、柚晴ゆずはる

 柚晴は雅さまと同じ、金色の二本角を持つ。


 そのことに安堵した。

 わたくしと同じ色の角だったら、この子がつらい思いをしてしまうから。


 男の赤子が生まれると、強い男になるために、子が三つになるまでの間、別の離れで暮らすこととなる。

 なので、すぐに離された。わたくしの母が決めた乳母によって。


 乳母のうれしそうな顔を見て、なぜだか、涙があふれ出し、とまらなかった。

 そのあと長く、寝ていたようだ。


 人間の女たちは、赤子を産んだら七日間、横になってはいけないとか、寝てはいけないとか言われるらしいが、この里の鬼は寝ても良い。好きなだけ寝かせてくれた。


 強い鬼を産んだことで、わたくしをさけずんでいた者たちが、手のひらを返したように、やさしくなった。

 そのような鬼たちに褒められるのは不快ふかいだった。


 次も、強い男の鬼を産むようにと、求められたりもした。


 弱い鬼だと、周りからいろいろ言われるだろうから、産むなら、強い鬼の方が良い。

 そうは思うが、今回は、奇跡的に強い鬼だっただけだ。性別も力も、産んでみなければわからない。


♢♢♢


 わたくしと同じ年に、姉さまが男の子を産んだらしい。

 そう、雅さまが教えてくださった時はおどろき、気づけば号泣していた。


 そんなわたくしを雅さまが抱きしめてくださった。

 なぜ泣いたのかはわからない。


 姉さまの息子は、静流しずるという名前のようだ。


 姉さまと弥太郎の息子なのに、わたくしに似て可愛いとか……。

 雅さまはおかしいと思う。わたくしの子ではないのに。


 静流という子は、ふじの精霊と鬼と人の血を引いている。

 髪の毛は白銀しろがね色で、目は藤色なのだそうだ。


 精霊の血が強いのか、角が生えなかったらしい。


 姉さまは静流を自分の手で育て、ものすごく可愛がっているようだ。

 うらやましかった。


 わたくしはさびしくても、柚晴に会うことができない。

 彼が三つになるまで会えないのだ。


 女の赤子だと、嫁に行くことが多いからか、昔から、情が移らないように離れて暮らすのが当たり前だと言われてる。

 それよりいいけど、でもさびしい。


♢♢♢


 柚晴が三つになり、同じ離れで暮らし始めたのだけど、どう接したらいいのかわからなかった。


 柚晴のことは嫌いではない。

 彼を産んだ日から、ずっと会いたいと思ってた。

 彼を見ると、自分に似なくてよかったと思う。


 だが、彼を見ると、どうしてわたくしは弱い鬼として生まれたのかと思い、せつなくなるのだ。


 昔、姉さまと一緒に里を出た時、神社のさくらの精霊と、水の神さまにたずねたことがある。

 なぜ双子なのに、姉さまは強い鬼として生まれて、自分は弱い鬼として生まれたのかと。


 桜の精霊も、水の神さまも、教えてはくださらなかった。

 力のない自分だから、姉さまに置いて行かれたのだろうか?


 里で一番強い姉さまなら、わたくしを連れ出すことなど簡単だ。

 それをしなかったということは……わたくしのことが嫌いだったのだろうか?

 わたくしが弥太郎に惹かれたから……。


 雅さまがくださった絵巻物で読んだことがある。

 絶世の美男子を取り合い、醜く争う女たちの話を。


 その美男子は、どの女性のことも愛していたのだけれど。


 わたくしは、姉さまを助けてくれた弥太郎に、惹かれていたけれど、あれは本当に恋だったのだろうかと、今では思う。


 あのころのわたくしは、恋にあこがれていた。

 弥太郎に恋することで、世界が変わったと、そう思っていたのだ。


 だけど。

 本当は、なにも変わっていなかったのかもしれない。

 そのことに気づき、むなしさを感じた。


 わたくしは姉が好きだった。

 姉さまにも愛されていると思ってた。

 だって、生まれた時からずっと一緒で。


 ……いや、違う。

 姉さまは跡継あとつぎだった。


 里のいろんな鬼と会ったり、人間に化けて、里の外に出かけることも多かった。

 わたくしは人間に化けることができないので、屋敷で書物を読んだり、庭の花をながめたりしてただけ。

 それは今と変わらない。


 わたくしはずっと、姉さまのようになりたかった。

 無理だけど。それでも、少しでも姉に近づきたかったのだ。

 だから姉さまが離れにいる時は、よく会いに行ったし、一緒にすごすことを望んだ。


 ずっと、わたくしは姉さまに執着していた。

 双子なのに、わたくしと違って完璧な姉さまにあこがれていた。


 だけど。双子であっても、わたくしと姉さまは違う存在なのだ。

 それがわかっているようで、わかってなかった。

 わたくしはおろかなのだ。今も、昔も。


 そんな愚かなわたくしのことをなぜか息子はしたってくれる。

 幼いころは、わたくしのことを小蝶こちょうと、名前で呼んでいた柚晴だが、十になるころ、母さまと呼ぶようになって、おどろいた。


 柚晴は、雅さまのことは相変わらず、雅と名前で呼んでいる。

 それは、雅さまが女装なさるので、柚晴が大きくなってからも、名前で呼ぶように頼んでいたという話を耳にした。


 あと、わたくしが秋と冬に気持ちが落ち込むせいなのか、いつからか、柚晴が秋と冬を嫌うようになった。


 そして。


 わたくしの姉と、弥太郎のことも嫌っていて、雅さまが彼らの話をわたくしの前ですると、いつからか怒るようになった。

 雅さまは柚晴が怒っても、楽しそうに姉さまたちの話をするものだから、柚晴がギャンギャンうるさいのだけど、雅さまは気にしない。


 息子で遊ぶのが楽しいのかもしれないなと、そう思った。

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