第三十一話 和服屋さんの蝙蝠のあやかしに、威嚇をするひまわり。浴衣選びと、髪と下駄。喫茶店で、フルーツポンチと、ミルクティーを。浴衣姿の栗本さん。

「ここだよっ!」


 桃葉ももはちゃんが笑顔でお店を指差す。

 和服屋さんは、昔からあるたたずまいのお店で、いいなと思った。

 笑顔の桃葉ちゃんと空斗そらと君に続き、あたしもお店に入る。


 すると、「ジジッ」という声がした。頭の上から。

 威嚇いかく


 そういえば、蝙蝠こうもりのあやかしがいるって話してたな。桃葉ちゃんが。

 綺麗好きで、強い匂いが嫌いだから、着物なんかについた匂いや汚れを消すとか言ってたんだ。

 だから、汚れても大丈夫。


 って、できるだけ汚さないように気をつけようとは思うけど……。

 あっ! ひまわりも、紙や布についた匂いや汚れを食べるんだったっ!

 だから、心配しなくていいよね。


 って、空斗そらと君と桃葉ちゃんは楽しそうに、お店の人と話してるんだけど。

 ひまわりの威嚇がとまらない。


 あたしにくっついてて、匂いがついてるはずだから、食べられる心配はないと思うんだけど、本能で、自分を守ろうとしているのかな?

 それとも、過去の体験からのおそれか。


 お店の人が数人いるこの場所で、ひまわりに話しかける勇気はないので、あたしは髪を触るふりをして、ひまわりのやわらかい身体をつんつんした。大丈夫だよという、気持ちを込めて。

 ひまわりが静かになる。


 あたしはゆっくりと、天井に視線を向けた。


 いたっ!

 天井に、藍色の蝙蝠がぶら下がっている。蜂蜜はちみつ色の目の蝙蝠だ。

 飛んでるのは見たことあるけど、ぶら下がってるのはテレビや絵でしか見たことがないから、新鮮だ。


 なんて思っていたら、桃葉ちゃんが、お店の人に学生証を見せるように言ったので、女性の店員さんに学生証を見せた。スマホで。


 アンケート用紙なのか、質問がたくさん書いてある紙を店員さんに渡されたので、緊張しながら書いて、紙を返す。


 先にお金を払うらしいので、お金を払う。本当に安かった。


 女性の店員さん二人が、あたしと桃葉ちゃんを個室まで案内してくれた。

 あたしだけでもいいと思うのだけど、心配だったのか、桃葉ちゃんが自分も行きたいと言ったのだ。

 嫌ではないので、一緒に行くことにした。


 空斗君はお留守番だ。

 これから着替えるから、男の子がいない方がいいもんね。

 桃葉ちゃん、前世、男の子だけど、知り合いだったみたいだし、嫌だとは思わないからいいか。


♢♢♢


 個室で。

 お店の人たちが、いろいろな浴衣を見せてくれた。


 あたしは一目見て、これだと思った。

 白地に、青緑色の麻の葉柄と、淡いピンクの手毬てまり柄、それから水色の蝶々柄がデザインされた浴衣。


 帯は藍色にした。

 この浴衣を見て、帯は藍色だと思ったのだ。


 麻の葉柄には、魔除け効果があったはず。

 強く丈夫に育つという意味もあったと思う。


 かご巾着――黒いかごと、翡翠ひすい色の巾着がくっついているやつも、あたしが決めた。

 濃いピンク色の鼻緒の黒い下駄も、これがいいと思ったので選んだ。

 自分でこんなに決められるなんて、あたしすごいって、感動した。


 お店と、お店で働く人たちの雰囲気が好きだから、安心して選ぶことができたのかもしれない。

 あたしが着付けをしてもらっている間、ひまわりは離れた場所にいた。


 着付けのあとは髪の毛だ。

 まとめ髪に、白と淡いピンクの花が美しいかんざし


 浴衣姿の自分を鏡で見ると、なんともいえないふしぎな気分。

 嫌ではない。これがあたし? って思うけど。あたしで。

 いつもと違う自分に、ドキドキしてきた。


 終わったのがわかったのか、ひまわりがもどってくる。

 あたしの頭の上に。


 ひまわりは鏡に映らないので、どうなっているのかはわからない。

 いるのはわかるけど。

 気にしても仕方がないので、気にしないことにする。


 黒いリボンつきのヘアゴムは、ショルダーバッグにしまう。

 そして、白のカラーパンツのポケットに入れていた珊瑚さんごのお守りをかご巾着に入れた。


 蝶々柄のがま口財布も借りることにして、お財布に入れてたお金をがま口財布に移す。

 空の財布と、黒いリボンつきのヘアゴムを入れたショルダーバッグと、脱いだ服なんかをお店の人にあずけたあと、あたしたちは店を出た。


 桃葉ちゃんと空斗君が、あたしの浴衣姿を褒めてくれたので、恥ずかしかったけど、うれしかった。

 下駄は、初めてなんだけど、ふつうに歩けた。


 歩いているとなんだか、じわじわと胸にくるというか、泣きそうになる自分がいて。

 なつかしいと感じる自分がいた。


 昔――前世で、履いていたのだろうな。下駄を。


♢♢♢


 花火大会まで時間があるので、河川敷かせんじき近くの喫茶店に行くことになった。


 喫茶店は知ってる。

 喫茶店が出てくる小説を読んだことがあるし、こっちにきてから、テレビでも見たから、どんなところなのか、なんとなくわかるんだ。


 初めて行くから、緊張するけど。


 屋台を見たら、いろいろ買って食べたくなるかもしれないので、喫茶店では、フルーツポンチを頼むことになった。

 フルーツポンチにしようと言い出したのは桃葉ちゃんで、あたしがうなずき、空斗君が三人分、頼んでくれたのだけど。

 果物がたっぷり入っていて、甘くておいしかった。


 ひまわりも、お腹空いてないかな?

 と、ちょっぴり思ったけど、匂いや汚れ以外の食事は、外で食べるからいらないって、空斗君が言ってたもんね。


 みんながフルーツポンチを食べ終わったころ、浴衣姿の栗本くりもとさんがやってきた。

 彼女は今日も、茶髪ポニーテールで、クリーム地に、紺の朝顔あさがお柄の浴衣を着ている。

 かき色の巾着。ピンクと白のうめ柄サンダル。


 浴衣は大人っぽいけど、和柄のサンダルが可愛らしいなと思った。

 言わないけど。


 花火大会まで時間があるので、四人でミルクティーを飲んでから、あたしと桃葉ちゃんはお手洗いに行った。

 その間に、空斗君がお会計を済ませていたようで。


 えっ? いいのかな?

 と思ったけど、彼がニコニコとうれしそうなので、「ありがとう」と、お礼を伝えたのだった。

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