ハムスターのあやかし、ひまわりのふしぎな力。浴衣姿の桃葉ちゃんと、空斗君。狐のあやかし、ヒスイ君。和服屋さんで、浴衣選び。喫茶店で、フルーツポンチと、ミルクティーを。浴衣姿の栗本さん。花火大会。

第三十話 ハムスターのあやかし、ひまわりのふしぎな力。浴衣姿の桃葉ちゃんと、空斗君。金魚の思い出。狐のあやかし、ヒスイ君。

 日曜日。


 ドキドキしながら電車にゆられる。

 人が多いので、ドア付近に立つ。 


 窓に映る自分の姿。嫌だとは感じないけど、無表情だ。

 今日も一つに結んでる。黒いリボンつきのヘアゴムで。


 頭の上には、ハムスターのあやかし――ひまわりがいるんだけど、窓に映ることはない。

 今日は、リュックサックではなく、淡いピンクのショルダーバッグを肩にかけている。

 水色のTシャツと、白のカラーパンツ。いつもの赤いスニーカー。


 カラーパンツのポケットには、珊瑚さんごのお守りを入れてきた。

 花火大会は十九時半から。

 早めに行く人が多いのか、浴衣姿の人がたくさんいる。


 でも、匂いで、気分や体調が悪くなったりしないんだ。


 桃葉ちゃんの家に初めて行った日の夜、あたしは、月を見上げながら泣く夢の続きを見た。

 そして、さくら柄の着物をいつも着ているおばあさん――桜さんが、前世の自分の侍女、若菜わかなだと知ったのだ。


 知ったからって、彼女に会いに行ったりはしなかった。

 家は知らない。

 もし知ってても、桜さんと会って、なにを言えばいいかわからないのだ。


 桃葉ももはちゃんには教えてない。

 あれから何度か、桃葉ちゃんからメッセージが届いたけど、そのことは伝えなかった。


 柚晴ゆずはるのことをちゃんと思い出してないのに、桜さんが若菜だったと伝えても、彼女を悲しませるだけ。

 彼女でいいのかな? 前世、男の子だったけど。


 桃葉ちゃんのおばあさんの薫子かおるこさまって、水の神さまと仲良しらしいし、前世の柚晴と会ってるんだから、前世が男だってわかってて、女子しかいない学校に入れたんだよね?

 入園したのは、桃葉ちゃんの力だろうけど……。


 あたしが通ってた学校だったら、女子の制服はスカートだし、そういうのを考えて、自由な私立に入れようとしたのかな?


 前世のあたしは、薫子さまに会ったことがあるのかなって、この数日、考えてた。

 桃葉ちゃんの家にいた時、心は会いたくないと言ってたし、離れた場所にいた薫子さまを見て、すごい反応してたから、会ったことがあるんだろうなとは思う。


 思い出すことができないのは、思い出したくないからなのだろうか?

 自分に聞いても、返事はない。


 夢を見て、桜さんが若菜だったと気づいたあとから、あたしは熟睡できるようになった。


 あと。


 ひまわりを乗せてスーパーに行き、臭いがキツイ人の近くを通っても、あれ? って思うぐらい平気だったので、ふしぎに思った。

 人が多い時間の駅に行っても、問題なくて。

 ひまわりに下りてもらったら、身体が反応してたから、ひまわりのおかげだと思うんだ。

 

♢♢♢


 電車が蓮夢はすゆめ駅に着いたので、ひまわりを頭に乗せたまま、電車を降りる。

 改札がある場所まで進むと、桃葉ちゃんと空斗そらと君が見えた。

 二人共、浴衣姿で、ニコニコしながら手をふっている。


 改札を抜けると、桃葉ちゃんがうれしそうな顔で、「ひさしぶりっ! 会いたかったっ!」と言ったので、ドキドキしながら「ひさしぶり」と返した。

 数日会ってないだけなんだけどね。一日一回はメッセージくれたし。


 なんて思っていれば、「僕も会いたかったよー」と、空斗君に軽い感じで言われたので、「そう」と答えておいた。

 笑顔の彼はなにも言わない。これでいいのだろう。


「そのショルダーバッグ、初めて見たっ! 可愛いっ!」


 キャッキャとはしゃぐ桃葉ちゃんの方が可愛いのだけど。

 そう思い、「桃葉ちゃんの方が可愛いよ。その浴衣も似合ってる」と伝えると、彼女はうれしそうに微笑んだ。


「ありがとう。うれしい」


 桃葉ちゃんは、白地にピンクの紫陽花あじさい柄の可愛らしい浴衣を着てる。

 黒いかごと、桃色の巾着がくっついているあれは、かご巾着ってやつだったかな。ネットで見た。

 彼女は、桃色の鼻緒の黒い下駄を履いている。


 紫の紫陽花は見たくないけど、ピンクの紫陽花なら大丈夫だ。

 スマホのメッセージで、ピンクの紫陽花は好きか聞かれたので、紫じゃなければ好きだよと答えておいた。


 空斗君は、黒い金魚柄の浴衣を着てる。空色の巾着を持ち、空色の鼻緒の黒い下駄を履いている。


 昔、赤い金魚が人気だった。

 なので、金持ちの人間たちに高く売れると、姉さまの許婚が話してた。


 姉さまが、赤い金魚を可愛がっていた気がする。

 双子だけど、あたしは絵の方が好きだった。


 魔除けや病気除け効果のある色だし、美しいから人気だと、絵巻物に書いてあった。

 その絵巻物は、姉さまの許婚がくださった物だ。

 絵巻物には、いろいろな金魚の絵があった。金魚を見つめる猫の絵もあったなと、思い出した。


 黒い金魚は……覚えてない。

 姉さまがいるということは、あたしの前世の思い出なのだろう。


 考えごとをしていたら、不安そうな顔をした桃葉ちゃんに、「大丈夫?」と聞かれてしまった。

 なので、「大丈夫だよ」と答えておいた。


 桃葉ちゃんも空斗君も、いつもと同じ珊瑚のピアスをつけてるんだけど、金色のハートモチーフのネックレスはしていない。

 ふわりと香る桃の匂い。桃葉ちゃんの香水だ。


「今日は人が多いけど、マスクしなくてもいいの?」

 心配そうな桃葉ちゃんに聞かれて、あたしは小さくうなずいた。


「うん。なんかね、ひまわりがくっついてる時は大丈夫みたい。ひまわりに離れてもらったら、ダメだったけど」

「そっか。なんかすごい役に立ってるんだね」


 桃葉ちゃんが視線を上に向ける。

 ひまわりは静かだ。


 あたしはニコッと笑い、口を開く。


「うん、とっても助かってるんだ」

「キュキュキュッ!」


 ひまわりがうれしそうに鳴いた。


♢♢♢


 三人と一匹で、駅を出て、和服屋さんに向かう。


 そして。

 広い歩道を歩いていた時だった。


 細い道から動物が出てきたのが見えたので、びっくりして足をとめる。


「ジジッ」

 あたしの頭の上で威嚇いかくするひまわり。


「桃葉ちゃんだー!!」

 うれしそうな子どもの声。


 ん? あやかし? 小さいな。金茶きんちゃ色のふさふさ尻尾をブンブンふってる。

 大きな尻尾。犬じゃないよね? 


きつね?」

 って、そばにいる桃葉ちゃんにたずねると、「そうだよ。狐のあやかし」と言って、彼女が笑う。


 そうか。狐か。


 金茶色の毛並みの綺麗な狐。翡翠ひすい色の瞳がこっちを見てる。


「あの子はね、狐の嫁入りの先頭にいた子だよ。ヒスイっていうの。トラをわたしの家に連れてきた子。近くの山にある狐のあやかしの里に住んでるんだ」


 桃葉ちゃんが教えてくれた。


 犬みたいに尻尾をブンブンふりながら駆けてくるヒスイ君。


「あれ? 狐って、尻尾ふるんだっけ?」


 桃葉ちゃんにたずねると、彼女が「ふるよ」と教えてくれた。


「そうなんだ……。あたし、地元でもこっちでも、狐見たことなくて。狐の嫁入りは、人の姿だったし……」


 尻尾は出てたけど……。


 あたしたちの前まで駆けてきたヒスイ君がお座りをした。パタパタと、尻尾をふってる。


「桃葉ちゃん、浴衣可愛いっ!」

「ありがとうっ!」


 ヒスイ君に褒められた桃葉ちゃんが、うれしそうにお礼を言う。


「僕は? 可愛い?」

 ヒスイ君にたずねる空斗君。


「うん、可愛いよっ!」

 無邪気に答えるヒスイ君が可愛らしい。


「わーい。ありがとうっ!」

 キャッキャッとはしゃぐ空斗君。


「ヒスイ。この子が琴乃ことのちゃんだよっ! 友達なんだっ!」

「嫁入りの時にいたお姉ちゃんだよね。こんにちはー! もうすぐ夜だけど」

「こんにちは」


 あたしは頭を軽く下げた。ひまわりは落ちない。だけど無言だ。


「この前はね、里のお姉さん狐がお嫁に行ったから、子狐の中であやかしの力が一番強いボクがせんどうしたんだー!」


 エッヘン! と、胸を張ったあと、ヒスイ君がお座りした。

 そんなヒスイ君が可愛くて、あたしはニコニコしながら、「すごいんだね」って褒める。


「みんな、すごいねって、ほめてくれたよっ! でも、いっしょうけんめいになりすぎて、シッポが出てるの、気づかなかったんだ。あとで、おじさんたちにしかられちゃった」


 ヒスイ君の耳がペタンとなった。

 感情表現が豊かな子だなぁ。


「そっかぁ。叱られちゃったんだね」


 尻尾を隠していても、あれが狐の嫁入りだっていうのは、狐面や、笛や太鼓たいこや雰囲気でわかったと思うのだけど、隠した方がよかったのだろう。


 儀式とは、そういうものなのかもしれない。


 トラと薫子さまに会いに行って、屋根の上から花火を見るのだと、楽しそうに話したヒスイ君と別れて、あたしたちは歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る