第二十三話 高三桃葉ちゃんと、桜さんの孫のうたちゃんと、空斗君の弟さんと妹さん(双子)が写っている秋祭りの写真。

 桃葉ももはちゃんの写真アルバム三冊目――高等部の時の写真を見た時のことだった。


「あっ! この子っ!」


 あたしは思わず、声を上げる。

 知ってる子が写っていたからだ。さくらさんと一緒にいるのを見ただけで、しゃべったことはないけれど。


 横顔を見ただけでわかってしまうぐらいに、あたしの記憶に残ってた。


「どうしたの?」

 って、おどろいた顔で聞いてきた桃葉ちゃん。


 あたしは彼女の表情を見たあと、再び写真に視線を向けて、一人の女の子を指差した。


「この子、桜さんのお孫さん?」

 ってたずねたあと、桃葉ちゃんの顔を見上げる。


 すると、彼女がコクリとうなずいた。


「そうだよ。この子は桜さんの孫のうたちゃん。『さくらなあん』の店長の世哉せいやさんの娘さんだよ。よくわかったね」


「うん。何度か、桜さんと一緒にいるのを見かけたから。あと、店長さんに娘さんがいるって言ってたし」


「……ああ、言ってたね。思い出した」


 ニコッと笑い、うなずく桃葉ちゃんを見たあと、あたしは再び、写真に目を向ける。


 提灯ちょうちんの灯りで、夜だとわかる。

 石畳。たこ焼きの屋台。

 そして、浴衣姿の子どもが四人、写っている写真だ。


 子どもといっても、一人だけ大きい。

 高等部の時の桃葉ちゃんだ。

 彼女はこっちを見てるけど、小学生ぐらいの子どもたちは、たこ焼きの屋台を見てる。


「これはね、僕のおじいちゃんが宮司ぐうじをやってる神社の秋祭りの写真なんだよ」

 そう、空斗君が言ったので、あたしは彼を見上げた。

 空斗君はおだやかな表情で、話を続ける。


「毎年、秋に、五穀豊穣ごこくほうじょうや、無病息災むびょうそくさいを感謝するお祭りがあるんだ。その日は朝から、お神輿みこしが町をり歩いて、夜になると神社で、神楽があるんだ。屋台もたくさんあるから、秋になったら一緒に行く? 楽しいよっ!」


 なんでだろう?

 胸の辺りがざわざわする。少し、苦しい気もするけれど、よくわからない。


 そっと、胸に手を当てるあたしに気づいてないのか、気づいていても気にしてないのか、空斗君が話を続ける。


「その写真はね、僕が撮ったんだよ。うたちゃんと一緒に写ってるのは、僕の可愛い――弟の千明ちあきと、妹の清花きよか。双子なんだ。二卵性だから顔は似てないし、性格も違うんだけどねー」

「二卵性双生児?」


 写真を見つめながらあたしがたずねると、彼は「そうそう」と、軽く言う。


「うたちゃんはね、今年の秋――十月五日に、十歳になるんだけど、僕の可愛い弟と妹も、今年の十月十日に、十歳になるんだー」


 胸が苦しい。

 あたしは胸を押さえたまま、ゆっくりと深呼吸をして、そのあと気づく。


 秋に反応していると。


 秋は苦手だ。冬も苦手だけど。

 寒くなるせいなのか、気分が落ち込みやすくなる。


 だけど。なぜか昔から、『祭り』というものにかれる自分がいた。

 とても気になるのに、お祭りの日に、お神輿を見に行ったことはない。


 人が多いだろうし。

 知り合いに見られたら、なにか言われるかもしれない。

 あの子、お神輿見てたよって、噂されるかもしれない。そういう気持ちがあった。


 でも、それだけじゃなくて、お祭りの日が近づくと、こわい夢を見たのだ。


 幼いころは――夜、薄紫色の大きな百足ムカデに、追いかけられる夢を見た。

 中学生ぐらいになるとその夢は見なくなったんだけど、なにかから逃げる夢をよく見てたのだ。

 毎回夜で、神社があったような気がするけれど、それぐらいしか覚えてない。


琴乃ことのちゃん?」

 と、桃葉ちゃんの声がしたことで、ハッとしたあたしは顔を上げ、彼女がいる方を見た。


 すると心配そうな表情の彼女がいて、あたしは「ごめん」と謝った。

 桃葉ちゃんは、ううんと首を横にふり、「琴乃ちゃんは悪くないんだから、謝らなくていいんだよ」と、微笑んだ。


 そして。


 桃葉ちゃんは、空斗君をにらみつけ、再び、あたしがいる方を向いてから、話し出す。


「わたしね、秋と冬が苦手なんだ。寒いのもあるかもしれないけど、秋と冬は、気分が落ち込みやすくなるの」

 と、教えてくれた。


「あたしも」

 と伝えれば、桃葉ちゃんが「同じだね」って、やさしく笑う。


 おだやかな表情の彼女が、話を続ける。

「だからね、ずっと、秋祭りには行かなかったんだ。この時までは」


「この時?」


「うん、高三の時。去年まではね、秋祭りが気になるけど……前世の母さまのことを思い出して。なんかこわいという気持ちもあったし……。秋と冬は、家でおとなしくしてることが多かったの。遊びに行かなかっただけで、学校には行ってたし、修学旅行もちゃんと行ったよ。写真はないけど……。空斗君にあげたんだ」


「そう……。修学旅行、秋でも冬でもなかったけど、あたしは行かなかった。友達がいなかったし、行きたいって思わなかったから」


「……そっか。それはそれでいいと思うよ。無理はしなくていいって思うし」


「うん……。修学旅行は行きたくなかったんだけどね、お祭りは、気になってたんだ」


「気になってたの?」


 桃葉ちゃんに聞かれたので、あたしは小さくうなずいてから、口を開く。


「お祭りは気になってたんだけど……。知ってる人に見られたら、いろいろ言われるかもって思ったのもあるんだ。あたしの噂が増えたら嫌だなって思ったし。でも、それは言い訳なのかもしれない」


「そうなの?」


「うん……。お祭りの日が近づくとね、こわい夢を見るようになるんだ」


 あたしがそう言うと、桃葉ちゃんが不安そうな顔をして、「こわい夢?」って、聞いてきた。


「幼いころはね――夜、薄紫色の大きな百足に追いかけられる夢を見たんだ。中学生ぐらいになると、その夢は見なくなったんだけど、なにかから逃げる夢はよく見てたの」


「……そう」


「毎回夜で、神社があったような気がするんだけど、それぐらいしか覚えてないんだ」


「…………」


 あれ? 桃葉ちゃんが泣きそうな顔をしたあと、うつむいちゃった。

 あたし、なにかおかしなこと、言ったかな?


 どうしよう、どうしようと悩んでいると、「そうだっ!」という音と共に、パンッという、音がした。


 えっ? と思い、音がした方に目を向ければ、空斗君が合掌がっしょうしてた。


「なにしてるの?」

 つい、聞いてしまった。

 そのあとに、聞いてよかったのかな? と、不安になる。


 空斗君はクスクス笑って、話し出す。


「今ね、思い出したんだ。そういえば、話してなかったことがあるなぁって」

「話してなかったこと?」


 あたしが首をかしげると、空斗君が楽しそうな顔で口を開く。


「さっきの写真にね、初音はつねちゃんも写ってるんだよ」


 空斗君にそう言われて、「えっ?」と、おどろいたあたしは、写真アルバムが置いてあるテーブルに目を向けた。


「いないけど……。あれ? あやかしって、写真に写るんだっけ?」


 あやかしが写真に写った――なんて話は聞いたことがないので、たずねてみると、空斗君が微笑みながら教えてくれた。


「猫のあやかしならふつうの猫として写るけど、鬼は写らないよ。この時の初音ちゃんは人間に化けてたんだけど、写真には写らなかったんだ」

「人間に、化けて?」

「そうだよ」


 ニッコリ笑う、空斗君。


 そうだっ! 思い出したっ!

 強い鬼は、人間に化けることができるんだっ!


 あやかしが見えない相手も見ることができるので、鬼だとバレることはなかったはずだ。


 あれ? あたし、なんで知ってるんだろう?

 鬼だったから? だからなの?


 あっ! でもあたし、写真に鬼が写らないのは知らないや。


 って、思っていたら、いつの間にか元気になってた桃葉ちゃんが、「琴乃ちゃん」って、あたしを呼んだ。


「なに?」


「えっとね、去年の秋、勇気を出して、秋祭りに行こうと思った時の話をしてない気がして」


「……そう?」


「うん、してない。あの日はね、朝から、今日は、星月町ほしづきまちの秋祭りだなーって思ってたの。空斗君、千明君と清花ちゃんと一緒に、お神輿を見に行くって言ってたし、楽しんでるのかなーって思ってたんだ。そしたらね、空斗君から電話があって、弟と妹と、うたちゃんが、わたしに会いたがってるから、今から行くって言ったんだ」


 桃葉ちゃんの表情は、どことなく不満げだ。


「嫌だったの?」

 そう、あたしがたずねると、桃葉ちゃんが口を開く。


「子どもたちに会うのは嫌じゃなかったよ。空斗君にも会いたかった。でも……初音ちゃんがいたの」

「えっ? 会いたくなかった?」

「……だって、あの子、ニコニコしながら家にきたと思ったら、おばあちゃんに言って、わたしが夏に着た浴衣を持ってくるんだもん」


 苦虫をかみつぶしたような顔で言う、桃葉ちゃん。

 そんな彼女のふわふわな桃色髪をとろけそうなほど甘い笑顔で、やさしくなでる空斗君。


「あれはね、初音ちゃんなりの愛情表現なんだよ。前世のトラウマを乗り越えてほしいと願ってるんだ」


 空斗君に言われても、彼女は不満げで、淡い桃色の唇をツンと、とがらせた。


「なになに? 僕の可愛いお姫さまは、口づけをご所望しょもうなのかな?」

「違います!!」

「じゃあ、どうしたの?」


 コテリ、首をかしげる空斗君。


「……こっちは全然、心の準備ができてなかったのに、いきなりズカズカ家にきて、おばあちゃんを味方にして、わたしをものすごい速さで、浴衣姿にして、『純真無垢じゅんしんむくな可愛い子どもたちが、貴女あなたと神楽見たいって言うのに、嫌だ嫌だと駄々だだをこねる貴女は三歳児?』って言ったからよっ! 今もそのことは怒ってるんだからっ!」


 プリプリ怒る桃葉ちゃんを見て、空斗君は楽しそうにフフフと笑い、口を開く。


「でも、最終的に、行くと決めたのは桃葉ちゃんだし、勇気を出して行ったんでしょう? 行ってみて、どうだったのか、琴乃ちゃんに教えてあげないと」

「――ウッ! それはっ……みんなと秋祭りを楽しむことができて、よかったけど……」

「よかったね。桃葉ちゃんが楽しんでる姿を見ることができて、僕も楽しかったし、しあわせだったよ。今も君がここにいて、しあわせだけどね」


 満面の笑みの空斗君を見て、桃葉ちゃんが泣き出した。

 空斗君は、そんな彼女のふわふわな桃色髪に、キスをした。

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