12

 窓から朝の光が差してくるまで、カナエは私を離してくれなかった。それもあって、結局一睡もしていない。それなのに眠気を感じないのは、私の状況と関係しているのだろうか。


「カナエ、もう朝だよ。今すぐにいなくなったりしないから、取り敢えず一旦離して?」


「……分かった」


 カナエは涙声のまま言うと、私の身体をそっと離す。まさか、道端で出会ったときはカナエのこんな姿を見ることになるなんて思いもしなかった。

 カナエが私のために流してくれた涙を指で拭う。今まで何度も誰かの死に触れてきたはずのカナエがこんな風になるまで泣いてくれる……その事実だけで、私はもう十分だと思った。

 カナエは俯いたままホットミルクを用意してくれて、二人並んで飲む。

 朝の光が、今の私には痛かった。私は、本当は今存在していてはいけない。存在していることで、誰かを不幸にしているかもしれないのだ。


「カナエ、私はどうやったら……ここからいなくなることができる?」


「……嫌だ。私がそんなことさせない」


 想像通りの返答で、こんな時なのに思わず苦笑してしまう。

 カナエは必死に色々な考えを巡らせて私を生きさせようとしてくれたのだ。そう簡単には私を、今私が思っているとおりにはさせてくれないだろう。


「死神的には良くないことだし、もしかしたら他の誰かの運命をも変えているかもしれない。私の身にも何か起こるかもしれない。でも私はそれで良い、それしかない。私にはユメノのいない世界なんて考えられないから」


 そこにはもう、死神だと名乗って表情を変えることもなかったカナエはいなかった。まるで私と初めて出会った頃へ戻ったように感情をむき出しにして言うカナエに、こちらの方が悲しくなる。


「そんなこと言わないでよ」


 カナエが、どうして私を見守っていた間に死神になってしまったかはカナエ自身にも分からないと言った。でも、少なくともカナエは私のために動かなかったら自分という存在がなくなってしまうかもしれない立場を味わわずに済んだのだ。なのに、私のためにリスクを冒して……私はそこまでしてもらえるような人間じゃない。


「いくら恩人だからって……そこまでしてくれなくていいんだよ」


「ユメノは分かってない。私にとってユメノは必要な存在だから……だから、私の前からいなくならせない」


 強い意志を宿した瞳に、私は気持ちの行き所が分からなくなってしまった。

 このままでは絶対にいけない。でも、カナエまで自分の道連れにしたくはない。

 一番の問題は、どうすれば運命のままにできるかということだ。カナエは当然教えてくれないだろう。何より、自分の存在を希望だと言ってくれているカナエには口が裂けても言えない。

 考えた末に、私の脳裏にはツムグの姿が浮かんだ。ツムグなら、すぐにでも教えてくれるだろう。


「カナエ、ちょっと外の空気吸ってくるね」


「なら、私も着いていく」


「一人で大丈夫だから――」


「嫌」


 理由を付けて離れようとしてみても、カナエは私を一人にはしてくれなさそうだ。

 頑ななカナエの瞳を見ていられず、目を逸らした。カナエはきっと、私が何をしようとしているか分かっている。


「……ツムグに少しだけ聞きたいことがあるから会わせてほしい。すぐにいなくなったりしないから」


「でも――」


「お願い、カナエ」


 今度は私の方からカナエを強く見つめると、カナエは目を伏せて力なく頷いた。


「……分かった」


 部屋から出てカナエに言われたとおり呼んでみれば、直ぐにツムグは姿を現す。


「俺に聞きたいことがあるんだよね」


「うん、私の運命を元に戻すためにはどうすれば良い?」


「……その様子だと、もう覚悟は決まってるんだね。カナエから離れて、君の思うままに動けば、その時は来るはずだよ」


「やっぱり、カナエが側にいることは私をつなぎ止めることに重要だったんだ」


「そう。今もチャンスと言えばチャンスだけど……無理そうだね」


 ツムグは私の後ろ……扉の裏に控えているであろうカナエに視線を向けて苦笑する。


「じゃ、また何かやってほしいこととかあったら呼んでよ。僕は、役割を果たす死神だから」


 ツムグは底知れない笑みを浮かべ、手をひらひらと振ると一瞬で姿を消す。その途端、扉からカナエの手がぬっと出てきて、私の手首を掴んだ。強引に中へ入れられ、しがみつくように私の身体を抱きしめる。


「ユメノ……なんで、なんで私の前からいなくなろうとするの」


 カナエとの日々は、ある意味私にとって初めて生を意識して過ごした時間だ。夢のようで夢じゃなかった。自分から全てを手放すのは怖いけど、私はそうしなくちゃいけない。

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